第二章 名誉は金では手に入らない ⑦

「いやいや、何が起こるか分からないじゃん。それに年取って死んだ時に、孫に大金遺してやれるよ?」

「孫?」

「そうそう。クルスくんの息子か娘に財産を遺せる。これって素敵じゃない?」


 そこまで長生きできれば、この世界では大往生だ。正確なところは分からないが、この街の最高齢が伯爵家の七一歳なのを考えれば、ターゲット層の平均寿命は精々六〇が限界と考えても長いくらいのもの。そう考えると、ルンと同年代のクラウはもう、人生を折り返しているのだから、余生のことを考えるのに早過ぎるということはない。


「五〇〇〇万もあれば、外円なら大豪邸建てられるだろ? クラウ御殿とか呼ばれるようになったりして」

「何だよ、そのダサい名前」

「まぁまぁ。とにかく損はさせないから、考えてくれって!」


 ふん、と力強く声を張って踏み込んだルンは、巻藁の肩口に木の棒を叩き込む。上手く腰の乗った一打に、巻藁を支える木が揺れて、それを見たクラウが感心したように唸った。


「今のは良かったぞ。ドワーフ相手なら首を落とせてたな」

「マジ?」

「あぁ。ま、その前に腹を掻っ捌かれてるかもしれないけどな」


 褒めてから脇の甘さを咎める。ガックリと肩を落とすルンに、クラウは笑った。


「まぁしかし、一ヶ月でここまで上達できれば大したもんだ。三等団員としちゃ及第点だな」


 トーナの足を引っ張らないよう、せめて自分の身くらいは守れるようになりたいと、クラウに教えを乞うたのは一ヶ月前のこと。それから毎日朝晩しっかりと素振りをし、数日に一度はクラウの自宅の前の空き地で、こうして巻藁を相手に剣に見立てた木の棒を打ち込んできた。

