Chapter 4 「赤い女を追え」

「というわけで、その赤い女について色々と聞き込みをして来た……んだが」


 二、三日前に通りを歩いていたという怪しげな「赤い女」について聞き込みをした結果をモリ君へ報告に来たのだが――


「そこで寝てる運営の犬はなにやってんの?」

「かなり強そうな酒をビール感覚でガブガブ飲んじゃってこのざまです」


 モリ君はカップを片手にしたままテーブルへ突っ伏したカーターを起こそうとしているところだった。

 だが、カーターは言葉になっていない意味不明な唸り声を出すだけで起きようとしない。


 出向前に買って調理にも使った「チチャ」は蒸留もされておらずアルコール度数は低めだったが、今カーターが飲んでいるのは蒸留された透明な酒で、匂いからしてかなりアルコール度数が高く思える。

 

「もうちょっと荒く起こしてもいいぞ、こいつは」


 鳥を出して頭や背中の上でタップダンスをさせると「なんか鳥臭いな」と言いながらようやく頭を上げた。


「今は何時? 終電はまだ走ってる?」

「まだ昼だし、この世界に電車は走ってない。一人で船に戻れるな? 宿は別に取ってないから寝るなら船室だぞ。掃除が大変だから途中で吐くなよ」

「なら途中でタクシー拾って帰るわ」


 カーターは通行人に「ヘイ、タクシー!」などと言いながら音程がろくに取れていない鼻歌混じり、千鳥足でフラフラと歩いて行った。

 本当にあんなのが監視だかサポートだかで大丈夫なのだろうか?


 まあいい。本題に戻ろう。


「それで、その『赤い女』というのは何者なんです?」

「今のところ不明。ただし、無茶苦茶怪しい」


 商店街や港湾の作業員達に話を聞いたところによると、三日ほど前に深紅のドレスを身に纏い、つばが広く赤い帽子で目元を隠した若い女性が、この街の周囲に姿を現したらしい。


 ここは交易港なので様々な人間が街に来るのは日常茶飯事なのだが、女が街に現れた三日前は強風で海は荒れていたために、船の発着はない日だった。


 このパナマは南北を深いジャングルに囲まれているために、地元民を含めて基本的に移動手段は船である。

 だというのに、船の発着がない日に突如として表れたその赤い女は歩くのには適さないドレス姿にハイヒールだったので、ジャングルを抜ける陸路を歩いてきたとも思えない。


 全身が真っ赤という派手で目立つ服装だったということ、帽子を深々と被って顔は分からないはずなのに、体形や顔の輪郭、口元だけで絶世の美女だと分かる風貌だったことも相まって、その女の正体について何やら流言飛語が飛び交ったらしい。


 三日前から豪商や中央政府の役人などが宿泊する小高い丘の上に建っている高級ホテルに滞在していることから、今ではホテルに滞在中の豪商の情婦だろうという説で落ち着いている。

 

「まあ、俺はそいつがただの情婦だなんて全く思っていないわけだが」

「『ゲームマスター』絡みの可能性ですね」

「前に祭祀場で見た『ゲームマスター』は男だったが、別にゲームマスターが一人だという理由もないし、カーターみたいな小間使いポジションの人間ならば、他にいてもおかしくはないはずだ」


 前に地下遺跡で見た男はある程度の瞬間移動能力を持っているようだったが、それでも一人で各地を飛び回って頑張るというワンマンオペをやっているとは思えない。

 同じような活動をしている仲間、もしくは部下がいてもおかしくはないだろう。


「ただ、俺達と同じ召喚された人間が、遺跡の転移の扉みたいなのでここに飛ばされてきただけという可能性もありうる」

「もしここに飛ばされただけの人ならば、何もわからず飛ばされた可能性はありますし、俺達が助けになれたらとは思いますね」


 モリ君は相変わらず生真面目だ。

 ほぼ敵だとは思うのだが、もし被害者だった場合には何とか救済をすることについてを考えている。


 だが、俺達はそのキャラクターが所持しているという設定以外の物は何も持たない手ぶらで召還されるために、高級ホテルに連泊出来るくらいのこの世界で使える金をたまたま持っていたとは考えにくい。


