第24話:帰宅
哀しい事に、なかなかリョクリュウと語らう時間が取れなかった。
それでも、歓迎会を受けるようになって10日もすると、党員達の警戒や緊張も緩んできて、ビジネスホテルにまではついて来なくなった。
ようやく11目になって、彼らの目を盗んで借家に帰れた。
久しぶりにリョクリュウと楽しく話す事ができた。
リョクリュウが躾けた犬達に、2人揃って指示する事ができた。
俺が単独で細かな指示をだしても、言う事を聞くようになった。
動画で見た、警察犬や軍用犬と同じように動いてくれる。
これなら状況に応じて命令を変える事ができる。
刺客や盗撮者以外は入り込まない、就寝中限定の命令もだせる。
リョクリュウは少々過激で、俺が寝ている時間に借家よりも奥の敷地に入ってきて者は、喉を咬み千切るように躾けている。
借家と言ったが、もう農地や山林と一緒に買い取っている。
今後の為にも買い取っておくべきだと判断した。
借家のままだと、何かあった場合に追い出される危険がある。
借家についている農地や山林だけでなく、安く手に入るのなら、周囲の山林も買いたいと、区長さんや党員に話した。
リョクリュウが人に見つかった時はもちろん、犬の臭いや遠吠えで苦情が出た時にのためにも、民家から離れた山林を確保しておきたかった。
多くの山林を買い取って地続きにして、犬の居住区にしておきたかった。
リョクリュウの躾が終わった犬は、首輪はしているが、支柱に繋がれていない。
家の敷地内を自由に動けるようになっている。
地続きではないので、他人の山林を通らなければいけないが、自由時間は買い取った山林で遊んでいても構わない。
ただ、俺が家にいる間は、山中ではなく家の裏に居なければいけない
寝る場所は、与えられた犬小屋か、気に入った場所を自由に選べる。
宇佐の家の軒下を寝る場所にする子もいれば、山側の斜面に穴を掘って寝る場所にいしている子もいる。
リョクリュウの躾が終わっていない犬は、首輪をしてチェーンに繋がれている。
与えられた犬小屋を中心に、チェーンの長さの範囲しか動けない。
動けるのは人が散歩させる時だけだし、寝る場所も犬小屋に限られる。
犬達がつながれるのはテントのアルミ支柱だ。
5つのテントを合わせて作ったリョクリュウの遊び場には、左右6個ずつ、12個の支柱があり、躾前の犬が12頭繋げられる。
犬小屋はアルミ支柱の基礎となっているコンクリートの横に置かれている。
隣の犬と喧嘩しないように、チェーンの長さが決められている。
「キヨシ、たまには生まれ育った地元に帰った方が良いのではないか?」
犬の躾について話していたのに、急にリョクリュウが話題を変えてきた。
「突然何を言い出すんだ?」
「前に話していた時と考え方が変わったのだろう?
だったら選挙区になっている地元を大切にしなければいけないのだろう?」
「リョクリュウ、俺のメールを勝手に見ているな?」
「10日間も会えなかったんだ、状況を知らないと犬の躾もできない」
「リョクリュウにも分かるように、日記に自問自答してあっただろう?
リョクリュウならあれで全部分かるだろう」
「キヨシが誰に見られても平気な場所に書く事だけでは、本音が分からない。
本当にやって欲しい事が分からない」
「だから勝手にメールを盗み見しても良いと言うのか?」
「良い事だとは言わん、だが、必要な事だった。
犬達の躾を、大阪に行っても護衛ができるくらい鍛えなければいけなかった。
新幹線や電車に乗せても良いくらい、厳しく鍛える必要があった」
「いや、盲導犬や介助犬でないと、自由な状態で電車には乗れない。
籠に入れて他の人の迷惑にならないようにしないと、電車には乗れない」
「盲導犬や介助犬の資格を取らせればいいではないか」
「リョクリュウ、俺は障碍者じゃない。
数少ない盲導犬や介助犬を、健常者が手元に置くのはマナー違反だ。
そんな無理無体を押し通すのではなく、普通に自動車で移動させればいい。
犬達を運べるくらい大きな車を買って、 まだ議員に成れていない党員の中から運転手を選んで、ここと大阪と東京を行き来すればいい。
それに、そもそもこの子達が盲導犬や介助犬の資格を取るのは無理だ」
「資格を取るのが無理だと言うならしかたがない。
自動車を買って移動すると言うのなら、我も安心だ。
それで、何時大阪に行くのだ?」
「それは兄貴とおじさんに相談して決める。
今やっている事を最後までやり遂げてからでないと、大阪にも東京にも行けない」
「無理していないか、随分と辛そうだぞ?」
「無理はしている、辛い、できれば逃げ出したい、だが逃げ出せない」
「何故だ、辛ければ止めてしまえば良い、逃げ出してしまえば良い」
「本当に潰れそうなら止めるし逃げ出す。
文句は言っているが、まだ潰れないと分かっている。
他人の損得だけなら、辛いだけでも止めるし逃げ出すが、犬達の命がかかっているのに、少々の事では逃げ出せない」
「頑張るというのなら、もう少し日程を楽にしてもらえ。
人間の世界は週休二日制が普通なのであろう?」
「確かに人間の世界では週休二日制が普通だが、多くの人は、歓迎会は仕事ではなく遊びだと思っているんだ」
「いや、違うだろう、ネットを見ていると、仕事の後で行われる飲み会は仕事と同じで、強制してはいけないとあったぞ?」
「都会に住む若い子達の間では、それが普通になっている。
だがここは都会じゃない、老人ばかりが残っている山間部の集落だ。
地方の都市もあるが、大都会と違って年寄りの考えが優先される。
歓迎会は仕事だから週休二日制にしてくれと言っても、ここでは通じない」
「通じるか通じないか、試してみればいい」
「……そういう事を誰かに言って考えを押し通す方が、心の負担になるんだ。
言ってやらせるよりは、何も言わずに我慢してやる方が楽なんだ」
「キヨシは本当にしかたのない奴だ。
面と向かって言えないのなら、メールで要望を伝えるようにしろ。
党員達には言えなくても、兄貴やおじさんには弱音を吐けるだろう?」
「俺にも見栄がある、意地もある、ここまできて泣き言は口にできない」
「難儀な性格だな」
「そうか、多くの人がこんなもんだろう?」
「キヨシがどうしても言えないというのなら、俺が代わりに言ってやる」
「面と向かって言うんじゃないよな?
メールで伝えるという意味だよな?」
「当たり前だ、こんな姿を人前に出したら、怪獣だと言われて撃たれる」
「……すまん、世話をかける」
「気にするな、任せておけ、最低でも週休二日、頑張って週休三日を確保してやる。
ただ、歓迎会は何とかしてやるが、保健所や動物愛護センターを巡るのは、全く休みがなくても良いのか?」
「すまん、週に一日は完全休養日にさせてくれ。
週に一日くらいは、朝から晩までアニメを観て小説を読んで過ごしたい」
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