常夜鈴は見えている
青色
常夜と幽霊少女
第1話
事故物件、僕の目の前にあるこの部屋はどうやらそうらしい。
マンションの四階、部屋番号は四〇四号室。
如何にも、事故物件になりそうな、不吉な数字のそこが件の部屋だった。
今年、僕は親元を離れて、一人暮らしをすることとなり、このマンションで暮らすことになった。
なんでわざわざ事故物件を選んだのかって?
理由は単純、安かったからだ。
どうやら、この部屋はなかなか買い手が見つからず、マンションの管理人さんも困り果てていたらしい。
いや、正確には、見つからないというよりも、入居した人物がすぐに出て行ってしまうというのが正しいらしいけれど。
とにかくそんな感じ。
事前に、説明があったことだけれど、ここがそういった曰くつき物件となったのは子供が一人で亡くなっていたかららしい。
死因は餓死。
両親と思われる人物は部屋にはおらず、マンションの一室に一人きり。
孤独死、していた。
じゃあ、その両親はどこにいったのか。
普通なら、そんなの逮捕されて当然のことだと思うが、どうやら、両親は事故ですでに死んでいたそうだった。
子供を置いて、事故死。
ガードレールを突っ切って、崖下に真っ逆さまだったようだ。
それが事故だったのかどうなのかわからない。
まあ、どちらにしても勝手なものだと思う。
子供の気持ちをまるで考えていない。
僕が、そんなこと考える意味もないのだけれど。
それに、既に死んだ人間を悪く言うのも違う気がする。
なにはともあれ、僕はそんな部屋に今年から住むことになったわけだ。
荷物は今は持ってきていない。
ひとまず様子見、視察だ。勿論、この後荷物はすぐに運び込むけれど、確認ということで。
この部屋には大きな家具、家電は備え付けがある。だから、荷物は全て自分で持ってくることにした。
引っ越し業者に頼んでもよかったのだけれど、引っ越し代、もったいないし。
僕は、その部屋の扉を開いた。
事故物件と言うから、少しくらい汚れているものだと思ったけれど、そんなことはなかった。
まあ、汚いわけないか。
仮にも、売りに出している部屋なわけだし。
僕は、そのまま一歩玄関に足を踏み入れる。
踏み入れた瞬間、それは突然聞こえた。
「出ていけ……」
低い声だ。男か女かわからない。音と言ってもいい。
「出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ」
でも、それには確かに意志が乗っているから、声なんだろう。
その声は同じ言葉を繰り返し言っていた。
壊れたラジオみたい、というのかな。
ラジオなんて聞いたことがないから想像だけど壊れたらこんな感じなんじゃないか。
とにかく、それは機械的な音に感じた。
「早く、出ていけ」
その声は徐々に語気を強めていく。
僕は、特に気にせず先に進む。
「なっ!? 出ていけ!」
声の主は驚く。声が高くなったように思う。女の子の声?
