第4話
翌朝アルトスを送り出したエスカは、ひと眠りする前にタブレットを開いた。ニュースを確認する必要に駆られたのだ。
『ラヴェンナの王太子ご結婚』の文字が目に入った。また王太子の結婚? 一瞬困惑した。
ラヴェンナの王宮で銃撃戦を繰り広げたのは、王太子の結婚式の時だったのではなかったか。
だがすぐに、勘違いに気づいた。王太子違いである。前回はグンナルの王太子。式からしばらくしてヤク中で亡くなっている。
今回はクリステルの王太子。アルトスと同い年と聞いている。
前回、イシネスは国王の喪中だったため、出席は見送った。今回は出席する可能性が高い。では誰が?
最高位のヴァルス公爵かも知れない。モリスに聞けば分かるだろう。
アルトスからの連絡待ちかな。エスカは、はやる心を抑えた。
その夜、早速アルトスから交信が来た。
『ニュース見たか? モリスに頼んでおいたよ。誰が来るのか。イシネスからラヴェンナに直行するのか、シルデスで休憩を取るのか。
三ヶ月先だから、招待状はまだかもな。焦らず待とう』
『ありがとうアルトス。モリスには、お蔭さまで僕たち元気にやってる旨、伝えておいてね』
二週間後、アルトスが来た。
「直接話す方が早いと思ってな。陛下から招待状が来たよ。俺と令夫人宛てだ」
アルトスは何故か愉快そうだ。エスカはきょとんとする。
「令夫人って、誰?」
「エスカしかいないだろう。お前が俺の子を身籠っていたのはご存知だからな。結婚したと思われたんじゃないかな。
子連れで来いとさ。そのまま王宮に留まってのんびり暮らせとの仰せだ」
「まさか真に受けてないよね?」
「はは。だが陛下は案外本気かもな。他人の妻を奪うなんて、平気だろう」
「そういうの、グンナルだけかと思ってた」
「うん。だからな、勝手に返事しといたよ。『家庭の事情で欠席』とな」
「ありがとう! ああよかった」
「それで、モリスから連絡が来た。出席されるのは、ヴァルス公爵。イシネスから一番近いラドレイで一泊なさるそうだ。
エスカがラドレイ近郊にいるというのを、モリスが仄めかした結果だ。会いたがっておられるとさ」
「やった~!」
エスカは跳び上がった。
「おいおい。お忍びだぞ。イシネスの貴族に見つかると、面倒なことになるかも」
「わかってるよ。僕が、こっそりホテルに訪ねて行けばいいんでしょ」
「その時は、子守りに来るからな。もちろん、報酬は貰うぞ」
「いいよ~。幾ら?」
「金じゃないな」
意味深な笑顔のアルトス。エスカをびびらせるつもりのようだ。
「何でもオーケーだよ。 どんと来い!」
一瞬、アルトスは大きい目を見開いた。次の瞬間、ふたりは爆笑した。
その後数日間、エスカは子どもたちの後を追いかけて過ごした。ハイハイするようになったのだ。
ふたりが、それぞれ好き勝手な方向に行こうとする。ひとりでは対処できない状況だ。
役に立ってくれたのは、アスピシアとカエサルである。
子どもたちの前に立ちはだかり、鼻で押し返して危険な所に行かせまいとする。しかも、高速ハイハイより二匹の方が素早い。
エスカは、安心して家事と仕事に専念できた。
エスカの仕事。投資である。取り敢えず、高性能のパソコンを二台買った。今後増やすかも知れない。
エスカには、株だの投資だのについての知識は皆無である。
きっかけは、タンツ会長にアドバイスしたことである。
幸い、会長に貰ったお金がかなり残っている。それを元手にした。
安い時に買って、値上がりしたら売る。生活費のほかだから、ゆとりを持って取り引きできる。むしろ、不自然に儲け過ぎないように気を配った。
在宅でできるというのが、最大のメリットである。
そうこうしていたある日、アルトスから電話が来た。背後でわちゃわちゃ聞こえるところからして、スピーカーにしているのだろう。それなら内緒の話ではない。
「マティアスから連絡が来たぞ」
アルトスの声が弾んでいる。
「陛下に呼ばれたそうだ。
『アルトスから結婚式欠席の返事が来たが、どういうことかな?』
『臣籍降下していますから、ごく普通の事と思われますが。
それに、前回の結婚式の際に襲われていますからね。〈二度とラヴェンナには来ない〉と申しておりました。懲りたのでしょう』
『……子どもが産まれたと聞いたが?』
『は? わたくしは、タンツ商会会長の息子の子と聞き及んでおりますが』
『アルトスは、エスカが自分の子を身籠っていると言っていたが』
マティアスは、小首を傾げて見せた。
『会長の息子かエスカに騙されて、そう思い込んでいたのか。或いは、エスカを庇っているのか。どちらかでしょうね』
『と言うと?』
もちろん、マティアスはすべて知っている。なかなかの役者だな。
