勇者と魔王のあいだに生まれた子
黒もこ
第1話 勇者と魔王
「……よく来たな、勇者たちよ」
荘厳でありながら、どこか禍々しい雰囲気に包まれた薄暗い部屋の最奥。
勇者と呼ばれた男とその仲間たちが声のした方へと視線を上げると、一人の女性が豪奢な玉座に背を凭れて、気怠げな表情を浮かべながら座っていた。
「……お前が魔王、なのか?」
「ふん、それ以外の何に見える?」
勇者の戸惑いを含んだ問いに、魔王と呼ばれた女は怪訝そうな表情を浮かべた。
だが、勇者が困惑するのも仕方のないことであった。
燃え盛る炎のように赤く、腰辺りまで伸びた長い髪。
心の奥底まで見透かされてしまいそうな淡い紫水晶色の瞳。
男女を問わず誰もが目を奪われてしまうような妖艶な美貌。
見た人を蕩かすような均整の取れた魅惑的な体つき。
一見すると魔王は、成人した人間の女性にしか見えなかった。
しかし、全身から発せられている重苦しい程の威圧感と溢れ出る夥しい量の魔力が、その女が普通の人間ではないことを如実に物語っていた。
ゆっくりと玉座から立ち上がった魔王は、不敵な笑みを浮かべると悠然と勇者たちを見下ろした。
勇者が腰に下げていた剣を素早く抜き取ると、戦士・魔法使い・僧侶も武器を手にして臨戦態勢へと入った。
「そうだ、私たちに言葉は不要!」
その様子を見た魔王が愉快そうに声を上げると、威圧感と魔力がさらに増大した。
ここに辿り着くまでに、数多くの修羅場を潜り抜けてきた勇者たちの顔にも、大きな緊張が走る。
「さあ来い、勇者たちよ。お前たちの力を見せてみろ!」
「みんな、これが最後の戦いだ。必ず魔王を倒す!」
そして、勇者たちと魔王による、長く激しい戦いが始まった。
◆
「(……今のは、夢か)」
いい歳になった今、こんな古典的なゲームの夢を見るとは思わなかった。
どうせだったら戦いの結末まで見せてくれよ、と心の中で独りごちる。
「(……あ、そういえば上京する時に一緒に持ってきたゲームがあったっけな)」
あんな夢を見た所為か、押し入れの奥で眠っているゲームのことを思い出してしまい、ひどく懐かしい気分になった。
休日になったら久々に起動して遊んでみるのも良いかもなと思いつつ、仕事の準備をするためにベッドから起き上がろうとする。
「(……ん?)」
そこで、全身が何やら柔らかいものに包まれていて、思うように身動きが取れなくなっていることに気が付いた。
どうにかしようと四苦八苦してもがいていると、さらに重大なことに気が付く。
「(……喋れないぞ俺!)」
口から漏れ聞こえるのは、まるで赤ん坊が喚いているような声。
そこで、ふと嫌な予感が脳裏をよぎった。
上手く動かない首を必死になって振り、どうにかして視線を足下の方へと向ける。
「(……う、嘘だろ?)」
目に入ったのは見慣れた自分の体ではなく、小さくまんまるとした可愛らしい赤ん坊の体であった。
試しに手や足を動かそうとしてみると、ほんの僅かではあるが思った通りに動き、この状況が紛れもない現実のものであることを実感させる。
「(……あー、これって創作でよくある『転生』ってやつか?)」
最近、小説や漫画・アニメで見かけることの多くなった『転生』もの。
初めは敬遠していたが、とある作品を友人に勧められ仕方なく見てみると、思いの外ハマってしまい、今となっては大好物のジャンルだ。
「(でもまさか、自分の身に起きるとは……)」
勿論、何で自分がという困惑やこれからどうなるのかという不安はある。
しかしそれ以上に、『異世界に来たかもしれない』という喜びの方が大きい。
これから出会うであろう、まだ見ぬ未知への期待感で胸が大きく高鳴る。
「あら、目が覚めたの? お腹が空いたのかしら?」
すると、不意に一人の女性が、優しい声音で俺の顔を覗き込んできた。
今まで全く気が付かなかったが、どうやらずっと近くにいたらしい。
「(うわ、すごい美人だ。モデルとか女優がただの石ころに見えるレベルだぞ)」
柔和な笑みを浮かべてこちらを幸せそうに見る女性に、只々見惚れてしまう。
ただ、しばらくその顔を眺めていると、初対面である筈なのに何故だか既視感を覚えた。
「(うーん、この顔何処かで……)」
燃え盛る炎のように赤く、腰辺りまで伸びた長い髪。
心の奥底まで見透かされてしまいそうな淡い紫水晶色の瞳。
男女を問わず誰もが目を奪われてしまうような妖艶な美貌。
見た人を蕩かすような均整の取れた魅惑的な体つき。
「(……ってあれ? この人、夢で見た魔王じゃないか!?)」
表情や口調があの夢とは全く異なって分かり辛いが、その他の特徴が全て合致している。
そんな夢の中で見た魔王が今目の前にいる、それだけでも充分驚きなのだが、
「どうしたんだい、ミリア」
魔王のさらに後ろから顔を覗かせた人物を見て、より一層驚く事になった。
短く丁寧に切り揃えられた黒い髪。
見たもの全てを包み込むような深い黒真珠色の瞳。
人の良さが滲み出ているような優しい雰囲気の顔立ち。
スラッと背が高く、非常に良く鍛えられている事がわかる体つき。
「(はあ!? こっちは勇者じゃないか!)」
夢の中で激しい戦いを始めた二人が、目の前で非常に親しげに会話をしている。
「(あれは夢じゃないのか……?)」
夢だと思っていたことが夢ではない。
思いもよらない出来事に、ひたすら驚愕するしかなった。
「あら、あなた。ちょうどこの子が目を覚ましたみたいで」
魔王は勇者の方へ首だけ傾けて振り返ると、そのまま背を預けしなだれかかった。
勇者は魔王の両肩を優しく抱くと、彼女の顔を見つめて愛おしそうに微笑んだ。
「(ったく。何だこの甘ったるい空気は……ん?)」
イチャイチャを間近でまざまざと見せつけられ不愉快になったが、とある言葉が頭に引っかかりそんな気持ちはすぐに消え去った。
「(……待てよ。魔王が勇者のことをあんな親しげに『あなた』なんて呼ぶってことは、もしかしなくてもこの二人は夫婦なのか?)」
そして、魔王は俺の方を見て『この子』と言っていた。
それらのことから導かれる事実は一つ。
俺が、勇者と魔王の子供だという事であった。
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