Chapter 14 「カーター」

 ようやく最初に着ていた魔女の服が洗浄……もとい洗濯から戻ってきた。


 病院服を脱ぎ捨てて、リプリィさんが届けてくれたそれに着替えていく。

 フリルブラウスの袖を通し、ハーフパンツを履く。

 更にその上から何の飾り気もない真っ黒のローブを被るように着る。

 最後に黒い三角帽を被れば久々の魔女スタイルの完成だ。


 この身体に変えられてからそれほど日数は経ってないというのに、この服装には既に安心感のようなものを感じている。

 晴れ晴れとした朝に石鹸の良い匂いの服を着るのは実に気持ちが良い。


 破損した箒だけは手元にないが、箒自体はそれほど調達難易度が高いものではないだろうし、後で気に入りそうな物を探してみよう。


 その時、頭上で笛のような音が聞こえた。

 声の主……群鳥で呼び出される青白い光で構成された鳥の一羽が、呼んでもいないのに勝手に現れて肩の上に停まった。

 特に命令を与えていない状態だからなのか、羽を広げて毛繕いのような動きを取り始めた。


 こいつめ、服を再び鳥の臭いに染めようとしているな。

 しかし、自動操縦だからと言って、ここまでリアルな鳥を再現しなくても良いだろうに。


 鳥のあごの下を指でつついて「こいつめハハハ」と遊んでいるところにリプリィさんがやってきた。

 どうやら俺の着替えが終わるのを待ってくれていたらしい。


「準備が済んだようですので、集合場所までご案内します」


 世話になった医師と看護師に礼を言って病院を後にする。


「もう集合場所にみんなは集まっているんですか?」

「はい。モーリスさんも、エリスさんも、カーターさんもお待ちですよ」

「そうか。なら急がないとな」


 二日ぶりに二人に会える。こんなに楽しみなことはない。


 思えば、この世界に来てからこの二人とこれだけ離れたのは初めてなのか。

 まさか、見ず知らずの高校生二人とこれほど仲が良くなるとは思わなかった。


 ……ところで、カーターって誰?


   ◆ ◆ ◆


 俺とリプリィさんが軍の基地に到着すると、そこでは既に五人が俺達の到着を待っていた。


「ラビさん体調はもう大丈夫ですか?」

「ああ、モリ君の回復能力のおかげで助かったよ。傷も治ったし、丸一日たっぷりリフレッシュ休暇をもらって惰眠を貪らせてもらったおかげでスッキリ。体調も万全だ」

「今度は無理しちゃ駄目ですよラビちゃん」

「わかってるよエリちゃん。もう命を投げ捨てるようなことはしない」


 まずはモリ君とエリちゃんの二人と再会を祝す。


「それでこちらの二人は?」


 俺はリプリィさんに尋ねる。

 存在感を隠すことなく腕組みをして立っている巨漢が二人そこにいた。

 身長は190cm近いだろうか。

 二人とも筋肉隆々で軍服の上にタクティカルジャケットのような防護服を付けている。


「今回の作戦のサポートとして、軍の中から白兵戦に特化した精鋭二人を選り抜きました。軍からは私と彼らと私が貴方達に同行します。自己紹介を」

「サンクです。よろしく」

「私はサティンクです。よろしく」


 二人のムキムキマッチョマンと握手をする。

 軽く握手をしただけだが、手の大きさと筋肉からかなりの握力が有ることが分かる。

 見た目の筋肉量といい、これは頼りになりそうだ。


 ただ、二人はサンクの方は若干長髪、サティンクは短髪という以外に区別を付け辛い。

 名前もよく似ているので間違いそうだ。

 とりあえず脳内で区別を付けるためにサンクはランボー、サティンクはコマンドーという呼称で呼ぶことにする。


「ということは、全部で六人で拠点を叩きに行くということですか?」

「何を言ってるんですかラヴィさん、自分が勘定に入っていませんよ。総勢七名です」

「いえ、俺を入れても六人では?」


 リプリィさんの言うことが何一つ分からない。

 俺とモリ君エリちゃんの仲良しトリオ、リプリィさんとランボー&コマンドーの六人ではないのか?


 一人ひとり指差し確認を行っていく。

 1、2,3,4,5、6

 一番端に七人目、スーツ姿のサラリーマンのような様相の若い男がいた。


 スーツは吊るし売りの既製服ではなくオーダーなのか、体形にピタリと合っていてスマートな雰囲気がある。使われている生地も上等そうだ。髪は短めの髪を清潔にまとめている。


 この世界でなければ仕事の出来るエリートサラリーマンという雰囲気なのだが、何せ明らかに世界観からは完全に浮いている。


 持っている武器がやけに近代的なライフル銃なのも更におかしい。

 ウィリーさんの持っていたライフル銃は古い西部劇でよく見る形状のものだ。

 この国の兵士達が持っているのは更にそれより前のマスケット銃や種子島より少し進化した程度の古めかしいもの。

 それに対してカーターが所持しているのはもはや現代のライフル銃と何も変わらない。


 カウボーイのウィリーさんを最初に見た時は大概浮いていると思ったが、それ以上の浮きっぷりだ。


 本当にこのゲームの世界観がさっぱり分からない。

 ファンタジーゲームではなかったのか?

