親切な嘘
悠斗は、スクラップ地区の殺伐とした街並みを歩きながら、ようやく第二区画への入り口にたどり着いた。
そこには巨大な関門があり、許可証なしでは誰も出入りできない仕組みになっている。
悠斗が立ち尽くしていると、関門が開き、第二区画から大型トラックが次々と出てきた。運転手たちは、道に佇む悠斗を邪魔者扱いするように睨みつける。
「ぼさっとしてんな!ひいちまうぞ!」
怒号が飛び交う中、悠斗は慌てて道の端に避けた。
トラックが轟音を立てて通り過ぎていく。
最後に出てきたトラックが、悠斗の前で停車した。
運転席の窓が開き、黄色いロボットが顔を出す。
「やぁ、兄ちゃん。どこから来たんだい?」
そのロボットは、ニヤリと笑った。悠斗は、少し不気味に感じながらも、しぶしぶ答えた。
「俺は第三区画から来た。第一区画を目指してるんだが、この先に行くには許可証が必要なんだろ?」
「ああ、そうだね。まあ、俺は第二区画と第三区画を行き来して商売してるからさ。許可証ならあるぜ」
ロボットは、自分をターキーと名乗った。第三区画で仕入れた電子部品を第二区画で売る
「……で、俺に何の用だ?」
用心深く尋ねる悠斗に、ターキーが親しげに笑いかける。
「いやぁ、実はさ。兄ちゃんは第一区画の人間だろ? 正直、こんなとこで見かけるのは珍しいんだよ」
「俺、第一区画の人間じゃないんだけど……」
「まあまあ、細かいことは気にすんなって。マテリアルボディ持ってるんだから、どっちにしろ貴重な存在さ」
ターキーは、悠斗の言葉を軽く流した。その笑顔には、どこか作り物めいた感じがある。
「それより、兄ちゃん。第二区画、案内してやるよ。そしたら第一区画への行き方も教えてやる」
「本当か?」
「ああ。俺、こう見えて顔が広いんだ。困ってるやつは放っておけない性分でさ」
ターキーは、わざとらしく胸を張った。悠斗は少し違和感を覚えたが、他に頼れる相手もいない。
「……たすかった。頼む。」
「よし、乗った乗った」
ターキーは、悠斗をトラックに乗せた。巨大なトラックは関門を抜け、第二区画へと向かっていった。
トラックは、錆びついた鉄橋を渡り、第二区画へと入っていった。
窓の外を眺めると、スクラップ地区とは明らかに違う景色が広がっている。
建物は整然と並び、道路も舗装されていた。
「ほら、見てみろよ。第二区画はこんな感じさ」
ターキーが得意げに言った。悠斗は無言で頷く。確かに、スクラップ地区よりはマシな環境に見える。
「第一区画は、もっとすごいんだろうな」
「ああ、そりゃもう。マテリアルボディを持つ連中が住む場所だからな。俺らアンドロイドは、よっぽどの権限がなきゃ入れない」
ターキーの声には、明らかな不満が滲んでいた。
話を聞く中で、彼らはロボットの中でも人型の物を特にアンドロイドと呼称しているらしいことを知った。
トラックは、やがて古びた倉庫街に入っていった。人気はなく、荒廃した建物ばかりが並んでいる。ターキーは、その中の一つの倉庫の前で停車した。
「着いたぜ。ここで、ちょっと知り合いに会わせたいんだ」
「知り合い……?」
「ああ。第一区画に行くためのコネを持ってる奴でさ」
ターキーは、悠斗をトラックから降ろした。倉庫の入り口には、いかつい外見で重装備のアンドロイドが二体立っている。
「よう、ターキー。今日も来たのか」
「ああ。今日は、とっておきのお客さんを連れてきたんだ」
ターキーは、悠斗を指さした。門番のアンドロイドたちが、悠斗を見る。
「おいおい……マテリアルボディかよ?こいつは、珍しいな」
「だろ?今日の目玉にできると思ってな」
門番たちは顔を見合わせた後、悠斗を中に通した。
倉庫の中は薄暗く、機械油の匂いが充満している。
奥へ進むと、地下へと続く階段があった。
「なあ、ターキー。ここは……」
「ああ大丈夫だ、ついてきな。さあ、降りるぞ」
ターキーに促され、悠斗は階段を降りていった。階段は長く、どれだけ降りても終わりが見えない。
やがて、下から歓声が聞こえてきた。
「……何だ、あの声は」
「試合の声さ。もうすぐ着くぜ」
階段を降りきると、そこには巨大な地下空間が広がっていた。
中央には、金網で囲まれた闘技場がある。
周囲には観客席があり、数百体のアンドロイドたちが声を上げていた。
金網の中では、二体のアンドロイドが激しく殴り合っている。
「うわ……」
悠斗は、その光景に言葉を失った。
観客たちは興奮し、賭け札を握りしめている。
闘技場の片隅には、破壊されたアンドロイドのパーツが山積みになっていた。
「どうだ、すごいだろ? ここじゃ、毎晩こんな試合が開かれてるんだ」
ターキーは、まるで自慢するように言った。悠斗は、嫌な予感が的中したことを悟った。
「なあ、ターキー。俺、やっぱり帰るわ」
「は? 何言ってんだよ。せっかくここまで来たんだぜ?」
ターキーの声が、急に冷たくなった。
「いや、でも……」
「兄ちゃんさ、第一区画に行きたいんだろ?」
「ああ、でもこんな場所は……」
「だったら、ここで戦えばいい」
ターキーは、ニヤリと笑った。その笑顔に、悪意が滲んでいる。
「兄ちゃんは第一区画の人間だ。そういうことにして、試合に出てもらう。勝てば、金も身分も手に入る。第一区画への道も開ける」
「待てよ、俺は……」
「もう遅せーよ」
ターキーが指さした先には、電光掲示板があった。そこには、次の試合のカードが表示されている。
『第一区画の人間 vs カスタムアンドロイド"ブルータル"』
「……何だよ、これ」
「お前の試合さ。もう賭けが始まってる。今更逃がさねえよ」
ターキーは逃げられないように手錠をはめ、悠斗を拘束した。
悠斗は、完全に罠にはめられたことを理解した。ターキーは、最初から悠斗を試合に出すつもりだったのだ。
「ターキー、お前……!」
「悪く思うなよ、兄ちゃん。俺も商売だからさ」
ターキーは、悠斗の肩を掴んで控室へと連れて行った。控室には、試合用の装備が並んでいる。
「これを着けろ」
ターキーは、装備を差し出した。右腕に装着する金属製のガントレット、左腕に装着する小型のシールド、そして腰に吊るす小型のブレード。どれも、中古品なのか
錆びついてボロボロだった。
「待てよ……俺、人を殴ったこともないんだぞ!」
「心配すんな、機械の体のアンドロイドだ。それに、殴り合いなんてあまっちょろいもんじゃねえ。壊しあいだぜ」
外では賭けのレートが決まったのか歓声が上がった。観客たちは、すでに興奮している。
「どっちみち勝たなきゃここからは逃げられねえよ。来るとき門番見ただろ?あいつら勝者には優しいが、逃げるやつには容赦ねえからな」
「くそ……」
悠斗は、震える手で装備を着けた。ガントレットは右腕にぴったりとフィットし、拳の部分には打撃用のスパイクが付いている。シールドは小さく、ブレードは鋭い。触れるだけで切れそうだ。
「よし、準備完了だな。せいぜい盛り上げてくれよ」
ターキーに引きずられるまま、悠斗は闘技場へと連れていかれた。
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