第2話
「先生も、見えるんですか?」
今まで見える人はいなかった。光の時だって僕は何も見えなかったし。
「やっぱりな。そいつは悪魔か、それとも天使か?」
先生は胸ポケットから手帳を取り出しながら聞く。
「え、あ、わかりません、すみません……」
『我は神だぞ!』
隣でそう言ううんこは無視だ。
「まあ、角生えてるし、多分悪魔だろ」
「本人は神と言ってますね……」
「神なわけないだろ。悪魔だ、悪魔。お前はその悪魔に取り憑かれてるんだ。そういう奴のことを、俺らは角のある悪魔に取り憑かれている『
「じゃあ、もしかして、さっきのドーナツとかカブトムシってのは……?」
「輪っか、つまりドーナツが憑いてるか、角、つまりカブトムシが憑いてるかってことだ。人目の多い場所ではこっちが使われることが多いな。
それはそうとて、いつから見える?」
光が死んだ次の日から……つまり、
「……一昨年の10月5日からですね」
先生はメモを取りながら僕にひたすら質問する。まるで取り調べ調査を受けているようだ。
「見えるようになったきっかけは?」
「それは、その……元々、こいつが見えてたのは……その、僕の友達なんです」
「そいつはいつからこの悪魔が見えてたんだ?」
「えっと、それは……その」
僕と出会ってから1週間後くらい、で、出会った時期は春の、始業式頃で、だから、えっと
「……そうか、じゃあ質問を変えよう。お前はその悪魔が見えるようになった時、どんな儀式を行ったか覚えてるか?」
「……ギシキ?え?儀式ですか?」
「そうだ。悪魔召喚の儀式。よく分からない神社に連れていかれたとか、黒ヤギの眼球をすり潰したやつを飲んだとかしてないか?」
「……してないですね……いきなり見えるようになったもので……」
「そうか、少し待ってろ」
そう言うと、先生はスマホを持って部屋の外に出た。
黒ヤギの眼球をすり潰したやつ……。うわ、想像しなきゃ良かった。
先生がいなくなったことにより、2人だけの空間になった。初対面だし、よく分からない状況のおかげで非常に気まずい。
「あんた、名前なんて言うの?」
そうか、まだ名前をお互い聞いていない。
「天瀬輝斗だ」
「そう、わたしは
よろしく?どうせ今回限りの関係だろ。あ、クラスメイトとしてってことか。
……気まずい。
非常に気まずいぞ。沈黙……。ここ何も無いし。資料ばっか。
「2人とも、またせたな」
先生が帰ってきて、沈黙が終わった。まじで救世主。ありがとう先生。
「お前、その悪魔と替われるか?色々と聞きたいことがあるんだ」
そんな電話じゃないんだから。替わるなんて出来るわけないだろ。
「あ、そうか、それも分からないのか。すまん、すまん。
俺らは悪魔に取り憑かれてる身。悪魔と色々共有できるんだ」
「……もしかして、先生も『角憑き』なんですか?」
「あぁ、そうだ。言い忘れてたな。例えとして目を挙げてみようか。俺らは自分に取り憑いてる悪魔しか見えないが、悪魔同士はお互いを見ることができる。そこで、悪魔らの視覚を借りるんだ。貸せと言って貸してくれる悪魔もいれば、貸してくれない悪魔もいる。まぁ、力の違いってことだけどな」
「じゃあ、僕も貸せと言えばできるってことですか?」
「いや、まだお前は言うな。絶対にだ。そして話はまだ終わってない。悪魔側も俺らの身を借りることができるんだ。実践してやろう。おいバラキエル、10秒、俺の身体を貸してやる」
先生は何もいない横に向かって言った。
先生は目をつぶった。寝たようにも見えた。
そしてゆっくり目を開けてこちらを向いて言った。
「お久しぶりです、ル……」
『バラキエル、安易に我の名前を口にしないで。我はここではうんこと名乗ってるんだ。だからうんこって呼んで欲しいな』
声は先生そのもの。だが、先生じゃない。もっと違う何かを感じた。
そして、また、人格が入れ替わるかのように目をつぶった。
そして勢いよく目を開けて、時計を見る。
「ピッタリ10秒だな。よっぽど10秒で変なことは言ってないと思うが……まあ、ともかく、これが替わるってやつだ。わかったか?」
「まあ、なんとなくは……」
要するに、主導権をうんこに握られるってことだろ。そして、替わっている間の記憶はない。と、思う。わからん。僕は少なくともそう見えた。
先生は深呼吸をして言った。
「じゃあ、輝斗やってみろ。多分できるが……まぁ、がんばれ」
先生、緊張してる?
『輝斗はいいの?』
「よっぽど変なことしなければな」
『わかった。変なことしない。約束する』
「言えばいいんですよね」
なんだっけ「僕の身体を貸してやる」だっけ?
「まぁ、なんでもいいが、お互いがお互いその気になれば言わなくてもできるぞ」
なるほど。
「じゃあ、やってみ……」
いい切る前に僕の記憶は途絶えた。
多分うんこと替わったんだろ。寝てるような感覚に近い。
暫くして僕は目を開けた。一瞬のようで一瞬じゃなかった気がする。
痛い。痛い痛い痛い、いたい。
頭が痛い、体が重い。重力、100倍になったんじゃないのか。
そう思いながら、重い頭を無理やり上げる。
……は?
顔を上げてみるとさっきまでの景色はそこにはなかった。
魔法陣のあった机はバラバラに壊れ、棚は倒れ、資料は落ち、ボロボロだった。
「せん、せい?」
先生は僕の前で倒れていた。血を垂れ流しながら。え、先生の右腕、どっちに曲がって……ひじどころじゃない。特に右腕はありとあらゆる方向に折れ曲がっていた。
そして、
「日本刀……?」
先生の近くには刀が転がっていた。
うんこあいつ、何して……
いつの間にか立っていた僕はそこまでしか立っていられなかった。
そこからの記憶は曖昧で、ぶっ倒れてから意識が飛ぶまでの間、うんこに呼ばれていた気がした。
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