『実は、会長の息子は、他の女性との結婚を両親に反対されたそうでして。駆け落ちしております』
『ほう』
陛下は、興味津々だったそうだ。
『しかし、間もなく別れたそうでして。その際、近くにエスカがいたそうです』
陛下は、嬉しそうだったと。王族はゴシップ好きだからな。ヒマなんだよ。
『タンツ商会の社員が、たまたまその赤子を目にしまして。息子にそっくりだったそうです。ただし、性別は不明。
会長の息子は、優秀の上性格も温厚で、社員たちに人望もあった。
そういう人間を追い出したも同然ということで、会長に対する不信感が、社員の間に拡がっていたそうです。
会長には、息子が戻る事はないという思いがあった。それなら孫に来て貰えないだろうか。
まずはDNA鑑定だというわけで、エスカ母子を追い回し始めたそうです。。
そんなわけで、エスカは子どもを守るため、ただ今逐電中です。他人の結婚式どころではない状況と思われます。
現在何処にいるのか、アルトスすら知らされていないそうですから』
『……警察に探してもらうわけにはいかないのか』
『ラドレイ署の署長は、現在わたくしの弟が務めておりますが』
『パルツィ准将だな。世話になっている』
『その部下の警官たちが、エスカのファンだそうでして。彼らが関わっているとすれば、エスカを見つけるのは不可能かと』
見事にミスリードしてくれたよ。陛下は渋々ながら納得してくださったそうだ。これでラヴェンナは片付いたぞ!」
背後で「カンパ〜イ」の声が聞こえる。マーカスにも、当然連絡は行っているだろう。
一同今ごろ、腹を抱えて笑っているに違いない。これでラヴェンナもタンツも解決した。 エスカは心底ほっとした。
数日後、アルゴス市の市役所から、紙の封書が届いた。『健診とワクチンのお知らせ』とある。差し出し人は保健課となっている。
『まだ健診を受けていない一才未満の赤ちゃんは、生まれ月を問わず受け付けます。この機会に受けることをお薦めします』
そう言えば、三ヶ月健診とかいうのがあると、聞いたことがある。その頃、どこで何をしていたっけ?
逃げたり隠れたり……マーカスの家にいた気がする。アルゴス市に転入届けを出したから、ここに郵便物が届いたのか。
二週間後。受けないといけないな。
当日、エスカはふたりの子どもたちをエアカーに乗せて、アルゴス市の保健センターに向かった。午前十時からだから、開始直後に到着の予定である。
アスピシアとカエサルはお留守番。念の為、家の外からバリヤーを張る。
運転しながら、エスカは今後のことをつらつら考えた。車を買い換えなくてはいけないな。
子どもが増える可能性がある。アスピシアたちも一緒に出かけることがあるかも知れない。
ワンボックスカーがいいかな。問題は、いつ買いに行くかだ。アルゴス市中心部まで一時間以上かかるが、ラドレイに出るよりは近い。
今の車に子どもたちを乗せて行くか、お留守番させるか。どちらも子どもたちには負担だろう。
かと言って、これ以上、農場の人たちにお願いはできない。エスカひとりで、やらなくてはならない。
そうこうしているうちに、目的地に到着した。広い駐車場。着地すると、若い男が走り寄って来た。
「おはようございます。お手伝いさせていただきます」
聞き覚えのある声。筋骨逞しい大柄の男。にこやかなサイムスである。首から『ボランティア』のカードを下げている。
サイムスは、トランクから折り畳んであるベビーカーを引っ張り出した。
エスカを助けて、アンブロシウスをベビーカーに乗せる。サイムスにとって、シウスは甥っ子なのだ。嬉しそうに抱き締めている。
ふたりを乗せたベビーカーを押すエスカを、サイムスは建物の入り口まで案内してくれた。
室内に入ると、早速女性ボランティアが駆けつけてきた。イモジェンである。ウィンクをして見せた。
会場は広い。隅にベビーカー置き場が設置されている。
「ユーリ! ちょっとお願い!」
呼ばれて小走りでやって来たのは、ウリ・ジオンだった。驚いたことに、くるくる巻き毛は矯正され、美しいウェーブになっている。少し大人びて、年齢相応に見える。
エスカはシウスを、イモジェンはリトヴァをベビーカーから抱きあげた。ウリ・ジオンがベビーカーを固定する。
「ジェーン、ちょっとお願い」
「はあい」
イモジェンはリトヴァをウリ・ジオンに渡し、受け付けに走る。我が子を抱いて、ウリ・ジオンは嬉しそうだ。
イモジェンがジェーン、ウリ・ジオンがユーリ。なるほど。
だがエスカの居所は、アルトス以外知らないことになっていたのではないか。
しかも、ここにアルトスはいない。居れば、あのオレンジ頭はすぐに分かるはずだ。
