鬼ごっこ
流石にこんなスリリングな鬼ごっこなんてしたことはなかった。
今まで主人公達に目に物見せてやるために色々なことはしてきたが、人一人守りながらの鬼ごっこは初。
意外と厳しいものがある。
動き難いのは間違いないとして、少女を傷つけないように立ち回らないといけない。
加えて―――
「ちく、しょう……ッ!」
急ブレーキをして、ソフィーの頭を庇うようにしゃがむ。
すると、頭上から何本ものナイフが通過して虚空へと消えていった。
(人数は多いわ、どこから出てくるか分からんわ、暗いわ……っていうか、こいつら誰よ!?)
泣き言を言っている余裕はない。
いくらイクスの個人的な戦闘能力が高くとも、集団で襲われ……あまつさえ、守りながらとなるとキツいものがある。
現状、逃げるので精いっぱいといってもいいだろう。
(本当は魔法が使えればいいんだが……こんな中でバカすか魔法なんて撃てば、被害が大きい。俺のお小遣いじゃ、絶対に賄えんぞ流石にィ!?)
暗闇から這い出るように、目の前から黒装束の男が現れる。
鋭利に光るナイフ。それが視界に入った瞬間、イクスは赤い線を振るって男を発火させた。
「クソッ! 冒険者ギルドってなんでこうも遠い場所にあるかね……ッ!」
「冒険者ギルドに行くの!?」
「行くよ、そりゃ! お兄さんはそこから依頼を―――」
「だ、だめっ!」
ソフィーが服を引っ張る。
「あそこに、人いっぱいいる……」
「…………」
確かにそうだ。
冷静に考えれば、依頼がされている以上情報は出回っている。
情報がほとんど隠されているとはいえ、追っている人間がはっきりとソフィーを認知しているのであれば、出回っている依頼がソフィーを対象にしていることは容易に判断できるだろう。
ならば、待ち伏せされていてもおかしくはない。
(だったら、どこに行く!? 一旦俺の屋敷に―――)
そう考え込んでいた時だった。
「後方不注意ですよ、ご主人様」
ドサッ、と。何かが倒れる音が背後から聞こえてきた。
背後を振り返ると、そこには地面に倒れ込む男と―――一振りの剣を携えて佇む少女の姿が。
「……ご主人様のお尻を追いかけていいのは私だけです。まったく、変なファンを作らないでください」
「そういう文句は、あのキザったいイケメンに言ってくんねぇかなぁ」
「ふふっ、冗談です。ご主人様の優しさが久しぶりに見られて、メイドは少しあの男に感謝しております♪」
なんで? と首を傾げている時、屋根の上からゾロゾロと黒装束の男達が現れた。
セレシアは小さく嘆息をつくと、イクスに向かって口を開く。
「はぁ……せっかくご主人様と疑似な愛の逃避行を行えると思っていたのですが」
迎え撃つようにして、イクスへ背中を向けるセレシア。
ここは任せてくださいと、そう言っているように思えた。
「あ、あとでちゃんとご褒美をやるから!」
「でしたら、一緒にお風呂です」
「それって俺へのご褒美じゃね?」
まぁ、いいけど、と。
イクスはソフィーを抱えて次の建物の屋根へ飛び乗った。
「い、いいの!? あのお姉ちゃんが……」
「あのお姉ちゃんなら心配するな。怒ると怖くてお兄ちゃんだって逆らえないような相手だから」
それより、もだ。
このまま闇雲に逃げ続けるのは得策ではない。
いい加減に、どこか行き先を決めないと―――
「なぁ、次はどこに行けばいい!? お前だってオチのないかくれんぼなんてしてたわけじゃないだろ!?」
「大聖堂」
「は!?」
「大聖堂に、行こうとしてました! そこなら、あの人達も手が出せないと思うから……」
今いる位置から大聖堂までは少し距離があるものの、決して遠いわけではない。
冒険者ギルドよりも近く、走っていけばすぐに辿り着くだろう。
ただ、これは冒険者ギルドに迎えない理由と同じで。
相手が逃げ込みそうなところに待ち伏せをするのは、鬼さんの定石でもある———
「だよなぁ……!」
走り続けて、巨大な十字架が視界に映ったところで、またしても黒装束の男が目の前から蟻のように現れる。
「人気者すぎないか、お嬢さん!? ちょっとその人気を少し分けてほしいぐらいなんだけど!」
「い、いるの……?」
「……いや、やっぱり野郎のファンはいらん」
目的地はすぐそこ。目の前には行かせまいとする追手。
イクスの頭に「正念場」という文字が浮かび上がる。
「……お嬢さん、ちょいとボールの気分を味わってみようか」
「ふぇっ?」
何を言い出すんだろう? そう思っていると、徐に何故か自分達を覆うように土のドームが形成された。
「お、お兄ちゃん……?」
「さぁさぁ、目的地までの片道切符! この際、被害額は主人公にも負担してもらおう!」
―――ソフィーはこの時、知る由もなかった。
本来、土のドームなど使わなくてもいい。
魔力適性の高いイクスであれば、熱への耐性は高く、今回に至ってはソフィーを守るために作られた。
それ故に、外の景色が分からない。
だからこそ、知る由もない。
『な、なんだ!? 赤い巨人!?』
『クソ、ふざけんな!?』
イクスの真横に現れたのは、周囲一帯を照らすような赤黒い巨人。
黒装束の男達の肌へ、確かな熱が届く。
しかし、男達が何かをするまでの間に―――巨人は、手に持っていた大剣を振り抜いた。
それは、さながらゴルフでもするかのよう。
イクス達を包んだドームは勢いよく飛ばされ、大聖堂の天井を突き破って落下した。
「ッッッ!!!???」
わけも分からず、ただただ揺らされたソフィーは声にならない悲鳴を上げた。
衝撃が少なかったのは、イクスが庇うように抱き締めてくれていたからだろう。
ゆっくりと、視界があかるくなったような気がする。
だけど―――
「な、なぁ……お嬢さん、あとのことは頼んでいいかな?」
頭から聞こえた、イクスの声。
ソフィーはゆっくりと瞼を開けると、そこには黒装束の男———ではなく、白い甲冑を纏った騎士達が、イクス達を取り囲んで剣を向けている姿があった。
「お兄さん、弁明してくれないと豚箱行きだと思うんだ」
「あ、あのっ! そんなことさせないから! っていうか、皆剣をしまってよぉ!」
かっこよく女の子を助けた
その終わり方は、両手をあげて頬を引き攣らせているという……なんとも情けない姿であった。
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