 

 顔には全く見覚えがないが、リプリィさんがどこかから連れてきたのだろうか?

 

「そうでした、紹介が遅れましたね。彼はカーターさん。彼は一昨日に地母神の遺跡から出てきたところを私達が保護しました。どうしても貴方達に協力したいとの申し出でしたので、今回ご協力いただくことになりました」

「やあどうも、カーターです。よっろしく!」


[カーター SSR]


 妙にテンションが高いカーターがスッとカードを見せてきた。

 カードのフォーマットは名前、三つのアイコンと俺達と同じもののようだ。


 ただ、その下のフレーバーテキスト、そのキャラクターの情報欄が空欄だ。

 俺でさえ「ハ、ハロウィンです。クッキーをどうぞ」という謎のキャラのセリフらしき文章が書かれているというのに。


片倉秀則かたくらひでのり二十八歳、山梨県在住の市役所職員で独身。蟹座A型。はい、他に必要な情報は?」

「いや、それだけ紹介していただけたなら大丈夫です。よろしくお願いします。片倉さん」

「カーターで。せっかく異世界なんだから、日本人名を名乗るのもちょっとな」


 カーターが呼び名について修正を要求してきた。


「わかりましたカーターさん」

「こちらこそよろしく、ラヴィニアちゃん。鹿島櫻子かしまさくらこちゃんと呼んだ方が良いのかな?」


 カーターと握手をしたが、何か違和感がある。

 うまく言語化出来ないが、奥歯に何かが詰まったような、そんなスッキリしない感覚がある。


「ああよろしく。あと俺の名前はラヴィ(ハロウィン)でその名前じゃないから。その名前はどこからの情報なんですか?」

「あれ、おかしいな。確かこんな名前だと聞いたと思ったんだけど……すまない、人の名前を覚えるのが苦手なんだ。悪かった、ラヴィちゃん」


 俺の名前を訂正するカーターを見て違和感は更に強まった。


 カーターが浮かべている表情は、俺の情報を誰かから事前に聞いていたものの、その情報自体に誤りがあったので、話が違うと知らない誰かに腹を立てている顔だ。


 この世界で俺のことを知っているのは、この国の軍関係者を除けば、モリ君とエリちゃん以外だとハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃん、そして眼鏡マンとタイツマン。


 ハセベさん達は遺跡の出口でどこかに転送されて行方不明だ。

 ハセベさんとこの男と何処かで会ったとは思えないし、そもそもハセベさんなら俺は櫻子ではなくて佑だということは知っている。


 この微妙に情報が間違っているあたりから察するに、情報源は例の眼鏡マンかもしれない。

 眼鏡マンと裏で繋がっているとなると、明らかに敵である。


 眼鏡マンならまだマシかもしれない。


 これから巨人とユッグを召喚した連中の潜伏先らしき場所に向かうというこの状況で、急に現れた謎の人物だ。敵のスパイ、もしくは召喚者本人が殴り込みをかけてきたという可能性は高い。


 今のところ俺達と目立って争うような様子は見受けられないが、いつ敵対関係になるかは分からない。

 杞憂で終わるのなら別に良いが、言動には警戒しておいた方が良いだろう。


 モリ君とエリちゃんにも注意するように後で伝えておこう。


   ◆ ◆ ◆


「これから向かう場所は、巨人が最初に目撃された漁村です。残念ながら、巨人が暴れたことにより現在は廃村になっていますが」


 リプリィさんが地図を広げて今回の作戦の概要の説明を始めた。


「巨人の移動ルートについては、当初は巨人の気まぐれだと思われていましたが、被害状況を再分析した結果、この漁村から首都方向にある集落を荒らしながら進んでいることが判明しました。これは、ユッグの発生地点についても同様です」

「この漁村に何かがあると?」

「単に海中からここに上陸しただけとも考えたのですが、この漁村より以北には一切ユッグの被害が発生していないことが判明しました。それで斥候に調べさせたところ、この漁村から山を隔てた北の街に、誰も素性不明の不審人物が定期的に日用品を買いに訪れてきているという報告が有りました」


 地図に漁村と、そこから若干離れた場所にある町に石が置かれる。


「この不審人物は、街に手漕ぎの小さなボートに乗って訪れ、荷物を買い込んだ後はボートで南の方に去っていくという話です。南の方向には巨人に破壊された廃村しかないというのに」


