26th sg 夏祭り②
腕時計を見ると、午後五時半を指そうとしていた。
駅から会場までの道を一人、考え事をしながら歩く。
未だ熱が冷めきらない僕の胸はどうかしているみたいだった。
優希に対して恋愛感情は抱いたことがない。小さい頃から遊んでるし、同い年の幼なじみっていう感じ。あいつもきっとそう思ってるはずだし、僕に対して恋愛感情があるのだとしたらそれは、物凄く驚く。
優希のことは可愛いとは思う。けど、恋愛的な意味にはどうしてもならなくて、長い付き合いの中でそう変化してしまったのだろうと思うと、そういうものかと思いつつ少し悲しくなるような気もする。
「あ! 颯太こっち!」
聞き覚えのある声がどこからか聞こえてきた。
ふと顔を上げると入口の所でピョンピョンと跳ねながら手を振る優希がいた。
鮮やかで、でも優しさも感じる花柄のオレンジ色の浴衣。
夢で見たな……これ。よく見ると花柄は少しだけ夢と違うけど抱く印象も浴衣の色も同じだ。それに、髪型さえも同じみたいだ。
夢で見た事と同じことが起こっていて動揺してしまう。
「ごめん、待たせちゃって」
「全然、待ち合わせ時間までまだ時間あるし。私は思ったより着付けが早く終わったから先に来ちゃった」
「あ、ああそうなんだ。ま、でも待たせたのに変わりはないから謝っとく」
「そ、そっか」
いつもよりも僕らの会話はそっけなかった。
仲が良いとはいえ、二人でどこかに行くという事は今までしたことが無かったからだろう。
もしあの夢を見ていなかったら今の僕は冷静でいられなかったと思う。
いくら幼なじみだとしても、学年で一番の美少女に選ばれているわけだし桜華スリーという点だけ見れば同じく桜華スリーであり元アイドルである沙那とも肩を並べているということだ。
そう考えると、優希ってすごい。勉強もできる、スポーツもできる、めちゃくちゃかわいい……まじで完璧じゃねえか。
「じゃあまだ時間あるし、ちょっと屋台みて回ろっか!」
「そうだな。お腹もちょっと空いてるしちょうどいいかもな」
こういう時、男がリードした方が良いのかもしれないけど、なぜか凄い張り切ってる優希に「今日は私がリードするから!」と言われた手前、口出しすることは出来ない。
というよりも、優希もリードするって言うってことはあっちもデートだと思ってるっていう解釈でいいのか。
そう思うと、僕の中で緊張が占める割合が増えてきてしまうのだが……
「颯太、私りんご飴食べたい!」
「りんご飴か……実は食べたことないんだよな」
「えー⁉ それ人生の半分ともう半分損してるよ?」
「100%じゃねえか。でも……そうか、そこまで美味しいなら買ってみようかな」
「そうしよそうしよ!」
今日の優希はいつもよりふわふわしている。終始笑顔で、楽しそうだ。
いつも明るい所が良い所だけど、今はいつも以上に感じる。
ほんと……こういう所はまだまだ幼くてかわいいよな。
「……はい、りんご飴二つで800円ねって言いたいけどカップルさんに特別で400円にまけとくよ。祭り、楽しんでな」
「えっ⁉ あー、えっとありがとうございます。おじさんも暑いので倒れないように気を付けてくださいね」
「そりゃ、お気遣いどうも」
難しい顔をしてるけど、心優しい屋台のおじさんがりんご飴を半額にしてくれた。
カップル割、みたいな感じらしいけど……そっか、そうだよな。
傍から見たら、僕と優希は恋人に見えるんだよな、嬉しくないと言えば嘘になる……けどやっぱり大切な幼なじみだから、どうしてもそういう関係に結び付く未来が見えない。
優希も幼なじみの友達って思ってそうだし、屋台のおじさんには嘘をつくような感じになって少し申し訳ない。
りんご飴を買い、たこやきに焼きそば、と花火への腹ごしらえは完璧と言っていいだろう。
あとは、チョコバナナとかベビーカステラとか、暑いしかき氷でも買えばより完璧を目指せるんじゃないだろうか。
「……私たち、恋人に見えるのかな?」
唐突に、優希がそう切り出した。
「まあ、夏祭りに男女二人だし、ただの男友達と行くのに浴衣は着ないと思うしな、普通は」
「ふーん、そっか。っていうか、私まだ感想貰ってないんですけど?」
「ん? ああ、りんご飴結構美味しいな、ハマるかもしれない」
「そっちじゃなくて!! 私のこの浴衣姿に対する感想を聞いてないってこと! 私から言わせた罰として1000文字以上で具体的に述べよ!!」
僕が冷静でいられたのには、夢を見ていたからの他にも理由がある。
あえて浴衣の話題から離れ、屋台に集中することで他の話題を会話の中心にもっていき浴衣の話題、という存在を少しずつ消していっていたから。
これも理由の一つに挙げられる。
しかし、会話の中で自ら墓穴を掘り、「浴衣」という単語を出してしまったのだ。
そのおかげで優希は見事なまでに思い出し、現在進行形で僕に感想を問いている。
「やらかした…………あえて避けてたのに」
「え? なんでそんな……」
「いや、悪い意味はないんだ。……言うしかないよな。正直、めちゃくちゃ似合ってるし、本当に可愛いと思う。普段見れない優希が新鮮だし、意識してないと冷静じゃいられそうにない」
ありのままを言うのはやはり恥ずかしい。
でも、何となく少しスッキリした気がする。恥ずかしがって言わないのは、隠し事をしているみたいで僕は少し苦手だから。
「……っ! え、まじ?」
「……まじだ」
熱くなる顔を手で押さえるけれども、その手も既に温まりきっていた。
熱気を帯びた耳はやけに敏感で、僕らのこの空気を初々しいカップルの会話だと思い込んで会話をしている他の客の声すらも明瞭に僕の脳へ届けてくる。
「そ、そっかー。あ、えと、嬉しい、けどまさかそんな風に思ってくれてたなんて知らなかったからちょっとびっくりしてる。…………颯太」
「……なんだ?」
「お祭りってこんなに楽しいんだね」
「…………そうだな」
はにかんだ笑顔で言う優希に少し驚きつつも、僕はまた冷静に返事をする。
僕はいつまでもそれを絶やしたくないと思う、まだあどけなさが残る優希の可愛いらしい笑顔を。
優希の笑顔に応えるように僕もずっと笑って過ごしていたい。
だからこそ今だけは、僕は優希のことを好きだと勘違いしてもいいのかな、なんて柄にもないことを考えてしまう。
好きが、恋が、分からない僕にも何となく今はそれがわかる気がした。
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