さては、何度もエスカの元に通うことを責められて、白状したな。
それで今回は、ウリ・ジオン、サイムス、イモジェンの登場となったのだろう。
何処の市でも、乳児健診なるものがあるはずだ。市の広報にも載っている。
そうした情報は、最近父親になったアダかモリスから知らされたのかも知れない。
賑やかなことだ。内心苦笑しながらも、エスカは何故か気持ちが柔らかくなった。
会場を見渡すと、子どもひとりにつき、ボランティアひとりが付くという手厚い体制。
だから、エスカのところには、ふたり付いているわけだ。市の職員たちは、医師や保健師のサポートをしている。
「シュルツに気をつけろ」
耳元に、ウリ・ジオンが囁く。見るとウリ・ジオンは何も言っていないかのように、にこやかにリトヴァを抱いている。
向こうから、痩せぎすの中年女性が近づいて来た。第一巫女を彷彿とさせる、ごつごつした風貌。
「おはようございます。わたくしがお世話させていただきますわ。ユーリだったわね? あちらをお願い」
ウリ・ジオンを顎でしゃくり、奥の別室を示す。『ワクチン接種室』と読めた。
ウリ・ジオンに抱かれているリトヴァに、手を伸ばす。見ると、『シュルツ主任』の名札である。
「主任〜」
折よく職員が呼んでくれた。そこへイモジェンが戻って来た。
「あたしたちふたりで受け持ちま〜す。はい、こちらへどうぞ」
けろりと言って、エスカからシウスを受け取る。このあたり、ウリ・ジオンにはできない芸当である。
呼ばれたシュルツは、悔しそうにその場を去った。
あの人に子どもたちを預けてはいけない。何をされるかわかったものじゃない。
エスカは、子どもたちを抱いたふたりの後に、リュックを背負ってついて行った。
まずは身長、体重を測り、医師の診察を受ける。順調に成育しているということ、でほっとする。
リトヴァとシウスはくすぐったそうにしていたが、泣きはしなかった。
ワクチン接種室では、ドアを開けた途端に乳幼児たちの大合唱。針を刺されてからは、リトヴァとシウスもその仲間入りを果たした。大人たちは皆大笑いである。
貴重な儀式を終え、ウリ・ジオンとイモジェンに送り出されて外に出ると、サイムスが待ち構えていた。
今回もエスカは、仲間たちに助けてもらったのだ。自分はなんと恵まれているのだろう。
エスカは感謝の気持ちを胸に抱いて、帰途についた。
その夜、シウスが熱を出した。エスカは全身をくまなく調べてみたが、異状なし。熱だけである。
所謂、知恵熱というものだろう。解熱の治癒を施す。霊力が役にたった。
リトヴァはと見ると、通常通りで異状なし。ふたりの性格は、父親譲りと言っていい。
ということは、アルトスは、あれで意外に神経が細いのかも知れない。以前の託児室の一件もある。
一見軟弱に見えるウリ・ジオンの方が、図太いのかもしれない。エスカは可笑しくて、ひとりで笑った。
「さすがタンツ氏の息子」
独り言ちて、ふと気づいたことがある。タンツ氏の息子? なんだ、この違和感は。まさか違う?
ウリ・ジオンの外見は、母親譲りの美貌。性格は父親似だとばかり思っていた。
だが、いつかアダかセダが言っていたのではなかったか。
『会長は根っからの商人だが、ウリ・ジオンは違う』
とかなんとか。アダとセダは何か知っているのか。それとも、ただ言っただけか。
もし父親が他にいるとすれば、ラヴェンナの王女に近づける家臣、或いは軍人か。何れも身分は高いはずだ。
それに、ウリ・ジオンの卓越した射撃の腕前。ちょこっと訓練を受けたくらいで、ああはなるまい。遺伝的要因があるだろう。
ヴィットリアとタンツ氏は、年齢差が十才以上ある。高位の軍人なら、そう若くないかも知れない。
ヴィットリアは年上の男性がお好みのようだ。
高位の軍人と言うと、近衛師団長が浮かぶ。まさかパルツィ氏? アルトスは、産まれてすぐにパルツィ家に預けられた。
当時一家は、ラヴェンナで家族一緒に暮らしていたはず。
ウリ・ジオンは、アルトスより二才年下。アルトスが一才ちょっとのころ、ヴィットリアが身籠り、直後にタンツ氏と結婚した。
当然王宮を去り、シルデスに行く。
おいおい。ルシウス・パルツィ氏はむっつりナントカか? 全くもって、男というヤツは。
エスカの周りは、自身も含めてだが、父親に難ありが多すぎる。
妊娠の可能性に気づいたヴィットリアは、焦っただろう。折よく現れたタンツ氏は、絶好のターゲットだったわけだ。
商売は上手くても、そちらに疎かったタンツ氏は、まんまと釣られたのだ。
少しばかり早産でも、何の疑問も持たなかった。ハネムーンベイビーだと思っただろう。たまたま血液型が自分と同じなら、信じるのが当然と言えば当然だ。
