あなたにはもう何も奪わせない

gacchi

第1話 奪われた仮婚約

ここクラルティ王国では貴族の政略結婚が禁じられている。


十代前の国王の時代のことだった。

ある公爵家が政略結婚をすることで家同士の結びつきを強くし、

王家よりも力を持ち国を乗っ取ろうとしたことがあった。


その時は騎士団が武力で制し、乗っ取りは成功しなかった。

だが、反乱を起こした貴族家はすべて取り潰しとなった。

そのせいで、この国には公爵家が存在しない。


それ以来、貴族家が力を持ちすぎないようにと政略結婚は禁止となっている。

家の利益を優先とした結婚ができないだけではなく、

親が結婚相手を決めることもできず、本人が結婚相手を選ぶことになっている。


それでもいくつかの制限はある。

王族に嫁ぐことができるのは伯爵家以上。

身分を越えて結婚することができるのは二つまで。

侯爵家の者が男爵家の者と結婚することは許されていない。


そして、男女問わず基本的には第一子が家を継ぐことになっている。


政略結婚が禁じられた後、しばらくは問題がないように思われたが、

婚期を逃す令嬢が続出してしまった。

それまで親が決めていたのに急に自分で選べと言われても、

令嬢から声をかけるなんてはしたないと思い、婚期を逃してしまうのだ。


これに対処するため、当時の宰相は学園で相手を決めることを思いついた。

くじ引きによって相手を決め、交流させるというものだ。

ただし、これはあくまできっかけを作るものであり、

無理に結婚相手を決めるものではない。


これがうまくいき、今ではほとんどの貴族が仮婚約によって結婚している。




「はぁ……」


緊張のあまり、大きく息を吸ってはいた。

ため息のようになってしまったが、落ち込んでいるわけではない。


学園の三年になる初日、婚約者がいないものが集められる。

仮婚約というこの行事に参加するかどうかは自由。

だが、私はこの日が来るのを楽しみに待っていた。


学生が引く札は四種類。

家を継ぐ令息、家を継ぐ令嬢、家を継がない令息、家を継がない令嬢。

この四種類の中から、自分の立場の札を選んで引く。


家を継ぐ令息の札は家を継がない令嬢の札と組になり、

家を継ぐ令嬢の札は家を継がない令息の札と組になっている。

同じ番号の相手が仮婚約の相手になる。


どこまで本当なのかはわからないが、

この仮婚約の札には魔力が宿っている。

そのため、その魔力を餌に精霊が寄ってきて、運命の相手を選んでくれるという。


仮婚約は三か月後に解消することもできるが、

ほとんどの者は解消せずに一年間交流し、そのまま結婚することが多い。

だからこそ、学生たちはこの仮婚約を真剣に考えている。


深呼吸を何度しても緊張する。手のひらの汗をハンカチでぬぐう。

この部屋にいるのは私を入れて八名。ここは家を継ぐ令嬢が待つ部屋だ。

オクレール侯爵家を継ぐことになっている私もその中にいた。

他の令嬢たちも同じように緊張しているように見える。


「ジュリア様、もしかして緊張しているの?」


「え、ええ。だって一生のことだもの、緊張するわ」


話しかけてきたのはイマルシェ伯爵家を継ぐことになっているアマンダ様。

私と同じ金髪で同じように小柄だけど、目の色だけが違う。


はっきりとした赤色のアマンダ様。

うすぼんやりしている紫色の私。

性格も気が強いアマンダ様とおとなしい私とでは全く違う。


アマンダ様に声をかけられて動揺してしまったのには理由がある。

伯爵家の中でも有数の商家をもつイマルシェ伯爵家は筆頭伯爵家になっている。

幼いころから欲しいものは何でも手に入れてきたアマンダ様だが、

一つだけ手に入らなかったことがあった。


それは私の大事な宝物、紫色の宝石がついたブローチだ。

八歳の時、誘拐されそうになった時に助けてくれた少年から渡されたもので、

持っていると心が落ち着いてくるお守りのような宝物だ。