その声の方向は、リビングから。
「な、なんでくるの! 出てってよ!」
もう、完全に子供の声だった。可愛らしい少女の声。
その人物の姿が僕には見える。
その子は、拡声器のような形をしたボイスチェンジャーを片手に持ってこちらを睨んでいた。
そんなこんなで。
リビングでひとまず休憩。
というか、挨拶。
「やあ、初めまして。隅の方にいないでこっちくれば?」
僕は、その少女に向かって言う。
少女は、部屋の隅でこちらの様子を伺っていた。
「なんで……」
「ん?」
「なんであなたは、私が見えるのよ!」
「なんでって、そういう体質だからとしか言いようがないな」
「体質って何よ」
「何って、難しいな。僕は、物心つくまえから、この世ならざるものが見えるんだよ。きみみたいなね」
「……じゃあ、なおさら出ていきなさいよ」
「なんで?」
「なんでって、私が見えていたら邪魔でしょ? 私はここから出ていけないし、出ていく気も無いわ」
「細かいことは気にしないで、一緒に暮らせばよくない?」
「よくない!」
「えー」
「えー、じゃない!」
「ま、住むから」
「……絶対にあなたを追い出して見せるわ」
「僕を追い出せたら大したものだけれどね」
僕は、怪異には慣れている。
今まで、どれだけ怪異に巻き込まれてきたことか……。
考えるのも嫌だ。
「というか、いつまでもきみっていうのも嫌だな。僕は基本名前呼びなんだ。きみの名前は?」
「自分から名乗るのが礼儀なんじゃないの」
「ああ、そうかそう言えば言っていなかった。僕の名前は
「あっそ」
「ほら、きみの番だ」
「……よ」
「小夜よ!」
「へえ、いい名前だね。意味は夜かな。『小』という字を入れることで『さよ』というとても綺麗な響きの名前になる」
「あっそ。私はこの名前嫌いよ」
「そうなんだ、まあ、僕が好きなだけで誰しもが好きであるべき、なんてことは僕は言っていないからね」
「……面倒な喋り方はしないでもらっていいかしら」
「この喋り方かい? これは癖なんだよ。知識のせいっていうか」
主に怪異の知識のせい。
僕は悪くない。
「頭がいいならもっとわかりやすく喋ってくれないかしら」
「別に、頭がいいなんて一言も言っていないだろう? 怪異の知識限定。勉強はむしろ嫌いだね」
「お化けの知識があるとそんな喋り方になるのね。最悪だわ」
「頭の中の整理にはこれが一番いいんだよ。怪異を見てしまうっていうことは、怪異に見られるってことだから、僕は怪異の影響を受けやすい。そういったとき口に出して状況整理をするんだ」
「その喋り方にも理由があるのね」
「そう何事にも、理由がある。小夜がこの家に憑いているように」
「………………」
小夜は黙り込む。
「まあ、それは、僕には関係ないことだ。小夜を払う気もない」
「それはどうして」
「理由がない、あと、僕は払わない」
「理由ならあるわ」
小夜は言う。
「あなたは聞いているはずよ。私はここに来る人を皆追い出しているわ」
「それが、払う理由になると?」
「人にとって不利益でしょ」
「払って欲しいの?」
「……別に」
小夜は目を逸らす。
「でも、理由にはなるでしょ」
「ならないね」
「なんで」
「それは、勝手に出て行っただけだろ?」
「私がそう仕向けたわ」
「仕向けたねえ。見えない人からしたら、怪異は現象なんだから。出ていきたいと思ったら、出て行けばいいし、出て行きたくないなら、出て行かないそれでよくないかい?」
「その理論だと、あなたが出て行きたいと思えばあなたは出て行くのね」
「まあ、そうだね」
「ふふん、見てなさい! 絶対にあなたを追い出してやるんだから!」
「ああ、まあ、頑張りな」
「むかつくわね……」
それから、僕は家から、車で一通りの荷物を持ってきた。小夜には部屋を出るときに二度と帰ってくるなと言われた。意地でも帰ってくることに決めた。
あとついでにスーパーで食材の調達をした。
僕は、基本自炊をすることにしている。実家でも、僕が作ることが多かった。というか、ほぼ僕の仕事だった。両親は働いているし、僕がやった方が都合が良かったからだ。
その分、苦労を掛けたからと、大学の学費や、この家の家賃は払ってくれている。
別に気にしなくても良かったのだけれど。