では何故、龍の爺さまは、ウリ・ジオンの子をエスカに産ませたのか。てっきり、タンツの血が途絶えないようにという配慮だと思っていた。
タンツではなく、ウリ・ジオンの血? それに思い至った時、エスカは腑に落ちた気がした。
優しさと穏やかさの奥にある、鋭敏な頭脳、いざとなれば死をも怖れぬ剛胆さと決断力。
そうした資質を、爺さまは惜しんだのだろう。
眠るリトヴァの天使のような顔を眺めて、エスカはくすりと笑った。今は可愛らしいだけだが、意外に男勝りかも知れない。
ここでエスカは頭を振った。いやいや、余計なことを考えてはいけない。
恐らく当たりだとは思うが、平和のために口チャックを決め込むことにした。
だが、イモジェンの問題がある。イモジェンは、ウリ・ジオンに好意を抱いているようだ。
下手をすると、異母兄妹の可能性があるのではないか。非常にマズい。
かと言って、パルツィ氏に直球を放つわけにはいかない。アダとセダは、年齢的にまだタンツ商会にはいなかっただろうから、訊いても無駄。
ウリ・ジオンは疑ってもいないだろうし。
そうだマリエ。妻ならなにか勘づいているかも知れない。当時はまだ一家揃ってラヴェンナにいた。
あの女性は賢いから、何か行動を起こしたか、或いは知らん顔の半兵衛を決め込んだか。今となっては知る由もない。
夫の浮気に気づいても、相手が出産したことまでは知らないかも知れない。ルシウス・パルツィ氏本人も、知らなかったりして。
エスカは考えるのを止めた。そんなことを知っても、誰も幸せにならないのだ。
それより薬草を準備しておく方がいいな。まだ越して来たばかりで、庭をろくに見ていないのだ。
敷地内に、役に立つ薬草があるかも知れない。。明日にでも調べてみよう。
アスピシアとカエサルは、シウスの匂いを嗅ぎ、熱に気づいたのだろう。いつもより近くに寄り添って寝てくれた。
お留守番をしてくれた二匹に、エスカはいつもより念入りにマッサージをした。
その週末、イモジェンから連絡が入った。
「これから行っていい?」
「もちろん、大歓迎だよ」
本心である。エスカはふたりの世話をしながら、うきうきとイモジェンを待った。
同年代の同性の初めての友だち。エスカは初対面の時から、イモジェンが大好きになっている。
ありがたいことに、イモジェンは、ランチにホロのご馳走を持って来てくれた。
「誰が行くかでモメてるって言うから、あたしが名乗りをあげたの。この前の報告もあるしね。さぁ、何からやったらいい?」
イモジェンが、大きめのバッグから取り出したのは、エプロンだった。
ふたりで手分けして、子守りやら家事やら、ばたばたと動き回った。
リトヴァとシウスを寝かしつけて、ふたりはランチに取りかかった。アスピシアとカエサルは、赤子たちの足元で寝ている。
食後のお茶を飲みながら、イモジェンが話してくれた。
「ウリ・ジオンはね、最初にシュルツ主任を見た時に、既視感があったんだって。
初対面なのは確かだったそうよ。それが名前を聞いて、思い当たった。
妹さんのオッタヴィアの乳母の姓がシュルツだったって。
その乳母さんは、オッタヴィアさんが成人した時に、たんまり退職金をもらって、故郷に帰ったって言ってた。
お茶飲み話に、妹さんが、何処かで保健師やってるって言ってたのを、思い出したって。いやにリトヴァに触りたがっていたよね?」
「うん。僕もちょっと不自然に思った」
ここでイモジェンは笑い出した。
「バイトの応募をする時にね、ウリ・ジオンはセダに言われたんだって。『そのくるくるパー巻き毛を何とかしろ。目立ち過ぎだ』って。
ウリ・ジオンは『僕のトレードマークなのに』って不満たらたら。でもさすがに子どもっぽい、と自分でも思って矯正したの。
巻き毛のままだったら、シュルツ主任にバレてたかもね。あのウェーブヘアもかわいいけどね」
キャハハとイモジェンは笑った。エスカはしばし考え込んだ。
「オッタヴィアの乳母の妹ってことは、指図したのはヴィットリア?」
二人は顔を見合わせた。『エラいこっちゃ 』とふたりの顔に書いてある。
イモジェンは、少しためらった後で、口を開いた。
「実はね。エスカに相談したいことがあって。ホントはそれで来たんだ」
不吉な予感。
「僕で役に立つかどうかわからないけど、何でも聞くよ」
「乳児健診の時なの。ウリ・ジオンが別室に行った時に、ふらりとサイムスが入って来た。駐車場係やってたんだけどね。
いきなり、あたしの耳元でこう言ったの。『ウリ・ジオンはやめとけ』って。
え、と思った時、サイムスはすっと外に出て行った。これって、どういう意味だと思う?
