ブラックな
昔勤めていたところが、まあブラックでさ。
サービス残業当たり前。有給って何それ美味しいの? ってレベルだった。
今考えたら、さっさと見切りをつけて辞めればいいと思うんだけど、当時は感覚が麻痺していたんだよね。
俺が辞めたら他の人が困るって、謎の正義感が働いて、ずるずると続けていた。
俺がいなくなって困る状況になること自体が、おかしな話なんだけどさ。
先に目を覚ました人は次々と辞めていって、その人達がやっていた業務をやるはめになる。
もちろん、人員の補充なんかがあるわけじゃない。
負担は増えていって、もう精神的にも肉体的にも追い詰められていた。
自宅にも帰れず、会社で寝泊まりしていたぐらいだから相当だよ。
パワハラモラハラなんでもございますの上司の無理難題に答えながら、過労死寸前だった頃に、俺はそれを見た。
パソコンに向かって仕事をしていたら、モニターにゆらゆらと揺れる影が映った。
最初は目の錯覚かと思ったけど、それはどんなにまばたきをしても消えなかった。
本当なら振り返れば、それを確認出来たはず。
いなかったらそれはそれで安心できただろう。
でも駄目だった。
振り向いたら終わる。そんな気がした。
俺は振り向けないまま、ただじっとモニターだけ見た。
少しでも首を動かしたら、視界の端にそれが入ってきそうで微動だにできなかった。
そのうち手も止まって、俺はただモニターを見ているだけになった。
俺は恐怖の中にいたけど、周りからすればそんなの関係ないよな。
上司に目ざとく見つかって、理由も聞かずに怒鳴られた。
いつもなら期限を損ねたくないから、すぐに謝罪するけど、もう全く動けなかった。
そんな俺を上司は後ろから殴った。色々と罵詈雑言を浴びせられた。
それでも俺は動けなかった。
だって、それが近づいてきていたから。
俺の視線はモニターに釘付けで、それの動きを追っていた。
捕まったら死ぬ。そんな確信があった。
でも動けない。
まばたきすら出来ずに、段々目に涙が溢れてきた。
上司のことなんて気にならなくて、こっちに来ないでくれと必死に願った。
もちろん言うことなんて聞いてくれるはずもなく、とうとう上司の隣まで来た。
上司はそれに気づいていなかった。
気づかずに、俺を馬鹿にしていた。
それが肩に手を置いた。
俺じゃなく、上司の肩だった。
助かった。その瞬間、俺は確信した。
存在に気づいていなかった上司も、なにか感じたらしくて、ピタリと静かになった。
で、気づいた時には俺は会社を辞めて、今度は運良くホワイトなところに再就職できて、すっかり元気になった。
いやあ、定時で帰れるって幸せだなあ。みんな優しい人ばかりだし。上司も丁寧に教えてくれて、怒鳴られることなんか一度もない。
――元の会社はどうなったかって?
さあね、警察が来て騒がしかったけど、それが一段落したらさっさと辞めたから知らない。
人員が足りなくて、もう潰れたんじゃないかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます