21st sg 乗り越えた先に

「いやー! おつかれ、皆」


「おつー!」

「おつかれー!」

「おつかれさま」


 テストが終わった次の日の放課後、僕は沙那と優希と荘真と四人でカラオケに来た。


「……それにしても、時間的には短いはずなのに……長い戦いだった……」


 荘真は完全に疲弊しきっている様子。


「まあ、せっかくカラオケ来たんだし、テストなんて忘れてパーッと歌っちゃおうよ!」

「ええ、そうね。私もカラオケなんて数か月ぶりだわ」

「沙那さん、カラオケとか来るんですね」

「そりゃあ、自主練、じゃないけど持ち歌歌いに来たりとかするし」


 そうだよな、沙那さん、アイドルだし。真面目だから、人一倍努力してるし。


「じゃ、じゃあ沙那ちゃん歌ってって言ったら歌ってくれたりするの⁉」

「ちょ、おい優希。そういうの失礼って言うだろ」

「……私は全然いいよ。好きな曲だし、歌いたい」


 ニッと笑って沙那は言う。この人、優しすぎるんじゃないか? サービス精神旺盛なのは良いけど、誰にでも優しすぎるといつか危ない目に合うんじゃないかと心配になる。沙那のことだから大丈夫だとは思うけどやっぱり少し心配だ。


「わるい、申し訳ないんだけど俺はちょっと寝させてくれ。流石にテスト期間フル徹夜はしんどすぎた。許してくれ」

「ったく、仕方ないな。エアコンガンガン効かせてるんだから風邪は引くなよ。それと、起きたら枯れるまで歌わせるからな……」

「あ! 颯太が悪い顔してる」

「あんな顔するのね、初めて見たわ。仲良しっていいわね」


 優希は半ば呆れ、沙那は微笑ましく僕たちを見ていた。保護者感満載で見ている沙那に少々突っ込みたくはなったがやめておくことにする。

 それから、僕は最近の流行りの曲を歌ったり、優希がユアヒロインの曲を踊り付きで歌ったり、かと思ったらご本人様が歌って踊ってライブ会場みたいになったり、約束通り目が覚めた荘真に枯れるまで歌ってもらったりして時間が過ぎていった。


 時間も午後七時を回り、そろそろお開きかという頃、優希が突然口を開いた。


「ところで、さ。……皆夏休みは予定とかあるの?」

「え、いや、僕は特になかったと思う」

「私は最後の週はちょっと用事あるけどそれ以外は、引退してる身だし、仕事ないから」

「俺も! …………赤点が……なければ」


 その場にいた全員が荘真のテストのことを思い出し、察する。


「き、きっと大丈夫だよ! 補習だって四日増えちゃったけど、それが終われば自由だよ!」


 優希、それはもう荘真に補習があることが確定しているときのフォローの仕方ではないか?

 僕も沙那も何も言えない状況が続く。


「で、でもなんで急に? 優希は用事があったりとか?」

 沈黙を切り裂くように僕は会話を始めた。


「いや……せっかくこの四人で仲良くなれたし夏休みも遊びたいなって……ダメ、かな?」


 今度僕が誘おうとしてたことを、先に言われてしまった。結局、皆考えてることは一緒って訳だ。なら僕も沙那も荘真も同じ答えなはずだ。


「「「もちろん!」」」


「……! やった! じゃあじゃあ、私行きたい所があって…………やっぱり夏と言ったら『海』だと思うんだよね!」


 どうかな、とキラキラと目を輝かせて優希は同意を求めていた。


「いいわね、海。確か、初めて出たドラマの撮影以来行ってなかったかしら」


 確か、沙那のデビュー作品は『夕焼けが青く染まる頃に』という部活動に励む高校生の恋愛をテーマにした青春ドラマで視聴率は歴代一位を獲得したとかで話題になった。動画サブスクでも配信が開始されると瞬く間に話題となり年間チャートで一位になったとか。


 そう考えると、やっぱり今その沙那が目の前にいるって凄いことなんだよな。

 引退が発表されてたまたま公園で沙那に声をかけたらここまで仲が良くなるなんて、ほんと人生何があるか分からないよな。


「ちょっと颯太! なーに浸ったような顔してんのよ。で、颯太はどうなのよ」

「何が?」

「何が、って…………海に行くのでいいかっていう話よ。沙那ちゃんも荘真君も行くって言ってるけど?」


 呆れた口調で優希が言う。


「ああ、いや、聞いてたよ。もちろん僕も行くよ。こんな機会ないとめったに海は行かないしね」

「決まり! 詳しいことはLINEグループ作っておくから、そこで連絡するね!」


 嬉しそうに飛び跳ねて優希は言った。

 ほんと、こういう所はまだまだ子供だな。


「じゃあ私水着買わないと。一応、二年くらい前に買ったのはあるけど小さくて入らないかも」

 自分の胸元を見ながら沙那が言った。


「「……⁉」」

 突然の沙那のカミングアウトに僕も荘真もその場で石像になってしまう。


 二年でサイズが……変わる?

 僕も荘真も悟られないようにチラリと沙那の方を見るとそこには確かに、大きなものが二つ存在していた。

 夏の制服のせいでよりそれが変に目立ってしまい頭から離れなくなる。


「(離っれろ! 煩悩! 心頭滅却、心頭滅却!)」


 優希は何か察したのか小声で沙那に話しかけていた。


『沙那ちゃん沙那ちゃん、それあんまり大きな声で言わない方が良いかもしれない』

『え?』

『……ほら。男子たち気まずそう』

『あ。ごめんなさい、デリカシーなかったわ』


 まあでも二人とも気付いてないみたいだけど、ここカラオケだしマイクに全部音入ってるんだけどね。だから、僕にも荘真にも全部聞こえてる。

 このことは黙っておこう。賢く生きるためにも黙っておくことも時には大切だ。


 まあでも、無事にテストも終わって、夏休みの予定も決まり、今年の夏は楽しく過ごせそうで良かった。


 こうなったのも沙那のおかげだな。沙那がいなかったら僕らはいつも通りの夏だったし、引退してくれて嬉しい、なんてことは全くないけどでなきゃ出会えなかったわけだし。ある意味、感謝しかない。


 距離が妙に近かったのも、最近は無くなってきたし、まあ沙那が僕を好きになるなんてこと、無いしね。


そういえば、マネージャー見習いの件、まだ連絡ないけど会社の偉い人の許可がやっぱり大変なのかな。沙那の復帰もあるし、マネージャー見習いをしたいって奴が沙那と一緒に週刊誌に映ってるやつなのはハイリスクすぎるし。


まあでも今はとにかく、この夏を楽しもう。




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