まさか、ウリ・ジオンに訊くわけにいかないし。ちょっと悩んじゃってさ」
当たりだったか。外れてほしかったのに。考えこんだエスカを見て、イモジェンは不安そうである。
「あの。僕知ってる訳じゃなくて。二、三日前にふと気づいたことなんだ。可能性だけどね。
イモジェンは知っておく方がいいと思う」
イモジェンは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「アルトスが産まれた頃、イモジェンのお父さんはラヴェンナで近衛師団長やってたよね? その後もずっと?」
「うん。アルトスが十二才の時に、王宮に連れて行かれて、しばらくして、父さんはシルデスの駐屯地に転属になったって。
それを期に、一家でシルデスに越したんだよ」
「アルトスが一才ちょっとくらいの時かな、タンツ氏とヴィットリアが結婚した。合ってる?」
「うん。その頃だと思うけど」
「ウリ・ジオンは、多少早産だったかも知れないね」
「え?」
「王女殿下と近衛師団長は、会う機会があったかもね」
イモジェンは大きく目を見開き、空になったティーカップを凝視した。
「父さんが浮気?」
「ヴィットリアは、軽い女性だしさ」
「じゃあ、ウリ・ジオンとあたしは、異母兄妹?」
「可能性だよ。サイムスがそう言ったってことは、セダから聞いたな。
なら、アダも知ってる。何かきっかけがあって調べたんだろうね。これは極秘事項だ。
知っているのは、アダ、セダ、サイムス、イモジェン、そして僕。それに、いずれはウリ・ジオンも。
その前に止めるべきだ。知っても、誰も幸せにならないからね」
「わ~!」
イモジェンは、ソファから跳び上がった。歓喜の表情である。
「あのステキな人が、あたしの兄さんだなんて! 自慢したい〜!」
何というプラス思考。
「だから、極秘だって」
「残念!」
うきうきと落ち着かない様子だ。エスカは、お茶のお代わりを淹れた。
「あのね。健診の時だけど。ボランティアの若い女の子たちも、あんまり若くない人たちも、口々に言ってたの。
『ステキな人ね~。トキめいちゃう〜』みたいなこと。
その時あたしね、なにか違和感があったんだ。もちろんウリ・ジオンのことは大好きだけど、そういうのとは違う気がしていた。
何て言うか、最初に会った時感じたのは、親近感みたいなものだったの。そうだったんだ〜!」
感動することしきりである。ああよかった。エスカは胸を撫でおろした。イモジェンが、
恋に破れて傷ついた様子は、欠片もない。
「ウリ・ジオンも、サイムスから何か言われたかもね」
「エスカに相談しに来たりして」
大笑いした。イモジェンは、急に真顔になった。
「母さんは、仮に浮気に気づいたとしても、まさか子どもが産まれたなんて、思っていないと思うよ。軽い浮気程度の感覚じゃないかな」
「実際、そうだっただろうね。お父さんも知らないかも。このままにしておこうよ。
で、ウリ・ジオンは平気かな? イモジェンに恋してたらどうする?」
「ないない。異性のお友達って感じだもの」
その時、インターホンが鳴った。モニターを見ると、何とシュルツ主任である。
「こんにちは〜。突然の訪問失礼致しま〜す。その後如何お過ごしでしょうか〜。
本日は、十代の若いママさんを対象としたプロジェクトの一環で参りましたぁ」
「と、おっしゃいますと?」
「この度、新しく立ち上げたプロジェクトですの。市の広報にも掲載されておりましてね。
若くて育児の経験が少ないママさんを手助けしようという趣旨でして」
イモジェンが、携帯を持って部屋から出て行った。
「ちょっとお待ちください」
カーテン越しに門扉の外を見る。黒いワンボックスカーが停まっている。
門の外にいるのはシュルツひとり。車内にふたりはいる気配だ。必要に応じて出て来る算段だろう。
イモジェンが戻って来た。声を潜める。
「今、市の保健課に確認した。そういうプロジェクトはないし、当然、広報にも載ってないって」
「ありがとうイモジェン」
それからマーカスに電話した。
「エスカだよ。また妙なことになってる。パトカー手配してもらえるかな。実況中継するから、切らないでね」
「わかった。少し遠いから、時間を稼いでくれ」
「了解」
エスカは、イモジェンに向き直った。
「ラドレイ署から二時間、アルゴス署からは一時間かかる。僕がなんとか追い払うよ。子どもたちと二匹をお願い」
「わかった。こちらは任せて」
にっこり笑うと、イモジェンは元気よく寝室に向かった。心強いこと、この上ない。
エスカはのんびりといった様子で、外に出た。シュルツが手ぐすね引いて待っている。
「お待たせしましたぁ」
「では早速」
シュルツは満面の笑みである。
「早速って、何のこと?」
きょとんとして見せる。シュルツは一瞬呆れた表情を見せたが、すぐに気を取り直した。
「赤ちゃんですよ。元気にしてますかしらぁ」
「元気ですよ。でも、ただ今お昼寝タイムで」
「一向にかまいませんわ〜。そおっと抱っこして、様子を見るだけですからぁ」
「ついでに、髪の毛引っこ抜くの?」
「な、なんということを!」
途端にシュルツは狼狽えた。
「市に確認したけど、そんなプロジェクトはやってないってさ。ねーちゃんに頼まれたのかな?」
「何のこと? わけわからないこと、言わないでくれますぅ?」
「僕が若いからって、舐めてる? ウリ・ジオンの乳母さんにも協力頼んだの?」
「誰があんな石頭に!」
