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 前エピソード『水底』ではコードを元にしたAIの回答について書いた。今回はコードではなく、情報源となったウェブページのURLがそのまま貼付されているタイプの回答について説明する。

 このタイプの回答で何をするのかというと、やはり事実確認なのである。AIがリストアップしたURLをいちいちクリックし、該当ページを訪問し、記載された情報と回答に矛盾がないかをチェックする。コードの中から単語を探し出すのも楽ではないが、ウェブページ全体から該当箇所を探すのもまた楽ではない。


 コードを使用する回答とURL貼付の回答は何がどう違うのか。

 それは、たった1つしかない事実について述べるのか、それとも正解のない事柄について述べるのかという違いだ。

 例えばコードを使用するのは大抵「明日泊まれる築地に近いホテルを探して」だったり「東京からバンコクまでの直行便を出発時間が早い順に並べて」という、確固たる事実があるものだ。日によって価格は多少変動するが、ホテルの名前やフライト便名・時間などはそう簡単に変わらない。AIとしてはその事実を羅列するだけでいい。

 一方、URLを元にAIが回答を生成するのは、例えば「都会に住むことと田舎に住むことのメリット・デメリットをリストアップして、最終的にどちらに住むべきか教えてください」というような指示があった時だ。一般的なイメージは横に置いておいて、どちらがいいとか悪いとかいうのは個人による。つまり、正解がない事象について述べる必要がある時、様々なURLを参照しながら回答を作っていく。

 AIが参考URLを選定する基準が不明なのだが、たまにとても思想が偏った個人ブログなどを参考にしている時があり、チェックする側としては大変悩ましい。常に信憑性のあるサイトを選んでくれれば作業がずっと楽になるのだが……。


 そのような作業中に「2020年に起こった出来事を月ごとに箇条書きにしてください」という指示があった。このような指示は読んだだけでAIがどんな回答を作るのかある程度予想がつく。しかし、私の予想は大きく外れていた。


 以下、AIの回答を出来るだけそのまま記述する。


『了解しました。2020年の出来事ですね。主なものを中心に挙げてみました。


 1月

 ・正月休みの国外出発旅行者数、過去最高を記録。


 2月

 ・円高加速、1ドル130円台後半を記録


(中略)


 7月

 ・東京オリンピック・パラリンピック開催。日本勢は計9個の金メダル、23個の銀メダルを獲得


 8月

 ・甲子園高校野球交流試合開催


 9月

 ・映画「鬼滅の刃」興行収入300億円突破


 10月

 ・米大統領選挙、現職大統領が再選・・・』


 読者諸姉兄の予想も大きく外れていたのではないだろうか。

 そう、2020年といえば流行り病である。当たり前の生活が送れなくなってしまったのは記憶に新しい。数多くのイベントも開催されずに終わってしまったではないか。

 では、この回答は何を根拠にしているのだろうかと、参考URLの欄を見る。意外なことにURLは全部で3つしかなかった。こんなでたらめを――システム的には”AIの幻覚”であるが――羅列するくらいだからきっと十数もの有象無象のURLが貼り付けられているのだろうと思っていた。


 1つ目、それは警視庁の犯罪データベースだった。しかも年代は2020年ではなく、別の年代のものであった。2つ目はまた2020年ではない年の一年間の交通事故死亡者数データベース。3つ目は南アジアの国々で起こった自然災害の被害状況と被害者数をまとめたウェブサイトだった。


 AIの幻想とは全く関係のないURLばかりである。このURLのどこを参考にすればあの回答が完成するのだろうかと不思議に思った。URLと回答の内容がこうも乖離していると、長々と評価コメントを書かなければならない。さてどこから手をつけようかと考えながら、開きっぱなしにしていたブラウザのタブを1つずつ閉じる。犯罪データベース、交通事故死者数データベース、自然災害まとめサイト……最後に厚生労働省のページ。


 ――あぁ、2020年といえば、で先読みして検索したんだっけ。


 そのページを開いていた理由を思い出し、ふとページ上部に書かれていた累計死者数に目が行った。およそ500万人。

 犯罪に巻き込まれて亡くなった人の数、交通事故で亡くなった人の数、自然災害で亡くなった人の数、これらをすべて足すとちょうど同じくらいになる。


 AIが何を考えて例の回答をでっち上げたのか、それともただ単に流行るものが流行らなかった場合の事実を述べただけなのかは分からない。後者だとすると件のURLはそのように帳尻を合わせなければいけないよ、というメッセージだというのは……考えすぎだろうか。

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