第8話 銀髪の令息
医務室に入ると令息が事情を説明してくれる。
医師が診察し助手が湿布を貼ってくれる間、令息は外に出ていた。
腕だから気にしなくていいのに、外で待つと言って医務室から出て行った。
湿布を貼って包帯を巻いてもらって医務室から出ると、
令息は廊下から窓の外を眺めていた。
長めの銀色の髪が風に揺られて令息の顔が見える。
鼻筋が通っているとは思っていたが、切れ長の目を細めて遠くを見ているさまが、
まるで王族の姿絵のように美しかった。
私が医務室から出てきたのに気がついたのか、振り返る。
さきほど無礼な令息に向けていた厳しい顔つきではなく、
柔らかな微笑みだった。
空のような青い目が優しくて思わずどきりとしてしまう。
……どうして、初めて会う人なのに。助けてもらったから?
「大丈夫だった?」
「ええ。あざになっているけれど、湿布を貼っていればすぐに治ると」
「良かった……でも、怪我のこともきちんと報告させたから」
「あ、ありがとう」
私を待っている間に教員に報告してくれたらしい。
彼がというよりも護衛が、かもしれないけれど。
「少し話したいこともあるから、カフェテリアにつきあってくれないかな?」
「ええ、かまわないけど?」
「じゃあ、そこで話そうか」
お礼もきちんと言いたかったし、ゆっくり話すのはかまわないけれど、
カフェテリアに二人で行っても大丈夫だろうか。
護衛の大きな男はまだ戻ってきていない。
今まで学園で見たことがないけれど、
これほどまで見目のいい令息と連れ立ったら令嬢が騒ぎそう。
そう思ったけれど、カフェテリアに入った瞬間、個室へと案内される。
どうやら私と話すために個室を予約してくれていたようだ。
ここまでして話すことって?
個室に入るのは初めてではない。
アマンダ様に会いたくないときにはよく逃げ込んでいた。
令嬢たちと授業後にお茶をするときも、
アマンダ様に邪魔されないように個室にしていた。
だから、個室に入るのには慣れているはずなのに、
令息と二人きりなことに動揺してしまう。
ソファに座って飲み物が出てきてもなんだか落ち着かない。
それに気がついたのか彼は困った風に笑う。
「悪いね。邪魔されたくなくて」
「いえ、大丈夫よ」
「まずは、俺はライオネル・ジョルダリだ」
「ジョルダリ……え?王族……?
失礼いたしました!」
まさか隣国の王子だったなんて。
めずらしい銀髪なのだから気がついても良かったのに。
だけど、王子が留学してくるなんて誰からも聞いていない。
「いや、気にしないでさっきみたいに話してくれていい」
「ですが……」
「本当に問題ない。君に頼みたいことがあるんだ。
君はジュリア・オクレールだろう?」
「はい……?」
頼み?しかも、名乗っていないのに私だとわかっている?
「君に会うために教室に行こうとしていたんだ。
金髪に紫目、仮婚約をしていない令嬢だと聞いていた。
だから、すぐに気がついたんだ」
「そうだったのですか」
「慣れるまでは仕方ないか……。
で、頼みというのは俺の仮婚約の相手になってくれないか?」
「え?」
仮婚約の相手?隣国の王子様なのに?
