37th sg ともだち
「……でさ、そういうわけなんだよ」
駅前のハンバーガー屋でポテトを頬張りながら荘真がそう言った。
「お前な……ポテト食べるか喋るかのどっちかにしろよな」
「仕方ないだろ、食べたいし喋りたいんだから」
荘真の行動と発言に半ば呆れつつも荘真らしいと割り切って気にするのを辞めた。
ふと気配を感じると、横の席には柊愛と柊愛の友達と思われる人が二人座っていた。
「……あ」
「お兄! 学校以外のお兄久しぶり、好き」
「柊愛か、珍しいな。ハンバーガーなんて食べてるとこ見たことないのに」
「ん、はじめて来た」
僕も放課後に柊愛を見たことはあまりなかったから何だか新鮮な気分だ。
半年ほど遅れての登校ではあったけどちゃんとクラスに馴染めているようで安心した。
安心できない点としては、柊愛が僕に対して簡単に『好き』と言っていることと、それを普通に受け入れて会話をしている僕自身のことだろう。
何のツッコミもいれずにそのまま会話を続けた自分に気づいたとき、僕は少しゾッとした。
非日常が日常になっていく間に立っているみたいでなんとなく恐ろしく感じたのだ。
「この人があのお兄さん?」
柊愛と一緒にいた子のうちの一人が柊愛に聞くので、気になってしまいつい『あの?』と聞いてしまった。
すると今度はもう一人の子が答えた。
「はい、柊愛ちゃんいっつもお兄さんがお兄さんがって話すんですよ。だから私たちも何となく気になってたんですけどまさかお会いできるとは思ってなかったので」
「は、はあ。そうなんだ」
柊愛が友達にそんなことを……。
正直今まで軽く流していた部分はあった。そりゃあ身内だし急に結婚とか言われても『いやいや……』とは誰でもなるはずだ。
だからこそ、柊愛の口から結婚という単語は『将来はお父さんと結婚する』と言う幼い子供の言葉と同じ感覚で捉えてしまっていた。
柊愛は真剣に考えてくれたことを僕は蔑ろにしてしまっていたのではないかという悔恨の念に駆られた。
こんなにも純粋な想いをぶつけてくれる人は今までいたのだろうか。
「ちょ、ちょっと! ふたりとも余計なこと言わなくていいから!」
「えー? でも本当のことだよ? せっかくならお兄さんにも話したほうがいいんじゃない?」
「全然そんなことないよ!」
珍しく焦っている柊愛に僕はたいそう驚いた。
僕といるときは落ち着いているし、まあ落ち着いていると言っても僕に結婚を迫るくらいしか柊愛は言っていないのだが。
「お兄も何か言ってよ!」
「あー、お店の中では静かにな。あと、微笑ましいから続けてくれ」
「お兄まで!」
その後も柊愛たちが会話しているのを見ながら、僕が見たことのない表情をする柊愛に驚嘆するのだった。
◆
「……なあ、颯太。俺のこと見えてるか?」
「は? 当たり前だ、お前がずっとすげー真剣な顔でポテト食べてるの見てたぞ。柊愛たちも見てたけど真剣すぎて声かけていいのか分かんなかったみたいだけどね」
「まじか」
「まじだ。現に今も隣にいるぞ」
「……あっ、お邪魔してまーす」
僕の隣からひょこっと出てきた柊愛の友達に荘真はたいそう驚いていた。
「ほんとにいた。そういえば名前知らないなーなんて」
「あ、すみません。名乗ってませんでしたね。私は真島でこっちが新田です。これからよろしくお願いしますね、先輩」
荘真の言葉に反応したのは茶色がかったボブの明るそうな女の子で、彼女の紹介にペコリと頭を下げたもう一人は丸メガネに茶色がかったハーフアップの髪型で大人しそう、という印象だ。
これは僕ではなく荘真が言ったことだが、ふたりともものすごく可愛い。
野球とかスポーツのように例えると、超高校級、というやつだ。
あとから聞いた話だが、ボブの真島さんはファッション雑誌の専属モデルをしてるのだそう。
一方で、ハーフアップの新田さんも小説家として活躍しているらしく、業界やファンの間では『文豪』と呼ばれているのだそう。
相変わらず、うちの高校は肩書がすごい人しかいないな。
「……よく見ると、先輩。結構イケメンですよね」
真島さんが唐突にそんなことを言った。
