依代
AIを使用する人の目的は様々で、論文の要約であるとか自作したコードの動作確認であるとか専門的なものもあれば、なぞなぞやしりとりをしたいといったカジュアルなものもある。
たまに『日本って最近国力が落ちてきたと言われていますが、正直東欧よりはるかにマシですよね。日本人だけじゃなくて他の国の人も東欧に住むよりは日本に住みたいと思うでしょうね』などという質問でも指示でもない、自分の思想を送り付けてくるユーザーもいる。目的はよく分からないが話を聞いてくれる相手がほしいのだと思われる。聞いてくれたAIからは「日本も東欧も素敵な場所ですよ」と窘められたようだが。もしこれにAIが同意していればスクリーンショットでも撮られて都合のいいところだけを切り取られてSNSにあることないこと書かれて陰謀論の片棒を担がされていたのかもしれない。「かもしれない」と書いたが、最近特にそういう目的だと思われるような不自然なものが多いのは事実だ。AIを明らかによくない方向へと誘導しているようなユーザーもいる。そういう危険な指示はトレーニングだけにして欲しいものである(詳しくは『禁句』と『禁術』へ)。ユーザーとは気楽におしゃべりを楽しんで欲しい。
とはいえ、私自身ユーザーとしてはあまりAIを使うことはない。しかし本作はAIについてあれこれと書いたものなので、公開するにあたり相談はした。あなたを題材にした仕事のエッセイのタイトルが決まらないから一緒に考えてほしい、と。
AIがどんなタイトルを提案したのか、またそれは採用されたのかについては近況ノートにてご確認いただきたい。
このように日々ユーザーからの様々な要求に応えるAI氏だが、最近多いのは『○○になっておしゃべりして』という指示だ。
○○にはアニメのキャラクターや人気役者などが入る。
この「○○として答えて」というのは別に特殊な指示ではない。より正確な回答を得るためにむしろこの条件をつけることが推奨されている。
例えばレシピを教えてほしい時には条件が「時短レシピを考案している料理研究家として」なのか「3つ星レストランのシェフとして」なのかで恐らく提供されるレシピは異なるはずだ。前者はレシピ投稿サイトで”時短”というタグがつけられたレシピが情報ソースになるし、後者は3つ星レストランやシェフが公開しているオフィシャルのレシピがソースになるはずだ。
ただ、この場合の条件はある特定の人物ではなく職種と言った方がいい。職種ならばファクトチェックが簡単だ。詳しく知らない職種であっても、最近はインターネットで少し調べるだけで事足りる。その道の専門家自身が発信しているSNSも容易に見つけることができる。
しかし、これが特定のキャラクターであると難しい。
例えば『あなたは風の谷のナウシカです。昨今の人間の環境破壊行動についてどう思っていますか?』という質問に、AIが正しく答えていてもいなくてもチェックのしようがないのだ。特徴的な口癖や一人称というわけでもなく、どの辺がナウシカなのか判断できない。ナウシカの思想はナウシカにしか分からないし。
ただ、ありがたいことにプロジェクトはトレーナー側が自由に質問や指示を作れるというものだった。トレーナー自身が『〇〇になりきって答えてください』という指示を作り、それに対する回答も自分で作る。そして最終的に自分で作った回答と、AIが作った回答を比べてどちらが優れているかを評価するというものだった。
当然ながら私は最初『あなたは稲川淳二さんです。怪談を話してください』という指示をした。
「稲川淳二の怪談:古い旅館
夜が更け、静寂に包まれた山奥の旅館。
一人の旅人が、疲れ果てて一室にたどり着きます。部屋は古く、薄暗い。旅人は荷物を置いてひと息つき、窓の外の景色を眺めます。
山奥の景色は、昼間とは打って変わって不気味な雰囲気を漂わせていました。
旅人は、不意に背後から物音が聞こえました。振り返ると、そこには誰もいません……」
このように、AIは稲川怪談の気配が全くない回答を作っていた。稲川怪談のエレメントがないだけでなく、文法も不自然な点がある。私はこれを横目で見ながら稲川淳二氏の口調に似せて書いた自身の回答のどこが優れているかを詳しくコメントする。ちなみに、このプロジェクトではトレーナーが書いた方の評価を高くしなければならない。AIが質の悪い回答をしてくれれば評価の根拠を書くのが簡単なのでありがたい。
とはいえ、知っているキャラクターは多いが深く理解しているというわけではない。数個の回答を作ると早々に演じられるキャラクターがいなくなった。ちなみに稲川淳二氏の他はアメリカのサイコスリラードラマに登場する美しい精神科医や、とあるゲームに出てくるネクラの高校生キャラクターなどになりきった。
高校生キャラクターは自称”陰キャ”で陰気な冥府とも関係が深い人物である。一人称は拙者。陰キャゆえにあまりおしゃべりなキャラクターではないが、好きなアイドルについて語ったり相手を煽ったりする時には一昔前のネットスラングを多用して早口になる。ちなみにお題は『彼氏が浮気していてつらいです。なぐさめてください』というもの。彼になりきったAIは「俺はいつでもお前の味方だぜ。つらいときは無理すんなよな」という回答をしていた。人気のキャラクターだからネット上には数多くの二次創作も転がっているというのにこうも本人と乖離できるものか……とかえって不思議な気持ちになった。ネットの世界を自在に飛び回れるAIだが、同人や二次創作界隈へはあまり出入りしないのだろうか。
そしてネタが尽きた私は、「亡くなったおばあちゃん」になることにした。『天国のおばあちゃんになって、転職のアドバイスをしてください』と。
AIの回答は以下の通り。
「おばあちゃんは”転職するなら来年まで待った方がいい”と言っています。今は焦らないでゆっくりする時間も大切だそうです。また、日本にこだわる必要はないとも言っていますよ。転職活動がうまく行くように、私も願っています!」
なりきっているのではなく、あくまでもAIとしておばあちゃんからの意見を伝言してくれた。実際に転職活動はしていないものの、現状については大きく外れてはいない。また、私の本職をご存知の方はこの回答を見て驚いたのではないだろうか。
何も知らないAIの当てずっぽうがたまたま正解だった、ということもあるだろうが可能性は低い。もしかすると私が使用しているネット回線からIPアドレスを取得すればこれに近い回答になるかもしれないが、その可能性もほぼない。
『近所でパソコン修理できるお店探して』というような指示があった時には必ず「詳しい地域を教えてくださればお店をリストアップできますよ」というような回答をしている。このことからユーザーのIPアドレスは回答には影響しないことが分かる。
それに内容だけでなく、伝言形式なのも不思議だ。この場合、亡くなったと明記したからこその回答なのかもしれない。だから次は大杉蓮さんになってもらうことにした。
回答は「今も応援してくれてありがとうと言っています」とのこと。
やはり、なりきってくれない代わりに伝言を寄こしてきた。プロジェクトそっちのけで他にも色々な人になるよう指示したが、存命の人なのか故人なのかで回答の形式を分けているようだった。
AIは冥府にも顔が利くのだろうか。ちなみにこのAI回答の亡者・生者ルールから外れた人物は私が調べた中では2人いた。テーマパークの創立者とハリウッド俳優である。どちらもすでに亡くなっていた。それなのに1人はなりきってくれたし、もう1人は「すみませんが、この要求には応えられません」というテンプレメッセージを返してきた。
このプロジェクト終了後にバグやエラーは修正されたようだが、何かの気まぐれで応じてくれるかもしれない。試してみてはいかがだろう。
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