第22話 期末試験

 波乱に満ちた一学期も終わりの時が近づいてきた。


 残す行事は期末試験だけ。


 最近、花冠学園は剣呑な雰囲気に包まれている。体育祭の時のような浮ついた雰囲気は一切ない。その原因は言わずもがな学園名物の【花制度】である。


 終業式の日に規定の花数を下回ればその時点で退学となる。

 

 それはもう情け容赦なく切り捨てられる。家柄やら立場など関係ない。問答無用で学園から放り出される。


 一学期のノルマは5本。


 ここまで、俺は4本の花を獲得している。


 中間試験でクラス順位二位となったこと、さらには学年三位になったこと、そして体育祭のペアダンスで優秀賞を獲得したことでそれぞれ1本ずつ。最初から所持している分を合わせて全部で4本だ。


 これは非常にいいペースである。


 そもそも俺は無遅刻無欠席であり、皆勤賞でも花を貰える。部活動をまじめに行っているのでこちらでも獲得となる。おかしなマネをして没収されなければ期末試験を考えなくても規定本数はクリアしている。


 噂によると皆勤賞以外にも学期を通して問題行動がなければ花を貰えるらしい。これは同じ寮の先輩から聞いた話なので信憑性は高い。


 この分なら楽勝だろう。

 

 ただ、手は抜かない。


 獲得した花は次の学期以降も引き継ぐのでここで稼いでおきたい。花集めは徐々に過酷になっていくらしい。


 子供の頃に憧れた花束の交換はロマンチックだった。


 当時の首席卒業者がバラの花束を意中の女子に渡した場面は本当に刺激的だった。恐らくは百本近くあっただろう。王子様がお姫様にプロポーズしているような光景に心が高揚したものだ。


 俺の目的は卒業するだけではない。ここで花束交換する相手を見つけなければならない。


 勝ち組になるために

 復讐のために。


 と、決意を新たにしていたら。


「ちょっといいかしら」

「暇だから問題ないぞ」


 いつの間にか兎川が目の前にいた。


 あれから兎川夏蓮は少し変わった。


 クラスメイトを拒絶している様子だったが、今では普通に対応している。あの時の兎川は父親からの命令だったり、その命令に反発したりと精神的に揺らいでいた。それが落ち着いたからだろう。


 蒼葉との関係も良好だ。


 ちょくちょく会話するようになり、蒼葉と普通に話している。元々の家柄もあってか、兎川にすり寄る女子も多い。


「それで、どうした?」

「……勉強」

「勉強?」

「教えてください。お願いします!」


 ぺこりと頭を下げた。


「西田が学年でもトップクラスなのは知ってる。あまり言いたくないけど、夏蓮は勉強が得意じゃない。というか、凄く苦手。でも、退学したくない!」


 そういえば、兎川の奴は昔から頭が良くなかったな。


 実際、中間試験の兎川は結構悲惨だった。


 今の俺は兎川に悪感情はない。ペアダンスとその練習で兎川と打ち解けたし、今は良好な関係のクラスメイトだ。


「顔を上げてくれ」

「……」


 兎川は恐る恐る顔を上げた。


 顔色が真っ青だった。本当にぎりぎりだったらしい。普段は勝気で兎川らしくなかった。


 さて、将来の会長夫人候補の好感度を稼いでおくとしよう。


「全然構わないぞ」

「ホント!?」

「昔から人に教えるのは苦手じゃないからな。それに、誰かに教えると自分の勉強にもなる。手伝おうじゃないか」

 

 学力は俺がゴミのような生活で唯一手に入れた武器でもある。


 この武器があったからこそ、負け主人公になった後で続編が始まった。この武器は今後も強く使える。


「――あのさ、私も混ざっていいかな?」


 乱入してきたのは狐坂だった。


「横からゴメンなさい。でも、私もすっごくピンチなの。一緒に勉強教えてもらっていいかな。お願いしますっ!」

 

 その顔にも悲壮感が漂っていた。全身が震えているように見えたのは恐らく錯覚ではないだろう。


 これはしょうがないだろうな。狐坂はアイドルなわけだし、勉強に力を入れられなかったのも納得だ。


 彼女の中間試験の結果も悲惨だった。


 俺は兎川を見た。


「可哀想だし、狐坂も入れていいか?」

「別に構わないわ。夏蓮も教えてもらう立場なわけだしね。ここで反発してあんたにへそ曲げられたらこっちもまずいもの」

「わかった。狐坂も一緒に教えるよ」

「ホント!? ありがと!」

 

 そういえば、兎川と狐坂の関係はどうなのだろうか。 


 今のところ接点はないが、狐坂からしたら蒼葉に近づく女は許せないだろう。とはいえ、俺に教えてもらうのでこの場でケンカなどはしないだろう。


 二人のことを気にかけていたら、別の人影が入ってきた。


「僕も混ぜてくれないかな」

「南野?」


 スッと出てきたのは蒼葉だった。


 おいおい、ここで独占欲が出たのか?


 もしかして俺がハーレムに手を出そうとするのを警戒しているとか。なるほど、それはありえるかもしれない。


「僕も勉強がそれほど得意じゃなくてね。学年でもトップクラスの西田君に教えてもらえるなら非常に助かるんだ」


 嘘吐くなよ。中間試験でもそれなりの成績だったはずだろ。


 しかし俺の立場で拒否はできない。


「……二人はどうだ?」


 一応聞くが、どちらも拒否しなかった。


「じゃあ、一緒に勉強するか」

「ありがとう。助かるよ」


 しかしこの面子は――


「伊吹も一緒にどうだ?」


 声を掛けると、伊吹は首を横に振った。


「ありがたい話だけど、僕は遠慮しておくよ。学力的には大丈夫だけど、人に教えられるかって言われたら微妙だからね。それに勉強は個人で頑張りたい派だから。昔から誰かと一緒だと話をして集中力を欠くタイプだし」


 嘘だな。


 それらしい理由を並べているが、明らかにこの面子に加わるのが嫌だと顔に書いてある。気持ちはわかる。蒼葉とか兎川みたいな目立つ奴と一緒に勉強とか集中できる気がしない。


 その点については同意だが、俺にも事情がある。


 次期会長とその夫人候補の不興を買うわけにはいかない。過去の因縁もあるが、今後に向けて好感度を稼いでおくに越したことはない。


 ただ、問題もある。兎川と狐坂のコンビを俺だけで教えられるのかは不安だ。それに加えて蒼葉もいる。


「――西田だけで教えるのは大変じゃない?」

「犬山?」


 一抹の不安を抱えていたら、犬山が声を掛けてきた。


「あたしも手伝ってあげる。戦力としては申し分ないでしょ?」


 申し分ない。


 個人的にも犬山の勉強法には興味があったりする。蒼葉とは違って是非とも参加してほしい。


「俺としては助かるけど――」


 言いながら面々の顔を見る。


 狐坂と犬山は犬猿の仲なのでどういった反応になるか不安だったが、狐坂は拒否する素振りはなかった。


「いいのか?」

「勉強会ってのを一度やってみたかったんだ。今まで勉強といえば一人で黙々とするものだったからさ。高校生になったんだし、そういうのやりたかったんだ」

「……なるほどな」


 勉強会か。そういえば俺もしたことなかったな。


「じゃあ、放課後は勉強会ってことで」


 問題のありそうな面子が集まったが、俺達は勉強会を開くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る