無論、僕ではなく荘真に、だ。
「よく見ると、ってよく見ないと格好良くはないか……」
「いえ、そんな事ないですよ! ずっとイケメンですよ、本当に今日会ってからずっと!」
荘真には、それが慰めのように感じられたみたいだけど、僕は違和感を汲み取っていた。
簡単に言えば、おいまじか、というような話。
僕は初めて人が一目惚れする瞬間を見た気がした。
『おい、柊愛。真島さんさ……』
『うん、知ってる。柊愛がお兄の教室行くとき二人もいるときあるから。その時からお兄の前の席の人かっこいいって言ってた』
『そ、そうなんだ。……まじか』
僕があっ、と気づいたこともそれは既に前からあった感情であったことと知り、少し残念な気持ちになった。
『安心して、柊愛はお兄一筋』
『え、あ、ありがとうな』
冗談で言っている柊愛じゃないと分かると、途端にどう反応すればいいのかわからなくなる。
海外じゃ、好きとか、愛してる、だなんてただの愛情表現で日常で飛び交う言葉であるろう
けど、日本では海外みたいにストレートな愛情表現はあまりしないから、幼い頃からそれが染み付いて突然くるストレートで純粋な愛に戸惑ってしまうのだ。
『お兄?』
『いや、何でもない』
「二人とも何話してるのー!」
僕らがコソコソ話しているのが気になったのか、真島さんは明るい調子で話しかけてきた。
真島さんと知り合ってからというものの、会話が真島さんを中心に回っている気がする。
これが、明るい人のコミュニケーション能力か……と感心する。
「いや、別に面白い話してないよ。お兄が婚姻届にサインしてくれないなっていう話」
全くそんな話をしていないし、微妙に僕に釘を差してくる柊愛に少々呆れたものだ。
「あのな、柊愛。結婚は僕も柊愛も18歳にならないと出来ないんだぞ?」
「じゃああと2年、柊愛といっぱい愛を育んでその後結婚していっぱいイチャイチャする」
「あのなあ……」
こういうときの柊愛は僕が何を言っても上手いカウンターをしてくる。
それを言われると、僕は何も返せないのだ。
「え、え? あれ、でもお兄さんですよね?」
僕らの会話に兄妹なんじゃ、という疑問を抱いている真島さんと新田さんにしっかりと話しておくことにした。
「柊愛はお兄って呼んでるけど、僕と柊愛ら従兄妹なんだよ。……で、従兄妹は四親等に当たるから法律上結婚ができるみたいなんだ」
「あー、な、なるほど……?」
二人ともまだ納得できていないようだった。
特に真島さんは。
まあ、無理もない。何親等とか法律上許される、とか普段から頻繁に聞くことじゃないし、僕だって柊愛から聞いたときは耳を疑った。
「……颯太、そうだったのか」
「ま、そういうことだ」
「……じゃあ、星衛先輩は柊愛ちゃんと将来夫婦に?」
僕の言葉を聞く前に二人はきゃー、と手を合わせていた。
「いや、僕は……。……まだ分かんないや、そうなるかもしれないしならないかもしれない。ごめんね、中途半端な回答で」
「い、いえ、私の方こそ変な質問してすいません」
会話が途切れたところでキリをつけて、僕らは解散して帰路についた。
◆
ただいま、という声に返事をする雰囲気はない。
父さんは母さんに会いに行くために一時的にアメリカへ渡った。
何か大事な用があるのだそう。ま、僕には関係ないみたいだし詮索はしないけど。
桜華祭の準備は順調に進んでいるみたいだけど、買い出し組の僕は買ったものを玄関で渡して、また買い出しに行くというのを繰り返しているせいであまり進捗を知らない。
帰ってきても、準備時間終了後は保管室で保管されるため作成したものをみることもない。
だから、学校とお店を往来しているだけの僕がクラスに貢献できているのか全く分からない。
買い出しに行けば、カップルのイチャイチャを見せられ、学校に戻れば片付けももう済んでいて帰るだけ。
そんな生活を続けて、もう桜華祭まで一週間を切っていた。
そろそろ、何でもいいから癒しが欲しい、なんて柄でもなく願ってしまっていた。
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