第32話

「佐久間さん……どうしたの?」

 蒼空が一時帰ってくる日の午後、三笠は少しの時間買い物に出掛けた。そして自宅に帰ってくると、部屋の前で佐久間が待っていた。

佐久間が三笠の家に来ることは初めてだった。これまでの同僚の中でも初めてかもしれない。

 課員の住所は皆登録しているため、直ぐに調べられたのだろう。

「突然来てしまって、すみません……」

「いや、別にいいけど……君も今日休みだったけ。まぁ、取り敢えず入って」

「あ、はい。ありがとうございます」

佐久間をリビングに招き、コーヒーを出した。

「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 佐久間は緊張気味に頭を下げた。

 三笠もソファーに座り、佐久間に尋ねる。

「で、何か用があってここに来たんだろう?」

「はい……私、この仕事向いていないのかなって思って……」

「え、何で?」

「この前も、私情挟んでしまいましたし、何か、向いてない気がするんです」

「えっと、前は少年課にいたんだっけ?」

「そうです。一年くらいいました。そっちの方がやっぱり性に合ってたかなって……」

 佐久間は躊躇いがちに訥々と話す。

「うーん。ウチに来てからそんなに経ってないし、判断は早いんじゃなないかな。もう少し頑張ってみて、それからまた考えてみても良いんじゃないかと思うんだけど」

「そうですかね」

「うん。それに、俺は君が向いてないとはこれまでには思わなかったよ?」

「ほ、本当ですか?」

 身を乗り出さんばかりの勢いで佐久間が聞いてきた。

「あぁ。一緒に働くようになってまだ日は浅いけどね。この間のことだって、もし俺だったとしても同じ感じになってたと思うし」

「三笠さん……」

「だからさ、寂しいこと言わないでもう少し頑張ってくれよ」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

 佐久間の目には薄っすらと涙が光っていた。

「突然来てしまってすみませんでした。ご相談なら、署でもできましたよね。ご相談なら、署でもできましたよね」

「いや、別にいいんだけどさ」

 そう言いつつも、三笠は佐久間が自宅にやって来た意図が他にもある様な気がする。どう考えても、いきなり相談があるからと家にまで押しかけては来ないはずだ。

「あ、あの……私帰りますね」

 三笠が出したコーヒーに口をつけると、佐久間は立ち上がり帰ろうとした。

『本当にこれだけで帰るのか?』

 そう思った三笠だが、何も言わないことにした。

玄関に着くと、佐久間が後ろから来た三笠を振り返る。

「あの、本当は私三笠さんのお宅に来てみたかったんです」

「え?俺の家?」

「は、はい……私……」

 佐久間は躊躇いがちに三笠の顔を見つめた。

「私、先輩が好きです」

 突然の告白に、三笠は呆気にとられた。

「佐久間さん……」

「一緒に仕事をさせていただくようになって、いいなと思ってたんです。それで、いつの間にか本気になってましたそれで、いつの間にか本気になってました」

「え、……そうだったの?正直、驚いたよ」

 三笠は全く佐久間の気持ちに気付いていなかったため、正に青天の霹靂だった。何て返して良いか分からない。

「三笠さん、恋人とかいるんですか?」

「そ、それは……」

 恋人がいると、正直に告げれば良いか迷った。しかし、佐久間の想いには応えられないし嘘も吐けない。

「うん。恋人はいるよ……」

 『とても大事な人だ』と言おうとしたところで、ドアの向こうからガタンという物音が聞こえた。何かを落としたような音だった。

「一体、何だろう。ちょっと待ってて。様子見てみるから」

「あ、はい……」

 佐久間は少し怯えたような顔を見せた。今の物音に驚いたようだ。

 三笠は直ぐに部屋を出たが、そこには商品の入った買い物袋が落ちていた。

そして、部屋から少し離れたところにあるエレベーターに誰かが乗り込んだのが見えた。

 直感で、三笠はそれが蒼空だと感じた。

考える間もなく、三笠の足は動き出していた。

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