過去

「そうしたら、鏡でも見せてあげたらいいよ。状況の把握に苦心している間に、魂はどっかに行ってくれるかも」


 降霊に因んだ誘い笑いをワタシは嫌い、至って真面目に返すことにより、予期せぬ事態を夢想する兄の無邪気さと向き合った。


「それは良い考えかもしれない」


 調子外れな返答に対して、兄は肩透かしを食らったはずだ。しかし、ワタシの提案を誠実に飲み込んだ。流麗に変化する景色と共に、憂いも留まることを知らず、吐く息の湿り気が増していく。全くもって乗り気のない行事に顔を出すバツの悪さは、前傾姿勢に拍車をかける。ワタシはふと、兄の横顔を一瞥した。そこには、「降霊会」を人参に見立てた炯々たる眼差しが威風堂々とあり、二目と見られない酸鼻を突きつけられたかのように、ワタシとっさに目を背ける。


 閑静な住宅街を抜けて、国道と名付けられた幹線道路に出た。相当数の街灯によって照らされた町の景色へ、そぞろに目が向いた。大手のチェーン店が雁首並べて看板を出す中、それぞれの趣味趣向が反映された個人店は、狭い敷地を利用して商いに邁進する。機知に富んだ風景とは言い難いが、決してチンケと貶める気はさらさらない。感傷的なワタシの気分を物言わず慰めてくれたからだ。


「この辺りも随分、変わったよな」


 公園で遊ぶことを忘れた子ども達にとっての遊び場は、排気ガスと隣り合わせの場所にあった。少ないお小遣いを懐に入れ、バッティングセンターや、大型商業施設に足を伸ばす。大人からすれば、それは豊かな経験とは思わないだろう。だが子ども達は、不自由さや窮屈さを覚えないまま、健気に夕刻を迎えると、家路の動線を辿る。憂いを覚えるのはいつだって大人であった。


「あそこのセブンイレブンも潰れたみたいだし」


 学習の機会に横槍を入れる夏季は、学生にとって長期の休暇を意味し、セブンイレブンという気軽に入店が行える場所は避暑地に最適な場所であった。その上、着色料と砂糖を大量に投入したシャーベットの販売も相まって、あっけらかんと肌を焼いた子ども達の憩いの場として機能した。そんな過去の記憶と照らし合わせて風景と見比べれば、軽重の異なる変化が彼方此方で散見でき、一つ一つをつぶさに指摘するには、あまりに町並みは変わりすぎた。


「駄菓子屋は、万引きを覚える格好の場所だったよな」


 ワタシとは違って、やけに兄は過去のことを覚えていた。今は駐車場としての役割を与えられたその土地に、しがらみを知らない子どものような眼差しを向けている。しかしながら、万引きといった立派な犯罪を回顧のきっかけにするのは、些か憚られることではないか。ワタシは相槌を打ちかね、兄の独り言として処理した。シャッター街と呼ばれて久しい、寂れた駅前を颯爽と通り抜ける。


「……」


 とくに会話の多い兄妹ではなかった。必要なことだけを確認し合い、意志の疎通を図る。そこに諍いが起こる道理はなく、付かず離れずの関係を続けることによって、良好な間柄に終始した。それはつまり、軋轢が起こり得る原因から、背中を見せて逃げる消極的な付き合いといえ、有事の際に助け合うような兄妹の絆はなかった。母親の血縁を強く受け継いだワタシの顔貌は、手で丸めたような円形の輪郭をしており、子どもの頃はよく「卵」と揶揄されていた。特徴は外形だけには留まらない。元来に有する性質から、似通った部分を多く保有している。

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