第10話 自由とは我儘ですか?

「え、えっと。今日は付き合ってくれてありがとね。うまくできなくてごめん。お詫びにこのお店は奢るよ」


 月山は破られた絵を見られたのが恥ずかしかったのか、話題を変えようとする。

 財布を取り出そうと鞄を弄っていたが、そこで何かに気付いた。


「…………あ」


「ん? どうした?」


「財布、忘れた~」


 だば~っと涙を流す月山。

 ここでドジッ子かい!


「まあ、いいよ。今回は僕が出す」


「うう、ごめん~」


「大丈夫。これも想定した予定の一つだ」


「そうなの!?」


「たくさんの予定プランを作っておくのが基本だよ」


「な、なるほど。ちなみに今日の予定プランって、何種類くらいあるの?」


「…………8000くらい」


「へえ~…………8000!?!?」


 どひゃあ、と飛び跳ねる勢いで驚く月山。

 本当に素直な反応をする子だ。

 僕の頭の中は、ほとんどが予定で形成されており、それに沿っていつも行動している。


 特に昨日は徹夜で予定を考えていたので、枝分かれした部分を含めると、8000くらいはある。

 全てを予定に沿って行動するのなら、これでも足りないくらいだ。


「ふふ。やっぱり、下田君って凄いんだね」


「凄いのは月山だろ。僕は絵で受賞なんてできないぞ」


「そ、そう? へへへ~」


 人が賞をあげたくなるレベルの自由を描くなんて、本当に大したものだ。


「そ、そういえば、それだけたくさんの予定があるのに、下田君はメモ張とか見たりしないんだね」


「ああ。メモ帳は……作らない。絶対に、作らない」


「ふ~ん?」


 にそう誓った。

 もう二度と、メモ張は作らない。


 まあ、そもそも予定は全て頭に叩き込んでいる。

 いちいちメモ帳を開いて、見たりする方が時間的に非効率だ。


「予定か。あたしも下田君みたいに、上手くできたらいいのにな。はあ~」


 そうして罪悪感のある表情となる月山。

 彼女のオーラがしゅるしゅると萎んでいく。

 自由が失われた月山は、どこまでも弱々しい。


「急にどうしたんだよ?」


「いや、結局うまくいかないのは、あたしがなだけなのかなって。サプライズを喜んであげたいって本気の気持ちになれない。感謝の気持ちを持てないから、笑えない。誰かが言ってたっけ? 『賞を取って自分が偉いとか思っている』って。その通りなのかな」


「それは……違うだろ」


「…………ありがと」


 月山はただ、正直なのだ。自由なのだ。

 でも、それが月山らしさでもあるんだ。


 だから、無理やり嫌いなサプライズに感謝しようとしたら、変な言葉になる。

 無理やりな笑顔を作ろうとすると、歪になる。


 皆がやっているから、流行っているから、そんな理由で彼女は喜べない。


 それは月山のなんだ。


 簡単に人に流されない意志の強さがあの絵を作り出し、コンテストで受賞するまで果たしたのだ。


 凄い事だと思う。僕にはできない。

 僕なんて、ヘラヘラとサプライズに合わせて逃げるだけだ。

 月山の望みは、ただ静かに自由に好きな絵を書いていたいだけ。

 サプライズなんてして欲しくない。


 だが、世界はその強さを、自由を……『我儘』と呼ぶ。


 確かに自由とは、一種の我儘かもしれない。

 世の中なんでも自由にできるわけじゃない。

 皆がやっているから、自分もやらなければならない。

 空気を読まなければならない。

 それもまた一つの正論だろう。


「もう当日は、学校を休むか?」


「ごめん。学校は休みたくない。サプライズが嫌だから学校を休むとか、誕生日にそんな事はしたくないんだ」


 なるほど。

 これも月山の我の強さの一部……か。


「うん、本当に今日はありがとう。当日は、あたしなりに頑張って見るよ。もしかしたら、上手く出来るかもしれないし」


 無理だ。

 残り一週間で、この現状がなんとかなるとは到底思えない。

 一週間後、月山は誕生日サプライズを受ける。

 そして、その対応に失敗するだろう。


 ぎこちない笑顔と言葉。

 それを見るクラスメイト。

 そして、皆が口々に言葉を投げつける。


『なにその顔』『笑顔、可愛くないよね』『なんで片言なの? 本当に感謝してる?』『もっと嬉しそうにすればいいのに。そんな事も出来ないの?』『やっぱり月山さんって、そういう子なんだね』


 いつもの僕なら、それを遠目で見て『可哀想だな~』とか『不器用だな~』って思って終わりだ。

 このまま全てを見送って、そうしていつもの平和な僕に戻る。それが正解。


 そう、現状維持だ。

 誰の邪魔をしないし、邪魔もされない。影響も受けない。

 それが僕の生き方。


 サプライズ対策に失敗した月山とは、気まずさから次第にお互い距離を取る事になるだろう。

 そうして、交流する事も無くなるのだろう。


 僕はいつもの日常に戻る。

 それだけだ。何も問題ない。


 そのはずなのに……



 ――本当に、それでいいのか?



 誰かの声が僕の脳内に響く。誰だ?

 視線も感じる。

 追ってみると、それはさっき月山がくれた絵だった。


 …………お前かよ。


 力強い眼光が真っ直ぐに僕を見つめている。

 揺るがない意思の籠った瞳だ。

 くそ、そんな目で見るなよ。

 僕はお前みたいにかっこよくないんだよ。


 お前は月山が作った幻想の僕だ。

 本当の僕は、自分の保身しか考えないゴミ虫なんだ。

 それでも、『許せない』という気持ちが止められないほど湧き上がってくる。


 なあ、サプライズで喜べない自由は、本当に我儘なのか?

 むしろサプライズの強制こそが、あんたらの『我儘』じゃないのか?


 そんなにサプライズが偉いのかよ。

 サプライズで喜べない事が、そんなに悪なのかよ?


 たかが、サプライズだろ。

 なに訳の分からない宗教を作って、それを押し付けてんだよ。


 サプライズなんて、本当はお前らが他人を利用して、自己満足に浸って喜びたいだけだろうが!

 そんな自己愛に、月山を巻き込むなよ!

 おかしいのは僕たちじゃなくて、世界の方だ!!


 だから、僕はを実行する事に決めた。


「なあ、月山。もう一つだけ、とっておきのサプライズ対策があるんだ」


「ほんと? どうするの?」


 僕は邪悪な笑みを浮かべた。

 その時、少なくとも目の強さだけは、あの絵と一致したように思えた。


「サプライズを……ぶっ潰す!!」

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