第13話 アイドル狐のお願い

 狐坂柚子。


 彼女は某国民的人気アイドルグループに所属しており、グループ初となる中学生アイドルである。


 超正統派美少女アイドルとしてグループ内でも高い人気を得ている。

 

 歌もダンスも上手だが、一番の評価されているのは抜群のルックスだ。セミロングの黒髪、整った顔立ちは同級生に比べると大人っぽい。立ち振る舞いも優雅で、洗練された美しさみたいなものを感じる。


 現在は花冠学園に通うため活動を休止している。休止報告を受けたファンは喜びとか悲しみとかで複雑な心境だったらしい。


 どうして芸能に詳しくない俺が知っているかって?


 無論、調べたからだ。


 伊吹から教えてもらった後、ネットの海に潜って調べてきた。過去のライブ映像とかも見たし、人気とかファン層などもよく知っている。


 何故調べたのか。その理由は単純明快である。


 ――顔が好みだから。


 ただし俺の好みじゃない。いや、めちゃくちゃ美少女なので興味はあるけどそうじゃない。狐坂の顔立ちは蒼葉の好みにドンピシャなのだ。


 元々、蒼葉は面食いだ。そして昔から芸能人が好きだった。特に小学生の頃からアイドルが好きで、俺があの地に再び戻って来た時にはアイドル大好き中学生となっていた。アイドルを語らせると止まらなかったりする。


 もしかしたら蒼葉が狙うかもしれない。そう思ってチェックしておいた。


「で、俺に話っていうのは?」

 

 現在、俺達はカフェにいる。お茶会で使ったカフェである。


 ここは学園から街の入り口近くにあるが、大通りには面していないのでそれほど目立つ場所ではない。


「その前に、改めて自己紹介しておくね。狐坂柚子です。アイドルをしています」

「あっ、これはどうも。一般人の西田冬茉です」


 丁寧に自己紹介を返す。


 実際、クラスメイトではあるが俺達の間に会話はない。


 アイドルである狐坂の知名度と人気は高く、クラス内でもカースト上位のグループに所属している。話す機会などあるはずがない。


「話っていうか、西田君にお願いがあるの」

「お願い?」

「蒼葉のこと」


 えっ?

 蒼葉?


 驚いたのは蒼葉の話というよりも、その言い方だ。下の名前を呼び捨てというのは親しい間柄でしかありえない。


 芸能人だから距離感がバグってるとか?


 違う気がする。少なくとも俺に対しては苗字に君が付いているし。


「あっ、蒼葉っていうのは南野のことね」

「……名前で呼ぶ人がいないから驚いたよ」

「言ってなかったけど、実は蒼葉とは知り合いなの。花冠学園に入学する前から」


 あいつと知り合い?


「蒼葉とは小中学校で一緒だったんだ。一応は幼なじみになるのかな」


 この発言に俺は目を瞬いた。


 蒼葉の通っていた小学校は俺もよく知っている。何故なら俺もそこに通っていたから。

 

 だが、狐坂のことは知らない。アイドルになるような美少女が同じ学校に通っていたら覚えているはずだ。それに、中学三年生になって戻って来た時にも狐坂はいなかった。


 衝撃を受けていると、狐坂は特大の爆弾を投下した。


「実は私、蒼葉のことが好きで……昔、一度フラれてるの」


 ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 

 現役のアイドルに告られるとか羨ましすぎるだろ。あいつは前世で世界でも救ったのか?


「昔の話だけど、聞いてくれる?」

「あ、ああ、聞かせてくれるなら是非!」


 食い気味に答えると、くすりと笑って狐坂が口を開いた。

 

「私ね、親の都合で転校ばっかりしてたの」


 俺と同じだな。


「小学六年生の春頃だったかな。蒼葉と同じ小学校に転校してきたの。最初は全然クラスに馴染めなかった。昔は口下手だったんだ。その時、助けてくれたのが蒼葉だった。私の手を引っ張って、皆の輪の中に入れてくれたの」


 あいつはそういうところがある。


 転校時期を言ってくれたおかげで疑問が解決した。


 俺が蒼葉の前から消えたのは小学五年生の夏だった。なるほど狐坂はその後で転校してきたのか。記憶にないはずだ。


「当時の私は太ってて、自分でも笑っちゃうくらいブスだったんだ」

「……想像できないな」

「これでも努力したんだよ。蒼葉に好きになってほしくてダイエットして、可愛くなるために雑誌に書いてあったいろいろなこと試したの」


 発言を聞きながら疑問に思う。


 太ってた?

 ブス?


