美味しい話にある棘
「第一回! イクスくんこれからどうすんの? 会議を始めますっ!」
なんて高らかな宣言が聞こえてくるのは、場所を変えてイクスの部屋。
侯爵家当主、ヒロインのお父様に呼び出され「しばらくアリスと過ごしてほしい」とお願いされたあと。
屋敷に戻って「それでも僕はやってない」とイクスの父親に事の経緯と弁明をし終わった頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。
「おー」
「先輩、ここは拍手をした方がいい場面なのか?」
茜色の陽射しが差し込む部屋で、セレシアの拍手が響き渡る。
横ではいきなりの導入に戸惑ったクレアが拍手をしようか悩んでいたが、イクスは気にすることなくソファーに座ったまま至極真剣な顔を向けた。
「さて、今回の本題は「アリスの父親から提示された条件を呑むかどうか」ということになる」
「しばらく知らない土地に住んでほしいという話でしたね」
腰を上げ、さり気なくイクスの横に座ろうとするセレシアが思い出したかのように口にする。
「単純に考えれば、しばらく隠居生活を送るだけで土地がもらえる美味しさしかないお話ではありますが……」
「あぁ、美少女と同棲っていう高級料理を出されるだけじゃないって明らかに分かるお話だ」
「むっ? どういうことだ?」
一人、クレアだけが分からず挙手をして質問する。
「こら、まずは自分でちゃんと考えてから質問しなさい。いちいち分からなかったら聞くスタイルだと、考えることを放棄してうざがられる新入社員が完成するぞ」
「そ、そうだなっ! 確かに、主人の言う通りだ……気を付けるとしよう!」
「でしたら、次から質問される度に一枚衣類を脱がせましょうか」
「うーむ、名案だな。確かにそれだとクレアも抵抗を覚えて尋ねる癖がなくなるかもしれん」
「…………(ごくりっ)」
恐ろしいことに、至極真剣に脱衣による罰を主従二人は検討し始めた。
傍に赤の他人がいれば、きっとイクスの評価を改めてクズだと認識してくれるだろう。
ただ、それよりもさらに恐ろしいのが「今後」と言ったのにもかかわらず頬を染めて上着を脱ぎ始めているご令嬢がいることであった。
「まぁ、話は戻すが……要するに、美味い話の裏に確実に棘があるってこと。なんの利益もなしに普通土地なんかやらんだろ」
「だが、恩義を感じてあげるのなら、不思議ではないのではないのではないか?」
「脱衣一枚」
「ぐっ……そうだったッ!」
早いなぁ、こいつ。
なんて、イクスは靴下を脱ぎ始める学ばないご令嬢にジト目を向けた。
「問題は、美味しいご馳走に隠された棘がなんなのか、ということですね」
「そこなんだよなぁ」
この世界は、そんなに甘くない。
前世のように治安がいいわけでもなければ、平和な日常がそこかしらに広まっているわけでもない。
悪役という立場だけで平然と死ぬルートが用意されているし、貴族社会が煌びやかに見える反面ドロドロしているのもなんとなく理解している。
さらには、相手は大商会―――損得の駆け引きでのし上がってきた大物だ。
乙女の純情から生まれたご提案ならともかく、そんな男からの提案に裏がないとは思えない。
ましてや―――
「……あのおっさん、
「確かに、いつ
「まったく、あいつにも困ったもんだぜやれやれ」
娘に羽交い絞めにされながらも酷い形相を向けてきたガランが脳裏に浮かび、イクスは肩を竦める。
「まぁ、もしなんかあれば顔パンパンパンパンになるぐらいまで殴ればいいんだろうが」
「主人も発言的には変わらないほどの困ったさんだと思うぞ?」
「どれだけ殴るおつもりですか?」
変人っぷりは互いに同レベルではあった。
「んー……それはそうと、どうしましょうかねぇ」
イクスは腕を組み、背もたれにもたれかかって考え込み始める。
(こんなイベントがないっていうのは、一応なんとなく分かってはいるけどなぁ)
主人公であるユリウスがアリスから土地をもらって同棲……というイベントはゲームではなかった。
本編は基本的に舞台である学園で行われる。
そのため、好感度を上げるイベントも共に成長していく過程も外では発生しないのだ。
そもそも、こうなったのもイクスが「土地がほしい」と言ったからであり、アリスルートのシナリオとはまったくの無関係。
(だって、アリスルートだと中ボスキャラはライバル商会の傭兵二人に、悪役である俺……ラスボスに生き別れの姉が出てくるが、そんな兆しは今のところない)
まぁ、裏にある棘にライバル商会云々がなければの話だが、と。イクスは考える。
(それに、ラスボスである彼女が登場するのは学園を卒業する間近。目下、もしシナリオが進んでいると仮定するのであれば───俺と敵対すること)
イクスは口元を歪め、少しばかり獰猛な笑みを見せた。
(だったら、そうならないようさらに見せつければいいだけのこと……ッ!)
そして、イクスは勢いよく立ち上がり、二人に向かってキッパリと……高らかに言い放った。
「よし、やっぱり話を受け入れよう!」
「あら、会議という導入とは裏腹な一人結論が出ましたか」
「あぁ、出たぞ! 土地ももらえて女の子に実力アピールできる最もな機会を考えれば、裏の棘に刺さったとしてもなんの問題がないってことにな!」
元より、イクスはヒロイン達に歯向かうような意思を与えないために実力を磨き、見せつけてきた。
ヒロインと一緒に暮らすということは接する時間も増え、見せつける時間も増えるということ。
加えて、土地ももらえる。
屋敷で魔法の鍛錬をしようにも敷地に限度があり、被害を考えるとあまり大きな魔法は使えない。
何をしてもいい土地がもらえるならもらいたい───まさに一石二鳥。イクスの中で、どんな思惑が隠されていようとも断る理由はなかった。
「むぅ……しかし、主人よ。学園はどうするのだ?」
「サボればいいだろう?」
「し、しかし私は公爵家の人間としてサボるわけでは───」
「え、お前は通えば? 別についてこなくていいし」
「酷いぞ!? 私もついて行くぞ!?」
「どっちやねん」
なんだかんだ、取り残されたら取り残されたで寂しく思うおぱんちゅ令嬢であった。
「そうと決まれば、早速引っ越しの用意だ! 大丈夫、下着だけで十分な俺なら一児のお母さんも楽ちんな荷造りができるは───」
そして、イクスが気合いを入れて拳を突き上げようとしたその時。
「失礼します、坊っちゃま」
一人の妙齢の執事が、部屋の扉から姿を見せた。
「坊っちゃまにお客様がいらっしゃいました」
「……ん、客?」
「はい」
はて、誰だろうアリスかな? なんて首を傾げる。
しかし、そんなイクスの考えとは裏腹に───
「三大聖女が御一人───ウルミレア様でございます」
執事はイクスに向かって頭を下げながら言い放ったのであった。
「……最近キャラ登場、多くね?」
「なぁ、主人。私はこうなる理由に薄らと検討がついているのだが……言った方がいいか?」
「それを言われて思い出したよありがとう。そういえば教会でなんかフラグ立てたような気がするよ」
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