黒山羊の相棒【リニューアル&一章完結】

まだ温かい

第一章 二つの道の交わり

プロローグ

 黒山羊が左手で頬杖をついてこちらを見てくる。何か良からぬことを企んでいるに違いない、不敵な笑みを浮かべている。


 こういう怪しい雰囲気を出している時の黒山羊には抗いがたい魅力がある。


 目を見るだけで言うことを聞きたくなってしまうし、声を聴くと頭がトロンとしてきてしまうのだ。


 黒山羊は右手の指で円を作ると、その中に舌を通して動かした。


(こっちで遊びたいの♥)


 そう言いたそうにしている。


 今日は男性のほうではなく女性のほうでという意味なのだろう。黒山羊は両性具有だから二つとも持っている。




「ねっ……こちらにおいで?」


 声を聴いた瞬間から、頭がぼやけて溶けていく。甘い痺れに支配されてしまって、断ることなんて出来ない。


 近くに行って軽く唇をついばむと、黒山羊から微かに吐息が漏れる。


「んっ、あなたのこれ……好きなのよね♥」


 唇で唇を突いてはすぐに離す。たまに唇の周辺に口づけして軽く吸う。そうやって焦らしていると、その内黒山羊が辛抱できなくなってきて、離した唇を追いかけてくるようになる。