「疑問に思うのも当然だと思う。
これからその事情も説明したいから個室にしたんだ。
我が国の王族のことはどのくらい知っている?」
「えーっと。王族についてですか。
第一王子様は第二側妃様、第二王子様は第一側妃様、
その下にお生まれになった第一王女様が正妃様のお子だったかと」
「うん、正解。俺は第二王子ね。
第一側妃は侯爵家、第二側妃は伯爵家、正妃は隣国リナディルの王女だ。
王位継承順位は生まれた順なんだが、生家のほうは、
生まれとは逆に権力を持ってしまっている」
普通なら第一王子が王太子となるはずだが、まだ決まっていなかったはず。
もしかして正妃が産んだ第一王女を推す声が強いのだろうか。
「この国と違って、我が国は政略結婚が廃止されていない。
だから、貴族が力を持ちすぎてしまった。
それで俺がこの国に留学して視察することになった。
政略結婚を我が国でも廃止させることが可能かどうか、
仮婚約の制度を見て来いと」
「それで……私に仮婚約の相手をと……。
本気にされては困るからですね?」
「……そうだ」
さすがに悪いと思っているのか、第二王子様が言いよどんだ。
本当に仮婚約の相手を欲しいというのなら、嫡子の私ではなく、
嫁ぐことができる令嬢から選ぶはずだ。
感染症のせいで令嬢よりも令息の数が少ないせいで、
嫁ぐことができる令嬢は何名か相手がいないままA教室にいる。
「なるほど……わかりました。
私ならB教室に一人ですし、身分で考えても適任でしょう。
どうして選ばれたのかと苦情が来ることもないと思います」
「うん、他の令嬢を選ぶとどうしても揉めるだろうから。
迷惑をかけることになるが、頼むよ」
「いいえ、侯爵家のものとして、外交も仕事のうちですから」
「ありがとう。というわけで、俺のことはライオネルと呼んでくれ」
「え?」
「いや、これからずっと一緒にいるんだぞ?
殿下とか呼ばれたら堅苦しいだろう」
「ですが……」
「ライオネルと呼ぶこと、普通に話すこと、命令だと思ってくれていい。
そうじゃないと仮婚約の体験にならないだろう。
俺もオクレール侯爵令嬢と呼ばずにジュリアと呼んでかまわないか?」
「え、ええ。私のことはどうぞお好きに」
「ほら、普通に話すこと!」
「え、あ、わ、わかったわ」
さすがに断ろうと思ったのに、両手を包むように握りしめられ、
間近で説得されてしまったら断り切れなかった。
「よし、これからよろしくな、ジュリア」
「……もう。でも、さすがにライオネル様と呼ばせてね。
令息を呼び捨てになんてできないわ」
「わかったよ」
納得してくれたのかうれしそうに笑うライオネル様に、
これから振り回されそうだなと思う。
だけど、今日まで一人きりでいたことを思えば、
明日からの授業が楽しみになってきた。
「お茶を飲み終わったら、学園内を案内してよ。
今日は自習だけなんだろう?」
「いいわよ。ねぇ、授業はどこまで一緒にするの?」
「ん?全部だよ。授業も課題も研究も。
普通に仮婚約の相手とすることは全部するつもりだから。
……あ、もしかして、三か月後の再儀式に期待していた?」
再儀式とは、仮婚約の解消を求める組がいた場合、
再度仮婚約の儀式が行われる。
仮婚約の解消に伴う再儀式は三か月ごとに行われる。
もちろん、解消する組がいればの話だけど。
B教室でどこかの組が解消されたら、私を入れてもう一度札を引くことになる。
それを期待しているのかと聞かれたが、そのつもりはなかった。
あの儀式は私の中で嫌な思い出として残っている。
「ううん、もう仮婚約の儀式には参加しないつもりだった。
結婚相手は卒業してから夜会で探そうと思っていたの。
何年か前に仮婚約の儀式ができなかった時期があったから、
年上なら結婚していない令息がけっこういるのよ」
「あぁ、感染症が流行った時か。
なるほど、それも後で調べないとな」
「調べる?」
「仮婚約の儀式が行われなかった場合、
どのくらい結婚できない令息令嬢がいるのか、
これも調べておかないと」
「あぁ、そうよね」
本気で政略結婚を廃止しようとしているらしい。
我が国で成功したのは、内乱を起こそうとした公爵家がいたからだ。
たくさんの貴族家がつぶされた結果、反対するものがいなかった。
……今のジョルダリ国でそれができるのだろうか。
でも、目の前でお茶を飲んでいるライオネル様は楽しげで、
そういう憂いは感じさせない。
もうすでに議会で話し合いをした後なのかもしれない。
話しているうちに気持ちが落ち着いて、
学園内の案内をどこからしようかと悩み始める。
「まずは……」
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