 確かにその行動は不審すぎる。

 仮に巨人やユッグと無関係だとしても、まるで怪しんでくれと言わんばかりに行動が不自然すぎる。

 怪しすぎて何かの陽動を疑ってしまう。


「巨人やユッグが北の街を襲わないのは、ここを潰してしまうと自分の生活に支障が出るからということですか?」

「もちろん、ただの陽動である可能性もありますが、この不審人物が何らかの鍵を握っていると考えられます」


 ここでカーターが身を乗り出した。


「だがそれだと流石に根拠に乏しくないか? 今の話だとちょっと怪しい奴がいた、たまたまそいつが現れた街で被害がなかったというだけで、巨人や蛆虫との関係性が見えない」

「もちろんです。そこでこの場所に何か理由が有るのではないかと調べてみましたところ、この周辺に旧文明が残した遺跡があることが確認されました」


 リプリィさんが村と北の街の間にある海岸に別の石を置いた。


「私達の国が出来るよりはるか昔に、この大陸を支配していた国が有ったそうです。それらの国が残した遺跡が国内のあちこちに点在しています。あの地母神の遺跡のような『神と交信するための場所』という伝承が残る場所です」

「つまり、オレ達のように別の世界から何かを呼び出すためのシステムがあると?」

「単に遺跡だけを見て異界からのだの、神と交信するだの言っても荒唐無稽なオカルト話でしかありませんが、突然現れた不審人物、巨人、ユッグ……これらの偶然が重なるとなると話は別です」

「なるほど」


 カーターはその説明で納得したようだった。


「二つまでならただの偶然の可能性も否定できないが。三つ重なったら何かしらの必然があるということか」


 俺もこの推論に異論はない。


 しかし、モリ君とエリちゃんは先程から完全に無口で置物状態なのだが大丈夫だろうか?

 ちゃんと話に付いて来れているだろうか?


「あの山の遺跡みたいなものってそんなにたくさんあるんですね」

「もちろんですよ。この海岸だけではなく、都市開発がされたこの首都の近くにも色々と残っています。たとえば、ここから近くのナスカという場所にある山からしか見えない地上絵は、今では観光地としても有名になっていて、多くの人が観光に訪れています」


 なるほど、ナスカの地上絵か。

 確かにそれは世界的にも有名な場所だし、観光地になってもおかしくはないだろう。


 うん?

 たった今、おかしな単語を聞いた気がする。


「ナスカ? ナスカってあの地上絵があるナスカ?」


 思わず大声が出た。


 いや、ここは異世界ではなかったのか?

 何故ここでナスカの地上絵の話がここで出てくるのか?


「はいナスカ高原ですけど、何かありますか?」


 リプリィさんは何がおかしいんだとばかりに逆に尋ねてきた。


「いや、ナスカというのは俺達の世界にもある鳥の絵なんかが描かれた場所の地名なんです」

「鳥の絵は有名ですね。私も子供の頃に両親に連れられては見に行きました」


 最初に投げ込まれたマチュピチュのような遺跡

 軍の基地で提供された南米料理。

 そしてナスカの地上絵。


 前から疑念に思っていたラインが全て繋がった。

 繋がってしまった。

 一応念のために確認してみよう。


「あの、もしかして南の方にチチカカ湖とかいう大きな湖があります?」

「ティティカカ湖ならありますね。南の州の管轄で私は訪れたことはありませんが」

「では、首都の名前はリマ、もしくはクスコとか言ったりします?」

「クスコです」

「この国の名前はペルー? それともインカ?」

「違います。タウンティン・スウユ、四つの州の連合国と意味です。インカという名称は太陽神インティの民という意味で一部宗教でしか使われていない呼び方ですね」


 ……やはり間違いない。

 ここは南米、それも現在だとペルーやチリにあたる場所だ。


 そこにかつて栄えていたという滅亡する前のインカ帝国。

 そのインカを五十年前だか百年前だから呼ばれた日本人が好き放題に魔改造を加えまくって歪に進化させたのがこの国、タウンティン共和国なのだろう。


 冒険者ギルドの存在もなければ、定番モンスターがいないのも当然だ。


 ヨーロッパの商工組合から生まれた寄り合い組織であるギルドが南米に存在してるわけがないし、 ファンタジー世界で定番のモンスター類、ゴブリンだかオークだかエルフだかが征服軍コンキスタドールより先に大西洋をわざわざ渡って来るとは思えない。


 今からユッグの発生を止めるために戦いに赴かないといけないというのに、戦いに集中出来ない余計な情報が入ってきてしまった。

 なんで異世界転生で南米ベースの世界なんだ……

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