第48話

『彫雅堂の新谷ですが』

 電話をかけてきたのは、昨日最後に訪れた入れ墨店の店主だった。

「あ、はい。昨日はありがとうございます。どうしましたか?」

『あのー……薔薇のタトゥーのことで、話があるんです』

「何でしょうか」

『ちょっと、店まで来ていただきたいんですが……』

 何か事情でもあるのだろうか。

「分かりました。これから直ぐにうかがってもよろしいでしょうか」

『はい。お願いします』

「では、今から参りますので」

 犯人逮捕に繋がる情報が得られるのだろうか。期待せずにいられない。

 電話を切ると、蒼空が聞いてきた。

「どうしたんですか?」

「昨日、ひったくり事件で聞き込みに行った先の店主からだ。犯人が入れてる薔薇のタトゥーについて話があるらしい」

「え、そうなんですか?」

「うん。早速だけど、これから行こうか」

「分かりました」

 それから直ぐに、三笠と蒼空は彫雅堂を訪れた。

「いらっしゃい。来ていただき、ありがとうございます」

 恐縮した様子の店主が迎えてくれる。

「お邪魔します」

 三笠たちは店の奥に通され、応接セットのソファーに座った。

二人が出されたお茶を啜(すす)ると、店主が徐ろに口を開いた。

「実は……薔薇の絵図を彫ったことがあるんです……」

「そうでしたか。いつだったかは覚えていますか?」

「三年前でした。中性的な感じの男だったと記憶しています」

「男性だったんですね?」

「はい、そうです。あ、ちょっと待ってくださいね」

 店主はテーブルに用意されていたファイルを手に取り、目当ての箇所を広げた。

「これが、その人のカルテです」

「間違いないですか?」

 三笠が念を押すと、店主は「はい」と答えた。

カルテには確かに、手の甲に薔薇を施術で入れたことが書かれている。客は矢野という男で、年齢は二十七歳だという。

「あぁ、そうだ。その薔薇のタトゥーの写真も撮ってたんですよ」

 そう言って店主が見せてくれた写真では、手の甲を存在感のある薔薇が彩っていた。

「見事ですね……」

 思わず蒼空が呟いた。

「そうだな。まさに芸術だ」

 三笠たちが感嘆していると、店主が切り出した。

「実は、三日前にその客から電話で口止めされたんです。薔薇のタトゥーを入れたことを、黙ってろと」

 店主は申し訳なさそうな顔をしている。

「そうだったんですか……」

「この前は、本当のことを言えずすみません……」

「いいえ。話していただきありがとうございます」

 三笠たちは矢野という男の情報を控え、店を後にした。

 矢野が犯人かどうかは確証はないが、この情報が手がかりになってくれれば良い。

「他には、何か気付いたことなどはありませんか?」

 三笠が尋ねると、店主は「後はないですね」と言った。これ以上、この店主から聞き出せることはないだろうか。

「そうですか。ご協力ありがとうございました」

「いいえ。わざわざご足労いただきありがとうございます」

「では、失礼します」

 三笠と蒼空はお辞儀をして店を出た。

「手がかりが見つかって良かったですね」

 外を歩きながら蒼空が呟いた。

「あぁ。店主が話してくれなかったら、本当に迷宮入りするところだった」

「犯人、捕まえられるでしょうか」

「身元が分かったし、捕まえなきゃな」

「はい」

 二人は停めておいた車に乗り、署に戻った。

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