言ってから、シュルツは口を押さえた。明晰な頭脳ではないようだ。なるほど。乳母同士の仲は、良好ではなかったんだな。
「ということは、黒幕はヴィットリアだね」
シュルツは青褪めた。
「無礼な! 奥さまを呼び捨てとは!」
だんだんテーマがズレていく。エスカはうんざりしてきた。
「随分と大きい車で来たね。中に何人いるの? ひょっとして、髪の毛だけでは足りなくて、拉致するとか?」
顔を真っ赤にしたシュルツは、いきなり門扉に手をかけた。途端、凄まじい悲鳴を上げた。門扉に触れた手が、真っ赤になっている。
「な、な、何コレ?」
「招かれざる客対策の一環だよ」
予め、バリヤーを張っておいたのだ。シュルツの悲鳴を聞いて、男がふたり、車から飛び出して来た。
「やり方が汚いな」
腹が立ってきた。三人を睨みつける。
「帰れ。二度と来るな」
エスカを見た三人の顔が、恐怖で引きつった。一、二歩後退りすると、悲鳴を上げながら車に駆けこんだ。
車は、もたもたと走り出したかと思うと、狂ったかのような猛スピードで、山に向かって行く。
「方向違うよ」
呟くと、エスカは携帯を切った。そして再び呟いた。
「
それから振り向くことなく、家に入った。家では、イモジェンがシウスのおむつを替えている。
「ありがとう。リトヴァちゃんはどうかな?」
エスカは、ことさらに明るく言った。今さっきの出来事は、忘れたかった。
リトヴァは先におむつを換えてもらったらしく、ご機嫌である。
「帰った?」
「追い払ったよ。龍眼で」
「龍眼て?」
「龍つまり爬虫類の眼だよ。今夜は悪夢にうなされるだろうな」
「凄いエスカ! いろんなことできるって聞いてたけど、まさに無敵よね!」
イモジェンが尊敬してくれた。
「懲りさせたかったんだ。二度とここに来ることはできないように」
不意に、眠っていたアスピシアとカエサルが、むくりと身を起こした。上空を、パトカーと救急車が飛んで行く。
「早かったな」
「何があったの?」
「さっきの車、事故ったようだ」
あれはアルゴス署だ。おっつけラドレイ署も来るだろう。後は連絡待ちだな。
ふたりは、子どもたちと遊びながら、マーカスを待った。
ラドレイ署のパトカーが、上空を飛び去ってしばらくしてから、一台が戻って来た。カーテン越しに、マーカスが車から降りるのが見えた。
「おやおや、パルツィ准将閣下直々のお出ましだよ。制服姿だ。カッコいい〜!」
「マーカス兄さん? 久しぶりね」
言うと、イモジェンはお茶の支度を始めた。マーカスは、急ぎ足でやって来た。
「また現場に戻らなくてはならないから、概要だけ話しておくよ」
お茶をひと口飲んで、マーカスは落ち着いたようだ。
「三人の乗ったワンボックスカーが、突風に煽られて、崖下に落ちたそうだ。
数メートル先に川があったが、その川に突っ込む前に車は止まった。
それなのに、何故か川から鉄砲水のように水が襲って来たそうだ。全員びしょ濡れになったが、怪我はせいぜい骨を何本がへし折っただけで済んだ。自分たちで通報した位だからな。
ただ、三人とも錯乱状態でな。精神科に行く必要がありそうだ。エスカ、何をやったんだ?」
マーカスの目が笑っている。エスカを非難するつもりは毛頭ないようだ。
「最初から説明するね」
実にありがたいことに、イモジェンが健診の際の話をしてくれた。続いてエスカが、先程の説明をする。
「その時に、『龍眼』で追い払った。今夜中は効いてるから、治療しても無駄だよ。二度と、ここには近づけないようにしてやった。
事故については、風刃と水刃だね。
「ちょっと待て。守護神は離れたんじゃなかったのか? イシネスのクーデターの後で」
エスカは照れくさそうに微笑んだ。
「そうなんだけど。僕が幼くて不安だからって、戻って来てくれたんだよ。
イシネスで、同時に落雷があったでしょ。第二巫女とリール侯爵が亡くなった時」
「ああ、覚えてるよ。現場は悲惨だったそうだが。あれはエスカが?」
「いや。あれは守護神が独断でやった。僕では手を下せないだろうということでね。
僕には事後報告だったけど、これって殺人罪になる?」
マーカスは苦笑した。
「軍警察のテリトリーは、霊界にまでは及ばないなぁ」
「ああよかった。で、その後守護神は戻って来たの。それ以来、ずっと居てくれる。心強いよ。それでさっきの話だけど。
シボレスのタンツ邸を調べてほしい。突風の吹いたころ、建物に破損はなかったか。内部に水害はなかったか。特にご夫人の周囲を重点的にね」
「二箇所攻撃だな。わかった。ありがとう。
それでな、ここはアルゴス市。事故現場はラドレイ市だ。黒幕はシボレス市在住と。
ラドレイ、アルゴス、シボレスの合同捜査になるかもしれん」
ヒントをもらって、マーカスはご機嫌だ。
「イモジェン、お手伝いか。ご苦労だな」
「可愛い甥っ子と姪っ子だもん。楽しいよ」
「姪っ子?」
イモジェンは、慌てて口を押さえたが遅かった。マーカスの鋭い目が、エスカとイモジェンの間を素早く行き来する。
軍人の目だ。鬼と言われる所以だろう。エスカは初めて、マーカスを怖いと思った。
一瞬後には、マーカスは緊張を解いていた。
「進展があり次第、連絡するよ」
いつも通り、にこやかに帰って行った。イモジェンは、大きく息をついた。不安そうにエスカを見る。
「バレなかったよね?」
「平気だよ。いくらマーカスでも、そこまではね」
軽く笑って、イモジェンの心配を宥めた。だが本当は、胸が激しく脈打っていた。相手はマーカスだぞ?
