第24話 さいっこ~の夜!

 明日にでも故郷に立つというリュウくんたちを食事に誘ってみたけど、まだ治療が残ってるからと断られた僕らは、出店で串焼きを買い込んでから地下迷宮の隠れ家へと戻ってきていた。


 隠れ家や大賢者ヘリオンのことが気になってたからってのもあるんだけど、わざわざ迷宮の中まで戻ってきた理由はずばり……。



 お金がない。



 からなのです。


 つらい。


 お金がないのはとても悲しい。


 昨日スイートルームに泊まって。


 今日ハルにレイピアを買い与えて。


 その分ハルの元々持ってた剣を下取りに出したけど雀の涙。


 で、昼ご飯やポーションを買い揃えて地下迷宮に潜った結果。


 今日の戦利品はハルの倒したゴブリン一匹の耳だけ。


 が~ん。


 アオちゃんと一緒にステータス欄の中で悪魔倒したり、ダンスキーたちを捕まえたりしたのに。


 今日のあがりはゴブリン一匹だけ。


 ち~ん。


 計算外。論外。問題外。無問題もーまんたいでは全然ない。


 ダメです。今日の宿代ありません。


 ということでやってきましたヘリオンの残した隠れ家。


 なんとここならお家賃宿泊費無料!


 水も出る! 火も使える!


 トイレも自動でぺろりんちょ!


 さらには謎の水晶玉でダンジョンの中まで見放題!


 すごい! すてき! ヘリオン!


 ベッドが一個しかないのが難点だけど、僕は椅子でも外でもどこでだって寝れる。


 なのでぜんぜんオールオッケー。


 神様賢者様ヘリオン様、お金が貯まるまでここを使わせていただきます。なむなむ。


 ってことでさっそく「いただきま~す!」買ってきた串焼きを池の前に座って三人でハムハムむしゃり。


「ん~、おいし~! 迷宮の中なのに天気もいいし、まるでピクニックに来たみたい!」


「ハル、タレついてる」


「へ、どこ?」


 ハルの(たぶん)柔らかなピンクの唇斜め45度についてるタレを指でぬぐってあげると、ハルは片目をつぶって「んっ……」と声を上げた。


 あれ、なんか急に変な空気。


 ドキドキ。


「うゆ~、タレ美味しいゆ~!」とアオちゃんが僕の指に体ごとまとわりついてきてタレをしゃぶり尽くしていた。


 アオちゃんの乱入によってドキドキタイム終了なり。無念&ほっ。な複雑な気持ち。


「アオちゃん!? アオちゃんの分もちゃんとあるからね!?」


「ゆ! でもこのタレはおと~しゃまとおか~しゃまの味もするゆ!」


「ちょ、アオちゃん!? 急に人食いモンスターっぽいこと言うのやめて!?」


「ゆ! アオ、人は食べないゆ! 舐めてるだけゆ!」


「いや舐めるのもダメ~!」


 ハッ──!


「カイト……? まさかアオちゃんに変なところ舐めさせようだなんて変なこと考えてないでしょうね?」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!


 やっべ、ハルのゴゴゴオーラ!


 ってかなに、変なとこって……?


「いやぁ~、ハルがなにを言ってるのかわからないな~、あはは。あ、それよりこっちの塩味のも美味しいよ! はいお食べっ!(ズボッ!)」


「むぅ~もぐもぐ……」


 ハルの口に串焼きを突っ込み「ふぅ~」と一息。


 しかしこの一見完全セーフティーな隠れ家にも地雷が埋まってたとはね。


 ハルの嫉妬という地雷が。


 いや、嫉妬でいいのか……?


 ま、いっか。


 女心とかよくわかんないし。


 今後ハルの地雷ワードを覚えていけばいいだけだ。


 そう、僕は前向きな男なのです!


 って、あれ? なんかバタバタしてる間に串焼きが一本減ってるような? う~ん?


「もぐもぐ、ごっくん! カイト! 塩もイケる! ほら、カイトも食べて!」


「ゆ~! おと~しゃまも食べゆ~!」


「う、うん! わかったから両方向から無理やり食べさせようとするのやめて! 刺さってる! さきっちょがほっぺたに刺さってるから!」


 こうして串焼きの本数のことなんてすぐに頭から吹き飛んだ僕は、夜なはずなのに明るい隠れ家エリアで有り金すべて叩いて買ってきた夕食を存分に楽しんだのです。


 池の中の鯉(アオちゃんが魚の種類知ってた)もチャプンと跳ねて楽しそう。


 うん! お金はなくなったけど、また明日から稼げばいいだけ!


 よ~し、やるぞ~! 今日はもう寝るけど!



 不思議なことに「さぁ寝るぞ」と思ったら辺りが暗くなった。


 アオちゃんが外で寝たいって言うので、僕らは家の中から見つけてきた毛布をかけて三人で草むらに寝転んでる。


 平和である。


 外なのにこんなに気を張らなくていい野営は初めて。


 いったいヘリオンはどうやって危険な迷宮の中にこんな安全エリアを作ったんだろう。


 仕組はわからないけど空では星や月がキラキラと輝いてる。


「あっ、流れ星」


 寝転んだハルのかすれ声。


「願いごと唱えた?」


「なんで?」


「流れ星に願いごと唱えると願いが叶うんだって」


「へ~! カイトとアオちゃんとずっといっしょにいれますように!」


「流れ星が消える前に言わなきゃだよ」


「なにそれ~、早く言ってよ!」


「次見かけたら言えばいいさ」


「うん、次見かけたら絶対言う!」


 寝る前のこの時間が好き。


 頭がぼんやりして語彙が減っていく。


 子供みたいな言葉で交わすやり取りが好き。


 うそのない、ほんとうの、本心。


「明日からまたがんばだ」


「うん、明日なにするの?」


 ハルのウトウトした声。


「レベル上げと素材集め」


「お金だもんね~」


「だね」


「アオちゃんのためにも稼がないと」


「僕らの娘だもんね」


「ふふっ」


 僕とハルの間でスースー寝息を立ててるアオちゃんのほっぺたをぷるんする。


「それから冒険者ギルドに行って……それからこの家のことも調べてみたいなぁ。あの水晶玉とか」


「ロンに聞いたほうがいいよね?」


「だね。今日は忙しそうだったけど、明日なら聞けるかも」


「ね、アオちゃんってなんでステータス欄についていけたのかな?」


「なんでだろ? ネックレスに入ってたから装備品扱いだったのかな? 僕、洋服はこのままで入るから」


「私も入りたかったなぁ~」


「まぁまぁ、ハルは十分力になってくれてるよ」


「ほんとぉ~?」


 もう半分寝てる声。


「ほんとだよ」


「じゃあ感謝して」


「感謝~、ありがと~、謝謝~」


「うそくさい」


「本心だって」


「証明して」


「要求おおいな~」


「きらい?」


「いや」


「じゃあ?」


「すき」


「わたしも」


「いい?」


「うん」


 語彙。


 減っていった僕らは。


 そっと顔と顔を近づけて。


 結論。


 ハルの(たぶん)柔らかなピンクの唇は。


(ほんとに)柔らかなピンクの唇だった。


 あ、色はわかんない。


 暗いし近かったから。


 でもピンク。


 たぶん。


 ぷわっ。


 息継ぎ。


 ハルの匂い。


 ぽわぽわ。


 あぁ。


 今夜は。


 僕の人生史上。


 さいっこ~の夜だ!

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