 これでは保険と自衛団とどちらが本業か分かったものではないと思いつつ、実際に鍛錬に打ち込んで手応えを掴むと、やはり楽しくなってくるものだ。


「これ突きとかやっちゃダメなの?」


 額の汗を袖で拭うルン。素朴なその疑問に、クラウは端的に答えた。


「相手を突き刺して一発で仕留められるんなら、な。もし仕留められないと、相手によっちゃ致命的なことになるぞ」

「あぁ、剣掴まれるとか?」

「そうそう。特に仲間意識が強い相手だと、三等団員がよくやらかすんだよなぁ」


 クラウはそう言って、陰鬱なため息を漏らした。


「急所外されて剣掴まれて、後ろからめった刺し、ってな。お前もそんな感じの死体、見たことあるだろ?」


 この一ヶ月、色々と無残な死体を見てきた。入団して一週間そこそこの、トーナとそう変わらない年齢の生意気な少年の惨殺死体を見つけた時には、嫌な気持ちになったものだ。


「そういうのってどんな奴がやるんだ? そんな集団戦法仕掛けてくる奴、見たことないけど」

「頭の良いやつが率いてる群れだとそういうことをしてくるな。ドワーフにもそういう手合いはたまにいるから、油断は禁物だ」

「なるほど……」


 知性のなさそうなドワーフにも、狡猾な個体がいる辺り、やはりこの世界は奥が深い。


「でも一番厄介なのはエルフだな」


 クラウは腕を組んで、難しい顔をする。こういう顔で自衛団の職務について話す時は、ペルグランデ然り、いつも困難な案件を思い起こす時だ。


「あいつらは群れたりしないんだが、基本的に頭が切れるし、魔導士なんか目じゃないくらい魔法が達者だ。正直言って、俺もあいつらと戦う時は本気で覚悟してるくらいだぜ」


 どうやらエルフは生前世界のイメージに近いらしい。妙な親近感を覚えつつ、後学のためにルンは訊いた。


「どんな魔法を使うんだ?」

「色々だな。そいつの得意な魔法で呼び名が変わるんだよ。炎を操るんだったら消し去る者デレオトール、雷を操るんだったら裁く者ユディコトール、みたいな感じだ」


 妙に大仰な呼び名ばかりなのは、それだけ厄介な手合いということの表れか。さながら自然災害か超常の存在であるかのような扱いだ。


「まぁでも、エルフってそんなにいないんじゃないの?」


 エルフのような強力な怪物は、個体数が少ないのが相場というもの。クラウの口ぶりから察するに、既に討伐経験もあるのだから、この辺りにはいないと思いたい。


「前の会合で聞いた話だと、糸引く者ってやつが東から流れてきたらしいぞ」

「と、トラ……何て?」

「糸引く者。死体を操る魔法の使い手だ」


 気味の悪いエルフだ。そんなものが国内にいることに、ルンは顔を顰める。


「死体を操る魔法の使い手自体は珍しくないんだが、そいつが操る死体は獣みたいに襲ってきて、噛みついたりするらしい。それに、人間の心を読み取って、そいつの死んだ親や子供の姿をした泥人形を作り出すとか」

「悪趣味だなぁ」

「だろ? まぁ、そんなヤバい奴と戦うことになるかもしれないから、お前も覚悟しとけよ」


 できることなら御免被るが、最悪の場合は想定しておいた方が良いかもしれない。


「エルフって弱点とかあるの?」

「そりゃあ、もちろん」


 クラウは頷いて答える。


「あいつらは自分達が一番優れた種族だと本気で信じてるから、そこを挑発してやれば良いんだ。『馬鹿』だの『ザコ』だの、子供の悪口みたいなことを言ってやるだけで簡単にキレてくれるから、そこに隙が生まれる」

「へぇ……」

「しかも痛みに対して相当弱いから、わざわざ急所を狙う必要もない。手足に切り傷少しつけてやれば、ギャーギャー喚いて怯んでくれるからな」


 そうやってダメージを与え、冷静さを失わせて、止めを刺す。何となしに戦術はイメージできた。


「そこまでやって相手の手の内知ってても、勝てる見込みは五分ってとこなんだよな。エルフってのはほんと、厄介なもんだ」

「じゃあエルフと対峙した時のために、保険に入ろう!」

「いや、その話の繋げ方はどうかと思う」


 苦笑するクラウに、ここで道の向こうから声がかかった。


「二人とも、夕飯できたよ~」


 向かいの平屋の玄関を開けてそんな穏やかな声をかけたのは、エプロンを着けた夫人だ。日もとっくに暮れて、夜空には星が輝いている。平屋の奥から微かに漂ってくるスープの香りに、ルンの腹が鳴った。


「とりあえず、今日の稽古はここまでだな。お前も食ってくだろ?」

「ゴチになりま~す」


 現金なルンの背中を叩いて、平屋へ向かった。

 クラウは妻と息子の三人家族だ。平屋の家はやや手狭であるものの、外円地区にあっては上等なレンガ造りの家だ。


「食らえ、魔王トーナ!」

「うわ~! やられた~!」


 居間では木で作られた玩具の剣を振るうクラウの一人息子が、魔王役のトーナを倒したところだった。迫真の演技で床に倒れたトーナを真似て、すぐ隣でカイリが同じように寝転がる。


「お父さん、勝った!」

「お、やったなクルス!」


 駆け寄ってきた愛息を抱き上げるクラウ。機を見計らって起き上がったトーナが、カイリを拾い上げて、その活躍を称賛する。


「クルスくん、ルンさんよりセンスあるよ。将来は最強の冒険者になれるね!」

「あれ、自衛団には入らないの?」


 やんちゃ坊主の一人息子なのだから、てっきり父親と同じ道に進むとばかり思っていたが、冒険者となると勝手が違ってくる。街に定住して魔族から市民を守る自衛団と違って、冒険者は国を回って未開の地を探検し、他国へ出ていくことだってあるような生き方だ。


「海の向こうまで行くの!」


 得意顔のクルスが宣言すると、そこへクラウが続く。


「隣の国にある航海術を教える学校に通わないといけないから、来年辺りから西の学校に通わせないとな。金がかかるんだわ、これが」

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