むしろ、両親が心配だった。仕事の後、誰が料理を作るのだろう。
……毎日ジャンクフードとかやめてくれよ。
なるべく長生きしてほしいし。
車から荷物を下ろして、マンションの階段をのぼる。四階って意外と大変だな。荷物少なくて助かった。僕に収集癖がなくて良かったなと本気で思う。
部屋の目の前で一度荷物を下ろして、扉を開ける。
荷物を運び入れるため目一杯に開いた。
……嫌な気配がしたため一応構えておく。
「くらいなさいっ!」
飛んできたのは小さな足。
それが、綺麗にそろえられて真っ直ぐ僕の方にミサイルのように突っ込んでくる。
ドロップキックだ。
「おっと危ない」
僕はそれを横に避けた。
怪異の悪意には敏感なのだ。これも、生きていく中で身に着けた能力。
小夜はそのまま開いた扉の先。
マンションの四階から柵を超えて、地面に真っ逆さま。
なんてことにはならず。
というより、玄関から先へ行くこともなく。
透明な壁に阻まれるように、なにかに激突して、地面にずるずると落ちていった。
「いたた……なんで避けるのよ」
「避けるでしょ。突然のドロップキック。避けない方がおかしい」
あのボイスチェンジャーでの脅かしみたいな方法はどこに行ったのだろうか。かなり、武闘派な幽霊だった。
これは、僕が見えているからなのか。それとも、元々、こんな感じなのかはわからない。
でも、見えてないとそれは意味ないからな。
「全く、後で遊んであげるからどいてくれ」
「子供扱いしないで頂戴! それにここは私の部屋だから、荷物は運ばせないわよ」
「でも、今は僕の部屋だ。家賃も払っている」
家賃を払っているのは親だから、僕の部屋かと言えばそうではないのかもしれないけれど、それは置いておいて。
「ぜ、絶対にどかない!」
小夜は腕を一杯に開いて、僕の行く手を塞ぐ。
通せんぼだ。
こう見ると可愛いよね。まあ、僕は見ないんだけど。
僕は小夜を無視して荷物を運んでいく。
目をつぶって、認識をしないようにする。
「え? な、なんで」
「霊体は見えなければそこにいないのと同じだからね。すり抜けられる」
「ずるいわよ!」
「ずるくないよ。僕は他の人と違って見えてるんだから。見えた上で対処をしている。ほら、ずるくない」
「うるさい! あなたのその説明なんて聞きたくないわ」
「じゃあ、聞かなくてもいいよ。簡単だ耳を塞ぐんだ。僕が目を塞いだように、見たくないものは見なくていいし、聞きたくないことは聞かなくてもいい」
「あっそ!」
「まあ、僕は運んでいくからね」
そのまま、荷物をリビングの方へ運んでいく。
まあ、とりあえずここに置いておけば困らないだろう。
僕が目を開けると、小夜はしっかり両手で耳を塞いでいた。
聞きたくもない説明をしっかり聞いていたらしい。
素直じゃない癖に、素直だった。
「僕は、この後なにか作るけれど、小夜も食べる?」
僕はそれに構わず言う。
「…………?」
小夜はその間抜けな格好のまま首を傾げていた。
僕は思い切りその両手を掴み、引き剥がした。
その手はそのまま真上に持っていく。
「ちょっと! あなたが聞きたくないことは聞かなくていいって言ったんじゃない!」
「人の話は聞くべきだよ」
「さっきと言っていることが違うわ」
「誰が、なにを言ったんだ」
「あなたが耳を塞げって言ったのよ」
「僕はそんなことを言ったのか、身に覚えがないな。怪異の仕業なんじゃない?」
「お化けよりもあなたの方がよっぽどタチが悪いわ」
「そんなことはどうでもいいんだ。お腹空かない?」
「別に、空かないし」
お腹がなった。
音の出所は目の前から、両手を上で拘束されている少女から聞こえた。
「空いてないし!」
小夜は頬を赤くしていた。手を拘束されたまま。
男子大学生が、頬を赤らめる女子小学生の手を拘束していた。
絵面がまずいことになっていたため、僕は一度その手を離した。
小夜はすぐに、鳴っているお腹を押さえるようにした。
「じゃあ、勝手に作るから、食べたくなったら食べな」
「あっそ」
僕は、そのまま台所へと向かった。
癖になりそうな背徳感だった。
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