十日ほどして、ウリ・ジオンから連絡が来た。
「今日の昼頃行くけど、いいかな? ランチを買おうと思って、ホロに予約入れようとしたんだ。そしたらマーカスの予約が入ってると言うから、マーカスに電話したよ。僕の分も追加しといてくれるってさ。ラッキー! だから僕は、まっすぐそちらに向かうよ」
やれやれ。厄介なことになる予感がした。またまた損な役回りになりそうだ。
二台のエアカーは、空中で出会ったらしい。マーカスとウリ・ジオンは、一緒にインターホンを鳴らした。
マーカスは、その後の経緯を説明してくれるだろう。ウリ・ジオンにも知っていてもらいたいから、これはありがたい。
アニタはさすがの気配りで、子どもたちの食事は、夕食分まで作ってくれていた。エスカはご機嫌で、夕食分を冷蔵庫に入れた。
「先に食べていてね」
エスカが子どもたちに食事を与えているのを、ふたりは食べながら見ていた。
「こうやって育てて貰うんだな」
和やかな雰囲気である。嵐の前の静けさか? 先に食べ終えたマーカスが、口を開いた。
「食べながら聞いてくれ。ウリ・ジオンは、どこまで聞いている?」
「イモジェンがサイムスに話したところまで。合同捜査やるかもって」
「うん。エスカ、捜査官は、こには来なかったな?」
エスカは頷いた。
「アルゴス署は、市の保健課で聞き込みをした。シュルツ主任は、長年勤めていて、人望もあったようだ。
だが姉に
姉の乳母だが。ご近所さんに、事ある毎に、前の職場の自慢話をしていたそうだ。天下のタンツ家だからな。
それが最近、またお屋敷に戻るかも知れないと、浮き足立っていた。今度はお孫さんのお世話だそうだ。
双子だから妹と一緒に行くと、嬉しそうだったと。ふたりとも、軽くて三十年の実刑だな。
ラドレイ署は事故現場の管轄だから、捜査はすぐに終わったよ。何故水が飛んで来たかは、不明」
マーカスは可笑しそうに笑った。
「それでシボレスだが。シボレス署がタンツ邸を調べてくれた。
事故が起こったころ、その近辺で突風が起きて、タンツ邸の屋上の一部が破壊されたそうだ。
さらに夫人の部屋の天井から、バケツをひっくり返したような大水が降って来た。
夫人とメイドがいて、頭からずぶ濡れになった。不思議なことに、天井は完全に乾いていたそうだ。以上」
黙って聞いていたエスカが、声を発した。静かだが、怒りに満ちた声である。
告訴します。誰であれ、どんな事情であれ、悪意を持って、僕の子どもたちに指一本でも触れようとする者には、容赦しない。
何処へ逃げても、必ず嗅ぎつけられて狙われる。それなら徹底抗戦でいきます」
「うん。ウリ・ジオン、いいか?」
「はい。エスカ、思い通りにやってくれ。孫が欲しいと言っても、ヴィットリアには、自分で育てる気なんてないんだ。
エスカの持つ、イシネス王家とラヴェンナ王家の血が欲しいだけなんだから」
「わかった。証拠固めを完全にしたら、夫人を引っ張る。後ひと息なんだ」
「よろしくお願いします。ぎゅうぎゅうに絞め上げてね。もう懲り懲りって思うまで。そしたら、告訴を取り下げることってできる?」
「もちろん」
マーカスは満足そうな笑みを浮かべた。ウリ・ジオンが、深々と頭を下げる。
「それでエスカ。ひとつ相談があって。例の健診の後で、サイムスに妙なこと言われたんだ」
来た〜! 何で、僕に話を持って来るんだよ。見ると、マーカスが嬉しそうに聞き耳を立てている。
「『イモジェンはやめとけ』って。どう言う意味かな?」
「この前、イモジェンが、リトヴァのことを姪っ子とか言っていたのと関係あるかな?」
マーカスがここに来た目的のひとつは、それか。
「へ? で、イモジェンは、サイムスに何か言われたとか言ってた?」
嘘はつかない方がいいと判断したエスカは、頷いた。
「『ウリ・ジオンはやめとけ』って言われたって」
「どういう意味だって、サイムスに聞かなかったのかウリ・ジオン」
「それが、凄く怖い目をしてて。あんなサイムス初めて見たよ」
ウリ・ジオンをびびらせるとは。さすがサイムス。
「あのさウリ・ジオン。イモジェンに恋心とかある?」
