第30話 燃やされた絆

 場所を変え冒険者ギルド内の応接間へと通された僕らは、出されたお茶と茶菓子を体にじ~んと染み渡らせていた。なんせ今日初めて口にする食べ物。そりゃ身にもしみるってもんよ。


「……! 美味いにょ! おばちゃん、なかなかやるにょ!」


 舌鼓と喧嘩を同時にうったラクに向けてメラさんがスリッパをサッと構えると、ラクも透明インビジブルの魔法を高速詠唱してスッと消える。


「ほう、これが透明インビジブル


 珍しいものを見たとばかりにロンが呟く。


「すごいんですか? その透明になるやつ」


「すごいなんてもんじゃないわよ! 透明インビジブルよ! 透明インビジブル! あぁ、一体世界に何人この魔法を使える魔術師がいることか……!」


 スキルマニアのメラさんが恍惚顔でまくしたてるも、右手に持ったスリッパはしっかりとラクを捉えようと無作為に空を舞ってる。


 すぱんっ!


 ヒット。


「いでっ!」


 ラクの赤髪のくせっ毛ショートがふわっと揺れる。

 んで、ラクの可愛らしい顔もたぬきにぼわん。

 話を聞くところによると、どうやら魔力の高い獣人は完全に人間の姿へと変化出来るんだって。

 で、どうやらラクもそういった類の希少な獣人らしい。


「しかし三年も地下迷宮で迷子になってたってなぁ。にわかには信じられんが」


 ロンがご自慢の白ひげをさわさわ。


「ほんとにょ。だって鼻も効くし、透明にもなれるし、死んでる魔物を火魔法で調理もできるにょ。そんな感じでなんだかんだ楽しくやってたにょ。ただ……地図だけがちょっと苦手だったにょ……」


「ちょっとってレベルじゃねぇだろ。三年だろ? その間ずっと迷宮にいたって? よく生きてられたな」


「簡単じゃなかったにょ。何日か前だって、ミノタウロスの食べてたエサを盗んだら追ってこられて死ぬかと思ったにょ」


「……ミノタウロス? それっていつ頃の話だ?」


「え~~~と、三日前くらいにょ?」


「お……」


「お?」


「お・前・か・ぁ~!」


「にゃに!? なにも悪いことしてないにょ!? ただ必死に逃げて、たまたま上に行く階段を連続で見つけて何十階か上がってきただけにょ!?」


「やっぱお前じゃねぇか! おい、メラ! 送ってた調査隊撤収させろ! 判明! こいつのせいだわ!」


「はぁ~い」


 するすると流れるような動作でメラさんが応接間から出ていくと、ロンがギンッ! とした目をラクに向ける。


「で、何階まで行った?」


「にょ? 何階って?」


「階層だよ。地下迷宮。お前は透明になり、獣人の嗅覚や身のこなしを持って三年間暮らしてたんだ。ずっと浅い階層で迷子になってたってわけでもあるめぇ」


「にょ……まぁ色々行ったにょけど……」


「で!(ズイッ!)」


「にょ!? こわいにょ!(ズサリっ)」


「何階! まで! 行った! んだ!?」


「にょ~? わかんないけど、一番奥はでっかい扉が閉まってて入れなかったにょ」


「ん? お前、今なんて言った?」


「一番奥はでっかい扉が……」


「一番奥? 一番奥って言ったのか?」


「にょ。あのミノタウロスをまいた階層より、たしか三十七階くらい下にょ」


「ミノタウロスが出たのが十二階層。それより三十七階も下ってことは……」



『四十九階!!!?』



「にょ~、なにみんなでデカい声出して……」


「出すさ! だって地下迷宮の最深攻略記録は四十三階層なんだぞ。しかも、それは俺の出した記録だ。つまりお前は……」


 信じられん、といった顔で言葉を飲むロン。

 その言葉の後を僕が引き継ぐ。


「エンドレスの新しい史上最強──?」


 エンドレス史上最強の冒険者。

 それはこれまでずっと四十三階層から生きて帰ってきたロン・ガンダーランドを指す言葉だった。


 (それが……このラクに取って代わるってこと?)


 ロンの複雑な顔。

 冒険者になったばかりのハルとアオちゃんはピンときてないみたい。


「にょ? でも下の方も人のいたあととかあったにょ?」


「宿営の跡ってことか?」


「そうにょ」


「え……ってことはロンやラクの他にも四十三階層以降に潜ってる人がいた……?」


「まぁあくまで行って者の中では俺が最深だったって話だな。もしかしたら戻ってきてはいないだけで、もっと深く潜ってるものがいるのではと思ってはいたが……」


「いたみたい、ですね」


「ねぇ、カイト……それって……」


 おずおずと尋ねてくるハルに力強く答える。


「ハルのお父さんとお母さんが残したものかもしれない」


「うん……可能性だけでも……嬉しい……やっと……」


「ゆ~? おか~しゃま泣いて悲しいゆ? 具合悪いゆ?」


「おか~しゃまはね、嬉しくて泣いてるんだよ」


「ゆ? 嬉しくて泣くゆ?」


「うん、アオちゃんもいつかわかる日が来るよ」


「ゆ~?」


 首を傾げながらハルの背中をさすってるアオちゃんの頭を優しく撫でた時。


 バァン──!


 扉が乱暴に開かれた。

 入ってきたのは二人の男女。


「くっせぇくっせぇぇぇぇぇぇ! あ~、くっせぇ~獣人のニオイがぷんぷんしやがるぜ! なんでこんなところにこんな薄汚ねぇ獣人がいんだ!? あ!?」


 獣人?

 ラクのことを言ってるのか?


「なんだ? ずいぶんと威勢がいいじゃねぇか『皮剥ぎゴーディー』よ」


 皮剥ぎ?


 そう思った刹那。

 男はつむじ風でも舞うかのような動きで一瞬の間にラクの背後に回っていた。


(速い……!)


 嫌な予感。

 制止しろ、僕。


「離れ……!」


 ザンッ──!


 目にも止まらぬ一閃。

 男の両手に持った双剣の残像。


「ラクっ!」


「……にょ」


 ぺたんと地面に腰を落とすラク。

 ショックで獣化している。


「ぎゃ~はっはっ! たぬきかよ! しょっぺえやつだな! こ~んなニワトリの頭なんか大事そうに下げやがって!」


 男が切り取ったのはラクが首から下げたニワトリ頭に通した紐。

 男はそれを奪うと連れの女に向かって「ほい」と投げる。


「やだっ、汚い。やめてよね」


 女が手に持ったロットを振るうと。


 ボッ──!


 ニワトリ頭は一瞬で灰と化した。


「おいっ!」


 気がつくと僕は叫んでいた。


「それは……リュウくんたちとラクとの絆が詰まった大事なものだ……! それをこんな……なんの理由もなく燃やすだなんて……許せない……!」


「あ? 誰だこのチビ? てか理由? 理由はこいつが獣人だから。汚ねぇカスだから。それでなんか問題ある? なんなら今ここで俺様が皮を剥いでやってもいいんだぜ? あ? てかなんだ? ガキに獣人に女にスライム? おいおい、ここはいつから保育所に……」


「黙れ……!」


 僕は生まれて初めて──。



枠入自在アクターペイン



 怒りをもってスキルを発動させた。

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