十歳のお茶会の時に奪われそうになり、抵抗したら無理やりむしり取られた。

そのことでアマンダ様は周りの大人たちから叱られていた。


筆頭伯爵家だとしても、私は侯爵家の跡取り。

アマンダ様はいつものように欲しいものを奪おうとしたようだが、

身分が上の私に乱暴して奪うことは許されなかった。


イマルシェ伯爵夫妻から謝罪を受け、それ以上は問題にしなかったけれど、

アマンダ様からは謝罪されていない。


欲しいのに手に入らなかったからか、それから執拗に絡まれる。

また奪われるんじゃないかと思い、そのブローチは大事にしまってある。

幼い令嬢のしたことだからと表向きはなかったことにされているが、

根に持たれているのは間違いない。


「ふふ。わかってるわ。ジュリア様はブリュノ様を狙っているのよね?」


「ち、違うわ」


「あら。否定しなくてもいいのに。いつも見ているくせに」


「そういうんじゃ……ないから」


「あぁ、そう」


否定したのに、アマンダ様はにやりと笑った。

嫌な笑い方。これでしばらくからかわれることになるんだろうか。


たしかにブリュノ・バルゲリー伯爵令息のことはよく見ていた。

赤茶色の髪と茶目ですらりとした長身の彼は、二男で婿希望だと聞いている。

あまり勉強が得意ではないようだけど、明るくて誰とでもよく話す。

と言っても、私は話したことはないけれど。


あの時、私を助けてくれたのはブリュノ様なんじゃないかと思っている。

でも話しかけて聞くことができず、遠くからながめていた。

いつかちゃんと話す機会があれば、確認できるんじゃないだろうかと。


もし、彼が仮婚約の相手だとしたら、うれしいとは思うけど。


順番に呼ばれ、箱の中から札を一枚引く。

札には二番と書かれていた。


それをもって、講堂へと向かう。

札を引いたものは全員講堂に行って、自分の番号と同じ人を探す。

講堂に入ると、ブリュノ様が友人たちと大声で番号を言っているのが聞こえた。


「俺、二番だった。二番の札を持ってるのは誰だ~」


二番。思わず、もう一度手元にある札を確認する。

間違いない……二番だ。


大声を出すのは恥ずかしいから、近くまで行って声をかけよう。

歩き出した瞬間、後ろからドンと突き飛ばされた。


「っ!?」


衝撃のあまり、手をついて転んでしまう。

札が手から離れていく。起き上がって拾おうとする前に、誰かが札を拾う。


「……あ」


「やだぁ、こんなところで転ぶなんて。

 ジュリア様って本当にどんくさいんだから」


「アマンダ様……」


「はい、これ返すわね」


投げて返された札を拾うと、そこには番号が書かれていなかった。


「え?……これ、違う」


アマンダ様に違うって言おうとしたけれど、大きな声にさえぎられる。


「ブリュノ様、私が二番よ!」


「え。俺の相手ってアマンダ様?」


「ええ、そうみたい。よろしくね」


「お、おお。アマンダ様かぁ、よろしく」


にっこり笑ったアマンダ様に、照れたような顔のブリュノ様。

その後、ブリュノ様はアマンダ様をエスコートして教室へと戻っていった。


「……どうして」


手元に残ったのは番号が書かれていない札。

これは相手がいないという札。

令嬢と令息が同じ数そろっているわけではない。

必ず仮婚約できるとは限らない。それは知っている。


この札を引いた人は講堂に来る必要はない。

そのまま教室に戻ることになっている。

なのに、アマンダ様はこの札をもって講堂まで来た。

……おそらく、私の札を奪うために。


悔しかったけれど、今さら何を言っても無駄なのは知っている。

まさか札を奪われることになるなんて思わなかった。

アマンダ様が私のものを欲しがっているのはわかっていたのに。




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