第27話 答えは

「正直に言うと、少しだけ冷静に判断したのもあった。

 この国の侯爵家の令嬢なら俺の妃にしても問題ないって。

 だから、ブローチを渡した。

 で、意味はわかっていないと知ってたから、預けるって言ったんだ。

 一度ジョルダリ国に戻って父上の許可が取れたら、

 正式に会いに行こう、その時にちゃんと求婚しようって」


「じゃあ、どうして今まで会えなかったの?」


「その前に感染症が流行ってしまった」


「……あ」


そうだ。あの後、男性ばかりが重症化する感染症が流行った。

特に学園に入学する前の男の子は亡くなるほどだった。


お父様たち男性は部屋にこもりきりになって感染を防ごうとしたけれど、

お兄様はそれを聞かずに外出してばかりで、

感染した後はあっという間に亡くなってしまった。


そんな時期にライオネル様が王宮から出るなんて許されるわけがない。


「あの感染症が落ち着くまでは駄目だと言われた。

 男児が感染したら亡くなることもある。

 第二王子の俺を危険な場所へ行かせるわけにはいかないと」


「そうよね……あの頃は隣国から旅するなんて無理だったわ。

 特効薬ができてもしばらくは流行っていたし」


「ああ、その特効薬がどのくらい効くのかわからなかったし、

 感染症が落ち着くまでは動けなかったんだ。

 ……そして、そのころにはジュリアが嫡子になってしまっていた」


「っ!」


そうか……あの時の私は嫡子じゃなかった。

きっと、侯爵家と言った時点で、ライオネル様は私の家がわかったはずだ。

ライオネル様の年齢に近い侯爵家の令嬢は私だけだから。

嫡子じゃないことも知っていておかしくない。


「ジュリアの兄上のことはすぐに知ったよ。

 ……それで、さすがに侯爵家の嫡子を妃にするのは難しいと、

 求婚に行くのは止められた。もう少し様子を見てから、と」


「様子を見てから?」


「ジュリアが嫡子になるのを嫌がるようなら、まだ交渉できるんじゃないかと。

 途中から嫡子教育を受けるのは本当に大変だから。

 だけど、ジュリアは泣き言も言わずに頑張ってた……。

 ああ、悪い……ずっとジュリアのことは定期的に報告されていた。

 だから、どれだけジュリアが頑張ってきたのか、

 俺は知っていたんだ……」


「前に知ってるって言ってたの……本当だったんだ」


私が嫡子になるためにどれだけ頑張ってきたのか知ってるって、

励ますために想像で言ってくれたんだと思っていた。

まさか、本当に知ってたなんて。


誰も見てくれない、褒めてくれないと思っていた、

隠れて泣いていたあの頃の私に教えてあげたい。

ちゃんと見てくれている人がいるよって。


「だから、もう求婚するのは無理だってわかってた。

 それでも少しでもそばにいたくて、一年留学することを認めてもらった」


「仮婚約の視察じゃなかったの?」


「一応はその役目もある。

 というか、仮婚約の視察なんて、文官でも問題はない。

 第二王子の俺が来る必要はあまりない」


「……それもそうよね」


他国の学園に王子が留学するなんて、よほどのことがないと認められない。

私はそれだけ仮婚約を本気で導入しようとしているのかと思ってた。


「あとは、その守り石を返してもらわないといけないから」


「え?」


「その守り石を持ち続けていると俺の求婚をジュリアが受けたことになる。

 だから、俺が他の令嬢と婚約する前に……」


「……そうよね。求婚の証なんだものね。

 私が持っていたらダメな物よね」


最初から、あの時の少年に会ったら返そうと思っていた。

このブローチは簡単に受け取っていいようなものじゃない。


それが求婚の証というのならなおさら。

私が持っていていいものじゃない。

私は、ライオネル様の妃にはなれないから……


どうして嫡子なんだろう。わかっていたはずなのに、胸が痛い。

何もかも放り出して、ライオネル様のそばにいたいと言えたら、

そんなことを思ってしまいそうな自分を抑えている。

お兄様が生きていたら、こんなことに……


まるでお父様とお母様のようなことを考えそうになって、踏みとどまる。

お兄様はもういない。それをどうこう言っても仕方ない。


私はオクレール侯爵家を継ぐと決めたのだから。

……返そう。とてもとても大事な宝物だったけれど。


このままブローチを持っていても、アンディに奪われたかもしれない。

ライオネル様が取り返してくれなかったら、あのままアマンダ様に奪われていた。

私が持っていていいことなんて、ないんだ。


「お返しするわ、ブローチ」


「……ああ」


「私、ずっとこのブローチに助けられていた」


「本当?」


「うん、傷ついた時、落ち込んだ時、

 このブローチにふれていると心が温かくなる気がしたの」


「そっか。じゃあ、渡してよかったんだ」


「うん。今までありがとう」


ブローチを渡すと、ライオネル様はさみしそうに笑って受け取った。

もうブローチに頼れないんだと思うと、気持ちがぐらぐらと揺れる。

どれほど助けられていたのか、その大きさに今さらながら驚いてしまう。


「なぁ、ジュリア」


「なに?」


「あと半年したら俺はジョルダリに帰る。

 その前に、もう一度このブローチを渡そうと思う」


「え?」


「あきらめ悪くてごめん。だけど、こんなに早く返してもらう予定じゃなかった。

 何も考えず、一年ジュリアのそばにいようって……。

 だから、卒業して俺が帰るまで考えてみてくれないか?

 この国を、侯爵家を捨てて、俺とジョルダリに行くことを」


「私がジョルダリに……」


「断ってくれていい。無理だとわかっている。

 だけど、まだはっきりさせたくないんだ。

 その時に返事を聞かせてほしい」


「……うん。わかった」


本当ははっきり断らなくちゃいけなかったのかもしれない。

だけど、ライオネル様が帰るまで変わらないままでいたかった。


あと半年でいい。

何も考えずにライオネル様の隣にいたい。


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