戦いが終わって

 リーダー格の少女が戦いの終わりを告げた。


 その瞬間、セレシア達に立ち塞がっていた黒装束の男達は武器を置き、即座に投降した。

 これで、学園で起こった『神の不在』を謳うカルト集団とのイベントは閉幕。

 イクスは駆けつけたセレシアとクレアに「あいつら適当に縛って」と、男達の無力化をお願いした。

 そして———


「あとはお前だけなんだが……」


 ゼニスの体を抱き締め続ける少女。

 瞳に涙を浮かべて、イクスの顔を見ないまま口を開いた。


「……殺せばいいですよ」

「あ?」

「元より、目的を達成しようがするまいが、のうのうと生きるつもりはなかったです」


 捕まるか、捕まらずに自害するか。

 復讐に駆られ、誰かを殺めようとした時点で自分の末路は決まっている。

 もう魔力は残っていない。

 今から飛び掛かって聖女を襲おうとしたところで、取り押さえられてお終いだろう。


「あ、それとも私達が誰と繋がっているのか教えてほしいんですか? いいですよ、全然教えますよ。あいつに愛着もクソもねぇですから」


 その代わり、と。

 アルルは動かなくなったゼニスをさらに抱き締めて、懇願するように呟いた。


「……もう少しだけ、このまま」


 きっと、アルルもゼニスがもう助からないと分かっているのだろう。

 明らかな致命傷。

 にもかかわらず、イクスと激しい戦闘を行ったのだ。

 傷は広がり、支えを失ったゼニスはもう虫の息。

 分かっていた、覚悟もしていた。

 それでも最後を見届けたいのか、最後まで一緒にいたいのか。


(こんなイベント、なかったはずなんだけどなぁ)


 自分のした行動が、この結末を生んだのだろうか?

 聖人君子でも、誰もを無償で愛せるほどの懐の広さもイクスは持ち合わせていない。

 悪党だろうが善人だろうが、全員を救いたいなんて傲慢な考えはできない。

 ただ―――


(今のアルルを見て、殺せっていう方がキツイ話だろ……)


 一方で、残忍にもなれないのがイクスだ。

 正義や、この世の常識を机上に挙げれば間違いなくここでアルルを引き剥がし、情報を聞いて然るべき処分を下した方がいいだろう。

 なんだったら、ここで虫の息であるゼニスと一緒に殺して、捉えている黒装束の男達の誰かから聞き出した方がいいのかもしれない。


「ふぅ……」


 イクスは空を仰ぐ。

 自分の中で、ちゃんとした結論を出すために。

 そして、しばらく逡巡したあと。イクスは振り返ってエミリアの方を見た。


「なぁ、エミリア。おかしな話だとはおもうが―――」

「は?」


 イクスが全てを言い切る前に、エミリアがゆっくりと自分の横を通り過ぎていった。

 アルルの前まで立つと、腰を下ろし、そのままゼニスへと手を伸ばした。


「お、おい……いいのか?」


 まだ何も言ってはいないはずなのに。

 それでも、エミリアは何を言うこともなく自分の望みを汲んでくれようとしている。

 そのことに、思わず疑問を投げかけてしまった。

 だが、その問いに応えるかのように、エミリアの手から淡い光が生まれ始める。


「確かに、彼女達のした行いは許されることではないと思います。教会のことを考えるのであれば、私が手を差し伸べない方がいいのでしょう」


 ですが、と。

 エミリアは茫然とするアルルに向かって笑みを向けた。


「この世のあまねく全ての人間を笑顔にするのが、主たる女神の教えです。ならば、御使いである私が一生の笑顔を奪う真似などできません」

「ッ!?」


 自分の命が狙われていたというのに。

 自分を殺そうとしていたはずの人間で、これからまた殺すかもしれないのに。

 それでも、みすみす一生の笑顔を奪うわけにはいかないと、手を差し伸べる。


 ―――これが聖女。


 そして、本ゲームのヒロイン。

 もしかしたら、この行いは誰かから「ふざけんな」、「ちゃんと殺せ」と、バッシングのコメントとかあるのかもしれない。

 しかし、イクスは何か胸から込み上げてくるものがあった。


(流石はヒロイン……)


 ヒロインに関心を向けていると、エミリアはふと視線をこちらに向けてきた。

 そして、少し気恥ずかしそうな笑みを浮かべて、


「そ、それに……私は守られた身です。英雄様が体を張って助けてくださったのですから、その意を汲むのは守られた身として当然なんです」

「……そっか」


 イクスは少し口元を綻ばせ、その場に胡坐をかく。

 淡い光に包まれ、徐々に傷口が塞がっていく。

 これが女神の恩恵。治癒に特化したこの世で最も穢れなき行い。

 その様子を見て「やっぱり鍛錬した時役立つわー」なんて、ようやく本調子に戻った。


 一方で―――


「な、なんで……」


 アルルは、治癒してくれているエミリアを見て「信じられない」と驚いていた。

 無理もない。殺そうとしていた敵を治しているのだから。

 しかし、エミリアは何食わぬ顔で口を開いた。


「女神の御使いとして……英雄様に守られた者として、当然のことをしているまでですよ」

「だけど!」

「しっかりと罪を償い、また女神様の陽の下に足を運んだ時……、あなたが英雄様のように誰かに手を差し伸べていただけたら、それだけで充分です」


 アルルの瞳に涙が浮かぶ。

 それは次第に堪え切れず、嗚咽に代わって。

 ただの女の子の鳴き声だけが、敷地内に響き渡った。


 ―――こうして、聖女を取り巻くイベントは無事に幕を下ろす。


 賛否両論あるかもしれないオチ。

 もしかしたら、主人公がしっかりとシナリオを進んでいったら文句など生まれなかったのかもしれない。

 しかし、たとえ文句があったとしても……ただの悪役ヒーローの顔には、笑みが浮かんでいた。











「ご主人様、ただいま戻りました……って、どうして泣き出しそうな顔をしていらっしゃるのですか?」

「ふふふ……アドレナリンが切れてなくなった腕のところが超痛いのだよふふふ」

「うぉっ!? しゅ、主人! 結構絵面が酷いぞ!? 早く治療してもらわないと……ッ!」

「やめろ! 今エミリアに声かけたら、なんか俺かっこ悪いだろう!?」

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