「ねーえ! いじわるしないでよぉ!」


 そう言い終わる前に唇を重ねる。そのまま抱き合って、口を吸いながら舌を絡める。涎が垂れても構いやしない。息継ぎをしようなんて許さない。


 黒山羊の方から求めてきたことなのだ。こちらはただ言いなりになって、口の中をいじめ続けているだけだ。


「ンウッ……ぷぁ……やぁ……はぁん♥」


 黒山羊が喜びに身を振るわせる。お望み通り、黒山羊の女の子へと手を持って行くと、蛇口をひねったように水が止まらなくなっていた。


「だめっ! 今さわっちゃだめよっ!」


 黒山羊が蹄を鳴らして耐えようとするので、これを逃す手はない。


 邪魔をする悪い手は、どちらも掴んで握りこむ。そのまま跪いて黒山羊の溝に舌を這わせると、脚をとじて抵抗してくる。


 短い黒い毛に覆われた太ももに挟まれながら、それでも溢れてくる汁を啜っていると、こらえ切れずに腰をくねらせて悶え始める。


「イっ……やあ! まだっ、まだダメッ……んぁ!」


 それに合わせて一気に舌を伸ばして奥を攻める。同時に鼻で突起を刺激すると、耐えきれずに大きく水が噴き出す。


「んやああああぁぁぁぁっ~~!!」


 すっかり脱力していても構わずに舐め続けていると、まただんだんと脚が開いて来て腰を前にだしてくる。そうしたら一旦こちらが退くと、また腰だけ前に出る。


 黒山羊は下半身だけやたら前に出して、だらしなく脚を開いて脱力した姿をさらけ出すのだ。


 そうしてまた勢いよく突起を舌で弾いて、腰が跳ねた所で一気に吸う。たまらず脚を閉じようとする黒山羊だが、腰ばかり前に出ていて閉じようがない。


「ンハッ……アウウッ……ウウゥ……メアァ!」


 そのまま腰を左右に振って逃れようとするしかできないが、それがかえって新たな快感を産んでしまう。歯止めの効かない連続の絶頂だ。


「イクッ……あっ♥ ふぁ……もっ、イッてる! メエッ! イッてるからッ♥」


 これ以上は水も出ないというくらい噴出孔が乾いた頃、黒山羊は大きく仰け反ったまま痙攣して、その後すぐに失神した。脳が快楽に耐えきれなくなったのだ。


 寝息を立てて椅子にもたれかかることになった黒山羊だったが、その馬並みの相棒は元気に首をもたげて机のヘリに寄りかかっている。


 女性の部分が満足しただけで、たくましい相棒は全く充足していない。パンパンに腫れあがって今にも暴発しそうな面構えだ。


 しかし、先走りだけで洪水している。多分、少しでも触れたら満足するのだろう。その切っ掛けを欲しがっている。


 だから、触らない。今日は女の子の気分だと言っていたから。


 この後になって黒山羊が起きた時、今度は切羽詰まったようにお願いしてくるか、それとも待てずに自分で慰めるか、どちらだろうか。


 どちらにせよ、また抗えない魅力で言う事を聞かせようとしてくるのだろう。





 ・ ・ ・ ・ ・





 トゥーバッハ領ヨイコマルを舞台として周辺に広がった十五年戦争は終結した。アドグル王家は滅亡し、トゥーバッハは弱体化した。

およそ勝者はいなかった。

しかし、大陸には久々の平和が訪れることとなった。


 トゥーバッハ公爵ポンヴィの仕掛けた経済戦争は、アドグル王国の発行する銀貨に鉄製の偽物を混ぜる事で成功し、トゥーブ商人が結託してアドグル銀貨の銀本位の価値を貶めた。その結果、トゥーブ銀貨がアドグルの市場を独占するに至ったが、自国貨幣のほとんどを買い叩かれた事となり、耐えかねたアドグル王家が武力戦争を開始した。

これが十五年戦争の発端である。


 価値を下げられてしまったアドグル銀貨は、もはや鉄貨と同等の価値しかなく、一部のトゥーブ商人しか扱ってくれなくなってしまったが、実際には本物であれば銀の価値が残っていて、集めるほどに儲かることを知っていたトゥーブ商人たちは、こぞってそれをアドグルの民からかき集めた。仮に偽の通貨を掴んでも、ポンヴィ公爵の息がかかった商会に持って行けば、ある程度はトゥーブ銀貨と交換してもらえた。だからトゥーブ商人たちはポンヴィ公爵の策略に乗ったのだった。


 アドグル王家は銀貨と価値の変わらなくなったアドグル鉄貨を増産したが、かえってアドグル王国発行通貨の信頼を落とし続ける結果となり、ついに銀貨の価値が地に落ちる頃には、飢えたアドグルの民たちは暴徒となっていた。暴徒たちは周辺各国への略奪を行って食いつなぐ事しかできず、特に麦の産地であるトゥーバッハ領ヨイコマルにそれが集中したのだった。


 力を失ったアドグル王家では暴徒となった国民を止めることが出来ず、そのままの流れでやぶれかぶれの戦を始めてしまった。元より統制のないまま戦をすることになったアドグル軍に勝ち目などなく、旗色が悪くなるにつれて捕縛と死を恐れたアドグルの敗残兵や暴徒たちは、トゥーバッハ領を離れて別の国へと流れていった。すると所領を荒らされることになった周辺各国は、この戦争から領民を守るべく立ち上がらざるを得なくなり、さらにそれぞれの思想が絡まり合って、ついには大陸中を巻き込んだ長期の戦争となってしまったのだった。




 十五年戦争に参加した傭兵団があった。

アドグル勇者と名高いヒュンケル鷹の爪団に、アドグル北部クレバスに眠る古代ノードの末裔・ヨルドニョースト北海賊。対抗するのはトゥーバッハ領ヨイコマル義勇の垂れぬ麦穂団に、サルマン男爵の飼う東方キンバル暗殺団、本国の防衛の一翼を担うトゥーブ大盾。いずれもそこらの貴族を凌ぐ強大な組織であったが、滅びた。


 その中に、無名の傭兵団も数多くあった。意地や見栄などを張らねばいくらでも生き延びるすべがある立場であったが、いずれの組織も消えていった。その理由を知る者は全て死んでしまって、今となってはどうしてなのか分からないが、ただ、それだけ大きく長い戦争であったと語り継がれるための礎となったのだった。


 ここに一人、無名の傭兵団の生き残りがいる。十五年戦争終結の一端となった周辺各国の一斉攻勢と、それに反撃するトゥーバッハ諸侯の熾烈な争いから運よく逃げおおせたのだ。


 戦災孤児として傭兵団に拾われたその者は、名前を与えられることもなく傭兵として食い扶持を得る道に進み、戦の中で集団で戦って稼ぐ方法を学んできたが、その拠り所を失ってしまった。生きる理由や職というものを失ったのだ。


 今、アドグル領サムザの北の端から戦火を避けて、命からがら南下している。食料はとうに尽きていて、眠るに眠れぬ極限の状態にあった。


 まさに生きるか死ぬかの間際というところで、この者に転機が訪れるのであった。

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