第9話 初接触
犬山と話し合いをした翌日の放課後。
覚悟を決めた俺はターゲットに近づいた。あの野郎は自分の席で女子と喋っていた。相変わらずイラっとさせてくれる。
「西田君!」
接近すると、蒼葉が笑顔で声を掛けてきた。
……どうして俺だけに愛想が良いのか。
理由は不明だ。わからないことを考えても仕方ない。
以前の俺なら「おっす、蒼葉」と気安く声を掛けていたが、この状況でそれをするわけにはいけない。
接触はするが、まだ正体を明かすわけではない。まだまだ謎な部分も多いし、ここは単なるクラスメイトとして接する。
「南野、ちょっと話があるんだ。時間あるかな?」
「っ、もちろん!」
蒼葉は嬉しそうに頷いた。
「西田君のためならいくらでも時間を取るよ!」
気持ち悪い反応しやがって。
長い付き合いになるが、初めて見る表情だった。ぎこちないその笑顔は俺が後継者に取り入ろうと浮かべていた媚びた笑顔そっくりだった。
蒼葉が応じた瞬間、女子連中は空気を読んでどこかに消えた。顔は不満そうだったが、さすがに会話に割り込むような無粋な連中はいないらしい。
さて、どこから話そうか。
あの時はよくも裏切ってくれたな、と言いながら掴みかかりたいところだが生憎とそれはできない。
「用事って何かな?」
「聞きたいことがあるんだ」
「何でも聞いてよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。南野って彼女とかいるのか?」
世間話とかして変なボロが出ても困るので、直球で質問をぶつけた。
俺の質問に蒼葉は驚いている様子だったが、ゆっくり首を振った。
「ううん、いないよ」
「……」
現在は彼女がいないらしい。あいつとは別れたってわけだ。
ただ、この発言を鵜呑みにするのは危険だ。裏でこっそりと交際を続けているかもしれない。西田冬茉とは初対面なわけだし、素直にすべてを話すとは限らない。
とはいえ、それを疑うと会話にならない。ここは蒼葉の言葉を真実と仮定して進めるとしよう。
「へえ、意外だな」
「意外って?」
「南野ってモテるから彼女いると思った」
「そんなことないよ」
あるだろ、普通に。
俺がジト目になっていると、蒼葉は辺りを見回してソワソワし始めた。そして、意を決したような表情で口を開く。
「あの、僕からも質問していいかな」
「構わないぞ」
「西田君のほうこそ彼女はいないの?」
……はぁ?
逆質問は構わないが、内容がありえない。教室での立ち位置を見ればわかるだろ。俺が女子と会話してる場面とか見てねえだろ。
煽りか?
新手の煽りなのか?
「急にどうしたんだよ」
「お、同じ質問されたから」
「なるほど」
「気に障ったなら謝るよ。ゴメンなさい」
「いや、別に謝る必要はないぞ。彼女は普通にいない」
俺の答えを聞いた蒼葉はホッとした様子だった。
その安堵は謝る必要がないという言葉に対してなのか、彼女がいないという点についてなのかわからない。
というか、こいつ妙に低姿勢じゃないか?
これも会長式の教育なのだろうか。獅子王の後継者ならもう少し堂々としていてほしいのだが。
「あの、西田君。もし良ければ他にも質問していいかな?」
「別にいいけど」
「西田君の好みを教えて欲しいんだ」
「えっ?」
おかしな質問をしてきやがった。
「何故だ?」
「興味があるからだよ!」
気持ち悪い笑みを浮かべやがって。
あの女と破局して変な方向に目覚めちまったとかないよな?
生憎と俺にはそっちの趣味はない。いくら今まで女関連で良い思い出がなくても、そっちのほうに行くことは今後もないだろう。
元親友の変貌っぷりに驚いたが、今はどうでもいい。この質問は逆にチャンスだな。上手く誘導するとしよう。
「好みと問われたら微妙だが、目立つ子には自然と注目しちゃうかな」
「っ」
何故か蒼葉の奴は視線を鋭くさせた。
「そこのところ、詳しく教えて!」
「お、おう」
「目立つ子って言ったけど、具体的には?」
「そりゃまあ、色々あるだろ」
「例えばだけど、このクラスに注目している女子とかいるの?」
狙い通りの質問がきた。
「注目っていうと変だけど、犬山彩葉は目立つよな」
あえて名前を出す。
実際、金髪である彼女はこのクラスでも目立つ存在だ。また、一般入試組というのも目立つ要因だ。
俺がそう言うと、蒼葉は犬山の席に視線を向ける。
「このクラスで唯一のギャルだ。スタイルもいいし、顔立ちだって悪くない」
「……ふむふむ」
「同じ寮だからちょっと話してみたけど、感じのいい子だったぞ。気さくっていうか、雰囲気も悪くないし」
好感度アップを図るためにあえて褒めちぎる。
想像していたよりも蒼葉の感触が良かった。俺の言葉を噛みしめるようにしている。これは作戦が功を奏したかもしれない。
ここで追撃する。
「しかもあいつ、入試で成績トップらしい」
「えっ――」
この情報にはさすがの蒼葉も驚いたようだ。
「凄いよな。ギャルなのに頭いいとか。ギャップ萌えっていうか、何か胸にグッと来るよ。個人的に頭が良いってのは素敵だなって」
最大のアピールポイントは学力だ。蒼葉がギャップ萌えを感じるのかは知らないが、金髪ギャルが超名門校の入試首席というのはインパクトが大きいはずだ。
それにだ。
好み云々とか関係なく、次期獅子王会長としては優秀な人材に興味を示さないはずないだろう。学年首席となれば確保したいのはグループトップとして当たり前だ。
「……なるほ……冬……様はああいう感じの子がタイプ……か」
ぶつぶつと蒼葉がつぶやく。
「何か言ったか?」
「いや、何でもないよ!」
気になったが、今はいいだろう。犬山に興味があるっぽい。それが大事だ。
「実は今度、その首席様に色々と勉強の話を聞こうと思ってるんだ。けど、男女が二人きりだと変な噂になりそうだろ。そういうわけで、南野もどうかなって」
「僕も?」
「伊吹――北沢のことな。あいつにも声掛けたんだけど、興味なさそうでさ。他に俺が話せる相手って南野くらいしかいないから」
それっぽい理由で誘ってみた。
推薦入試組はどうしても学力に不安がある。そこを上手く突いた作戦というわけだ。個人的にも蒼葉の学力は把握しているつもりだ。
我ながら強引すぎるな。これはさすがに断られるだろ――
「是非!」
予想外の食いつきだった。
「いいのか?」
「うん。楽しみだよ」
「え、えっと――」
「僕はいつでも都合いいよ。何なら今からでも大丈夫だからね」
犬山の容姿に食いついたのか、それとも成績のほうが気になったのかは謎だ。だが、これは好都合だ。
元親友との初接触は思いのほか上手くいった。
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