 いくら何でも無理だろ。仮に少し太ってたり、多少垢抜けていないとはいえこれだけの可愛さを封印できるとは思えないぞ。


「中学二年の時、別の学校に転校することが決まったの。最後に自分の気持ちを伝えようと思った。でも、ダメだった」


 それで俺と一切接点がないわけだ。納得したよ。


 ……転校前に告白ね。


 心情的にはわかるが、遠距離恋愛とか辛そうだな。まあ、俺には恋愛云々はわからないけどさ。


「転校した私は、それでも蒼葉を諦められなくてアイドルを目指したの」

「どうしてアイドルを?」

「蒼葉がアイドル好きって知ってたから」

「……それで、アイドルになったのか」


 狐坂は頷くが、俺はまたも衝撃で引っくり返りそうになった。


 努力でそれができるなら大したものだ。


「全然自信はなかったんだけど、オーディションを受けてみたら合格できたんだ。運が良かったよ」


 この容姿なら受かっても全然不思議じゃないけどな。


 話を聞いて色々と理解した。


 蒼葉にフラれたけど、諦めきれずにあいつの好きなアイドルになった。それで花冠学園に入学して、今度こそ付き合おうというわけだ。


 でも――


「よく南野が花冠学園に通うってわかったな」

「えっ」


 獅子王会長からの情報では、蒼葉は会長に発見されるまであそこで普通に暮らしていた。両親は会社を経営していたけど、小さかったはずだ。とても花冠学園に入学できるようなレベルではなかった。

 

「……」


 狐坂は黙った。顔には焦りの色が見えた。


 どうした?


「えっと……し、調べたからだよ!」


 今の間は何だよ。


「ずっ、ずっと気になってたからねっ。友達から教えてもらったの。そしたら獅子王グループの話とか出てきて、ここに来れば会えるかなって」


 妙に焦っている感じが気になったけど。


「……なるほど。確かにそうだな」


 獅子王の関係者かもしれないという噂は多くの生徒が知っている。調べたなら入学前に知っていても不思議はないか。


「それで、狐坂は蒼葉を追いかけるように花冠学園にやってきたと」

「うん、そうだよ」


 美しい純愛じゃないか。


「じゃあ、狐坂のお願いっていうのは――」

「蒼葉と仲良くなりたいの。協力してくれないかな」

「ちょっと待った。転校前は仲良かったんじゃないのか?」


 先ほどの話から察するにそうなるはずだ。


「私はそう思ってたんだけど、向こうからしたらそうでもなかったみたい。私のこと全然覚えてなかったし」


 マジかよ。


 あいつ最低だな。相手がアイドルじゃなくても普通は忘れないだろ。自分に告白した相手とか俺だったら生涯忘れない自信があるぞ。


「けど、どうして俺なんだ?」

「犬山さんと蒼葉を近づけた実績があるから」

「っ」


 どうしてそれを知っている。


「ちょっと前にこのカフェでお茶してたよね。あの日、たまたま姿を見かけたの。犬山さんと蒼葉には接点なさそうだったけど、西田君は蒼葉と仲良しだからね。これは西田君の仕業だなって」

「仲良しではないけどな!」


 その一点だけはきっちり否定する。


 ただ、これで謎が解けた。カフェでお茶をしている時に感じた視線は狐坂だったのか。


 あの時の悪意みたいな視線は恋する蒼葉に近づく犬山に向けた殺気だったのか。それなら納得だ。


「友達じゃないの?」

「別に悪くはないが、特別仲良しってわけではないと思うぞ」


 ここで感情的に嫌いみたいに言うのはダメだ。俺はあくまでも蒼葉と高校で初めて出会ったという設定だからな。そこまで嫌っていたら不自然だ。


「それに、仲良くなりたいって言われても俺じゃ力になれるか不安だ。というか、狐坂なら普通に接しても大丈夫だと思うけど」

「どうしてもすぐに仲良くなりたいの!」

「理由は?」

「それは……犬山さんに盗られちゃうかもしれないから」


 恋敵の存在か。これも筋は通っている。


 協力は構わない。


 犬山の時と同じで恋のキューピッドになれる可能性があるし、目の前にいるアイドル様を蒼葉は気に入るはずだ。


「協力はするけど、すぐには無理だ」

「どうして?」

「単純に忙しいんだよ。明日から本格的に部活動が始まるだろ。それに、中間試験もある。余計なことに神経を使いたくない。今日も帰ったら勉強するし」


 ゴールデンウィークが明けたら仮入部だった部活動が本格始動し、その直後に中間試験が始まる。


 時間に余裕がない。


「部活……そっか、その手があったか」

「狐坂?」

「ううん、何でもない。無理言ってゴメンね。協力してくれるって言ってくれて嬉しい。これからも頼らせてもらうね」

「俺に出来る範囲でなら」

「ありがと。じゃあ、よろしくね」


 笑みを浮かべた狐坂と握手をする。

 

 その時、俺は違和感を覚えた。


 現役のアイドルであり、恐ろしく整った顔立ちをしている。なのに、あまり笑顔が魅力的に感じなかった。

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