「いや。イモジェンは大好きだけど、そういうのじゃないな。一緒にいて寛げるとか親近感とかさ」
ああよかった。ふたりとも傷つかないで済む。
「なら、それでいいじゃないか。余計なこと知る必要はないよ」
「余計なことって? 何か知ってるなら、話してくれないかな」
「僕は知っていると言うより、可能性を思いついただけだ」
「エスカの可能性は、いつも当たるじゃないか」
「確実に知っているなら、アダとセダだな。サイムスはセダに教えられたんだろう」
何故か可笑しそうなマーカス。やれやれ。この人は警官だった。
「あの、ウリ・ジオンって、早産だとか言われたことない?」
「お袋がそんなこと言ってたな。でもサイズは標準だったから、安心したってさ」
よく言う。エスカは、元々好きではなかったヴィットリアが、嫌いになった。
「タンツ氏がヴィットリアさんと結婚した頃、パルツィ氏は近衛師団長だったの?」
エスカは、マーカスに向いた。
「だろうな。長いことやってたはずだ」
マーカスは、きつい目でエスカを見た。
「なんで僕を睨むんだよ! 僕が不倫したわけじゃないでしょ!」
マーカスとウリ・ジオンは、愕然とした目と目を見交わした。意味を理解したウリ・ジオンは、立ち上がって口をぱくぱくする。
マーカスは瞬時に立ち直り、くすくすと笑った。
「親父め」
「じゃあ僕は、タンツの息子ではないと?」
「調べて確認しているはずだよ。サイムスが実家に帰った時、お父さんのブラシから毛髪を採取するとかしてね」
「なるほどな。親父たちは、知らないのか」
「多分ね。だから今のままがいいんだ。誰も傷つかないよ」
「それなら、僕がタンツ家を出たのは、必然だったんだな」
「そういうことになるな。結果オーライだったわけだ」
マーカスは立ち上がると、ウリ・ジオンを抱き締めた。
「弟か! 家族が増えたな」
声が弾んでいる。ウリ・ジオンの両手がマーカスの背に回された。
エスカは安堵の息をついた。だが、釘を刺すことも忘れない。
「極秘だからね。特にマリエには」
マーカスは、笑顔で頷く。
「僕は、何番目の子どもになるのかな。内緒だけど」
「え〜。マティアス、ヘンリエッタ、わたし、エヴリン、サイムス、アルトスの次だから、七番目だな。その下にイモジェン、ゾーイと続く」
「九人兄弟かぁ。賑やかだね」
エスカは、羨ましくて仕方がない。
「みんなで祝杯をあげようじゃないか」
「だから内緒だって。あ!」
エスカは今になって思いついた。
「そうすると、僕は兄弟の子どもたちを産んだことになるの? それって、不道徳じゃない?」
マーカスとウリ・ジオンは顔を見合わせた。
「いや。アルトスは、血が繋がっていないからな」
「僕の事情は、知らなかったんだから」
「問題ないだろう。こういうことは、単純に考えるのが一番だ」
そうか? 納得致しかねる顔のエスカを見て、マーカスは話題を変えた。
「そう言えば、アルトスはどうしてる?」
「ああそれね。相談と言うより報告なんだけど」
ウリ・ジオンは、何故か気まずそうだ。
「寮が空いたから、週末に引っ越すって」
「え?」
「元々農場に来たのは、防音室が使えないって理由だっただろ? 学年が上がったら、使えるようになったそうなんだ。
近い方が便利だからね。サイムスは農場に残るって」
ここで三人は笑った。ウリ・ジオンは表情を引き締めた。
「やっぱり居づらかったのかと思って」
「なんで?」
「エスカ。名前聞くのも嫌だろうけど、聞いて。
僕はシェトゥーニャと別れてしまえば他人だよ。でもアルトスは姉弟だからさ。僕と一緒に暮らすのは、辛かったかと」
「……僕は、あのことがある前に、アダとセダに引っし先を探してもらっていた。
本妻と愛人が一緒に暮らすのは、ヘンじゃないかと思って。確かサイムスが、そんな事を言っていた気がするけど」
「サイムスは、常識が服を着たようなヤツだからな」
また三人で笑う。
「考え過ぎるな。アルトスの言葉は、そのままに受け止めておこう」
エスカとウリ・ジオンは、納得して頷いた。
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