 まだ「金持ちの情婦」説の方が整合性はある。


 俺は商店街からも見える、小高い丘の上に建っているホテルを指さした。


「今はリプリィさんが、ここの領主に軍人の強権で調査令状を取れないかの確認に行って貰ってる」

「国家権力万歳ですね、それ」


 いくら科学技術がそれなりに発達しているといえ、ここは中世の南米だ。

 日本とは違い、それなりの地位にある軍人が「これをやらせろ」と言えば強権発動でだいたい通ってしまう世界でもある。


 敵に回ると厄介極まりないが、味方でいるうちは実に頼りになる。


「令状取れました」


 噂をすれば……というやつだ。

 リプリィさんが捜査令状を片手にこちらへ走ってきた。

 これで合法的にホテルに踏み込むことが出来る。


 ここでカーターが居れば、お仲間か無関係な誰かなのかはすぐに分かっただろうが、いないのは仕方がない。とりあえず「敵」という認識で捜査を行いたい。


「では行きましょう、ホテルに」


   ◆ ◆ ◆


 小高い丘の上で建てられた高級ホテルは、豪華さと静けさを兼ね備えた空間だった。

 ロビーには大理石の床が広がり、シャンデリアの光が柔らかく反射していた。


 そこ高級ホテルに似つかわしくない場違いな俺達が踏み込んだことで、ホテルの従業員が何事かと慌てて駆けてきた。


「本日、このホテルに関する調査を行います。協力をお願いします」


 先頭に立ってたリプリィさんはそう言うとその従業員に令状を突き付けた。

 従業員はその令状を見るや否や「上の者に繋ぎます」と奥の方に慌てて飛び込んでいった。


 ややあってホテルの支配人らしき痩せた人物が姿を現した。


「私共の分かることでしたら」

「三日ほど前から女性の一人客が滞在していると思う。外国人だ」


 落ち着いた語りの支配人にリプリィさんが端的に要件を伝えると「ご案内します」と支配人が階段を登り始めた。

 リプリィさん、ランボー、コマンドーの二人がそれに続く。


「洋画で見た」

「本当にやるんですね、こんな感じの調査」


 慌てふためく従業員を横目に、醤油が入った壺を抱えた俺とモリ君、エリちゃんの三人が続く。

 ホテルの宿泊客らしき人物が数人、ドアから顔を出しているのを見たので「すみませんお騒がせします」と手を振っておく。


「それで宿泊客の名前は?」

「レイナ=ロハとサインにはあります」

「他に同伴者は?」

「お一人のみの宿泊となっております。料金は一週間分を現金先払いでお支払いいただいております」

「このホテルだとそれなりの金額のはずだが、それを現金一括で?」

「はい」


 このホテルは一泊でもそれなりの金額になるだろう。

 現代の地球のようにクレジットカードや振り込みで一括払いなどが出来るわけではない。

 現金一括で払おうと思うと、その硬貨を詰め込んだ硬貨の袋はかなりのサイズ、かなりの重量になると予想されるのだが、それをわざわざ持ち歩いていたのだろうか?


「この奥の部屋です」

「分かった。感謝する」


 支配人は三階階段を登り切った踊り場で立ち止まり、廊下の奥の部屋を指さした。

 

 リプリィさんは支配人から鍵を受け取って自分は廊下の奥へと進んでいく。ランボー、コマンドーの二人が銃を構えてそれに続く。


「すみません、ナイアさん。軍のリプリィと申します。少しお話をお伺いしたいのですが」


 リプリィさんが扉をノックしながら中に向かって呼びかけるが返事はない。

 ノックと呼びかけを三回ほど繰り返した後に扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。


 ガチャリと音を立てて鍵が開いたのを確認して、まずランボーとコマンドーが銃を片手に勢いよく踏み込む。

 豪華なスイートルームの内装が一瞬で視界に広がった。


「クリア!」

「誰もいません」


 リプリィさんと俺達がそれに続く。


 だが、内側から施錠されていたにも関わらず、中には誰もいなかった。

 それどころか、人がいた痕跡すら確認出来ない。


 ホテル支配人の話によれば、女性はこの部屋に三日滞在していたはずだ。


 ソファーやベッドのシーツに皴一つなく、床にゴミ一つ落ちていたのは、ホテルの従業員が定期的に掃除やベッドメイクしていたとも考えられるが、それを差し引いても三日間同じ人物が宿泊していたのならば何かしらの痕跡は残るものだ。

 

 別の部屋と間違えているのだろうか?

