第6話

 だが、オリヴィエの心は晴れるどころかますます重くなる一方だ。


(もう……何もかもどうでも良い)


 聖女になる夢が潰えた今、何を失っても良かった。


 何もいらないから、このまま消えてしまいたい。


 そんな暗い気持ちにすらなる。


 その時だった――コンコンと、ドアがノックされた。


「オリヴィエ! 私だ。入るよ」


「お兄様……」


 入って来たのは、王都で聖騎士団に従騎士として所属している、兄・クリストファーだった。


「聞いたよ、聖女の判定が下りなかったそうだな。でも、気落ちする必要はない。父上が教皇に掛け合ってくれるそうだし、私も……面白い人物を連れて来たんだよ。だから、元気を出して」


「面白い人物……?」


 クリストファーは聖騎士団だ。


 騎士団の修練場は王城内にある。


(もしや……)


 もしや、客人とはルーカスではなかろうか?

 

 秘密裏に連れて来てくれたのでは?


 一縷の望みに、一瞬だけオリヴィエの心の芯に灯が戻る。


「どうぞ、お入りください」


「待って、お兄様。私、こんな格好で……」


 オリヴィエは身を強張らせた。


 しかし、入室したのは、期待外れの人物だった。


「こちらです。オルガノ様」


 その人物は、執事のピノーに手を引かれていた。


 深紫のローブを目深にかぶって、覚束ない足取りで、部屋に入って来る。


「どなたですの……?」


 その人物は、目が見えないらしかった。


 クリストファー自らベッドの脇へ椅子を運び、オルガノを導く。


 オリヴィエも寝そべってはいられない。


 寝間着ながら姿勢を正して、オルガノに向き合った。


 フードを取ると、オルガノはやはり、盲目のようだ。


 瞼を閉じている。


「ご機嫌いかがですか? お美しいレディ」


「初めまして、オルガノ様と仰るの? 貴方はいったい……?」


「オルガノ様はね、都でも有名な占い師だ。それに高名なお医者様でもある。先代の聖女様とも親交があったそうだ」


「それで……」


 オリヴィエは、兄が連れてきた客人の素性を聞いて納得した。


 それはそうとして、今は目が不自由なのに占いができるのだろうか?


 訝しんでいると、オルガノはローブの袖の先から、細く節くれ立った指を伸ばした。


「レディ、お手に触れてもよろしいかな」


「オリヴィエです、オルガノ様」


 オルガノより先に、クリストファーが名を告げた。


 オリヴィエの手を取って、オルガノの手を導く。


 目の見えない者がどうやって病を治し、未来を占うのか。


 不思議でならないが、本来ならばそれなりに身分のあるクリストファーがここまで、誠意を尽くす相手だ。


 伊達や酔狂ではあるまい。

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