 それとも、部屋を借りただけで全く使用していないのだろうか?

 それとも、女は着替えもせず、シャワーも使わず、ソファーやベッドを使うことなく、三日間この部屋の中央でずっと棒立ちのまま突っ立っていたというのだろうか?


「この窓から逃げたんじゃ?」


 エリちゃんが壁際にある換気のためにであろう、開けられたままの窓を指した。

 確かにその窓は人一人なら余裕で通ることが出来るくらいの大きさはある。

 ただ、ここは三階だ。ドレスを着た女性が窓から飛び出したところでどうなるところでもない。


「いたよ! 向こうの方に逃げてる!」


 窓の外に首を出したエリちゃんが声を上げた。

 俺達は慌てて詰めかけるが、それらしい影は何も見えない。


「無茶苦茶速い。どんどん遠ざかってる」

「いや、全然見えないんだが」

「いや、あの通りのところ」


 エリちゃんが指差すが、その方向を見ても俺の目には何も見えなかった。


「本当だ。赤い点みたいなのが見えます」

「点じゃなくて人!」


 モリ君は点のようなものではあるが、視認できたようだ。


 そういえば山の遺跡でワイバーンの存在に一番最初に気付いたのはエリちゃんだった。

 モリ君はやや遅れてそれに気付き、俺は結局至近距離に近付くまで目視出来なかった。


 リプリィさんやランボー、コマンドーも俺と同じように見えないと言っているので、別に俺の視力が劣ると言うわけではなく、二人が優れているだけだろう。


「追いかけなくていいの?」

「しかしこの距離では……」


 確かにこの三階の部屋から一度階段を降りてホテルを出て……とやっている間に逃げられてしまうのは間違いないだろう。


「大丈夫、ちょっと走って行ってくる」


 エリちゃんが何の躊躇もせずに三階の窓から飛び降りた。


「ちょっ、エリス!」

「何やってんのエリちゃん!」


 俺達の心配を他所にエリちゃんは窓から飛び降りると何事もなかったかが如く華麗に着地を決めて、ホテルの敷地を抜けて土煙を上げて駆けだしていく。


「モリ君はあれと同じことは出来る?」

「出来ると思いませんが、エリス一人を行かせられません。俺も追いかけます」


 モリ君はそう言うと部屋を飛び出していく。

 こうなっては俺もここで待っているわけにはいかないだろう。


「すみません、後の始末について任せます。俺達はあの女を追います」

「それは分かりましたが、どうやって……」

「追いつくのは簡単です。ただ、あの女はどうすれば良いんですか? 捕縛ですか? それとも聞き込みだけですか? 殺傷はありですか?」


 念のために方針だけは確認しておく。

 追いかけて交戦した後に重傷を負わせましたが、法律上その行為はダメです。

 と言われても後の祭りである。


「出来れば事情聴取です。ただ、今回はこちらの調査から逃亡したということで公務執行妨害の現行犯として拘束することは可能です。ただ、怪我はともかく殺傷に至った場合はフォローできません」

「なるほど、ありがとうございます」


 殺すのはダメ、傷つけるのはOK。出来るだけは会話。

 方針は理解できた。


「では追跡します。多分、今のペースだと俺が一番最初に追いつけます。なので、リプリィさん達はホテル内に他の仲間がいないか、あの女は痕跡を残してないのかの確認をお願いします」


 俺はそう言うや否や、醤油の入った壺をリプリィさんに預けて、鳥を一羽召喚して使い魔として肩に乗せる。

 俺の視力では離れた距離にいる赤い女を視認することは出来ないが、はるかに視力が優れている使い魔の目を通してならば話は別だ。


 箒に跨り、開いた窓から勢いよく飛び出す。


 ランクアップによって最大速度が増した箒によって、俺と赤い女の距離はどんどん狭まっている。

 眼下ではエリちゃんが土煙を上げながら爆走しているのが見えた。


 エリちゃんも十分駿足だが、さすがに道なりの移動なので、何も障害物のない空中を飛行できる俺の方が赤い女に到達するのは早いだろう。

「先に行ってる」と声を掛けた後に赤い女へ向かって飛行する。


「さて、こんなことを出来る奴がただの金持ちの情婦ってわけはないんだろう。話を聞かせてもらうぞ赤い女!」

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