第20話
早水先輩と小田副団長、2人の美少女からの視線を受けつつ、僕はゆっくり口を開いた。
「まず初めに言っておきたいんですが、この作戦は勝つためのものではないです」
「は?」
出だしから不快そうな表情を浮かべる小田副団長。待ってください。まだ続きがあるんです……そんな虫を見るような目を向けないで……
「そうですね……負け戦から大逆転、というものではなく、負け戦を一度リセットして振り出しに戻すという意味合いの方が近いと思います」
「と、いうと?」
「騎馬戦のルールの一つとして、『事前に騎馬を構成するメンバーとその騎馬が何番手なのかを届け出る必要があり、やむを得ない事情を除いてその変更は許可しない』というのがあります。しかし、裏を返せば正当な理由さえ在れば直前の変更も致し方ないということです」
「……?」
「怪我人ってやむを得ない事情だと思いませんか?」
「あっ」
驚いて声をあげる小田副団長。僕はそこからすかさず早水先輩から借りた資料を取り出す。
「あとは過去の戦績を加味して、騎馬の構成を変更します。具体的には敵の勝率が高いところには、あえてこちらの強くない騎馬を当て、こちらの主力は勝てるところにぶつけるんです」
例えば騎馬のレベルを5段階評価するとしよう。総合的に勝利を目指すなら、なにも敵のランクAの騎馬にこちらのランクA、ましてやBの騎馬を当てる必要はないのだ。敵がランクAの騎馬ならこっちはEランクレベルで良い。そこの勝負は端から捨てる。一方で、敵のランクBの騎馬にこちらのランクAの騎馬、敵のランクCの騎馬にはこっちはランクBの騎馬というように、それぞれの騎馬を実力に応じて適材適所に配置し直すのが本作戦だ。敵の主力にはこちらの弱い騎馬をあてて被害を抑え、敵の弱い騎馬、中堅程度の騎馬にそれぞれこっちの中堅、主力をあてて確実に勝利の数を増やす。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。怪我で出場できないのは俺だけだ。そんなに大量に入れ替えられないだろ」
ここで初めて松風が口を開く。ずっと動かないから話を全然聴いてないのかと思ったが、そんなことはなかったらしい。
「普通はそうですね。でも、『人数調整で同一人物が複数回出場する際、その回数は2回までとし、騎手のみ、騎馬のみでの出場は認めない。また、複数回出場する選手は連続で出場せず、必ず一戦あけて出場する必要がある』というルールを守ろうとすると、その調整は多騎に渡るんです」
前者のルールは、体育会系でガタイの良い生徒や高身長の生徒が出ずっぱりというのを防ぐことが、後者の場合は疲労蓄積による事故防止を目的としたルールだと思うが、これを理由にすれば構成をいじれる騎馬が増えるのだ。ちなみに、騎馬の土台を作る人物の間であまりに身長差があると安定性に欠け事故につながりやすくなる、という理由をつければさらにいじれる数が増える。
「なるほど……」
感心したように呟く早水先輩と、驚きの表情を見せる小田副団長。松風は慌てて以前配られた用紙で騎馬戦のルールを確認している。
「そんなに上手くいくの?」
「分かりませんけど、少なくとも5騎くらいはいじれると思います。勝ち点は一騎30点ですから意外とバカになりませんよ」
手元の資料をめくりながら先輩の疑問に答える。……最悪、奥の手を使えばプラス一騎入れ替えられる筈だ。
「これは、松風さんの怪我というデメリットをメリットに変換した作戦です。ルールの裏をかいた不意打ちみたいで褒められたものではないでしょうけど……どうしますか?」
僕は優しく目の前の小田副団長に問いかける。学ランの袖を数回撫でたかと思うと、顔をあげてはっきりとした口調で告げた。
「私は……負けたくない。その作戦、乗る」
決意に満ちたその姿は学ランも相まって、そんじょそこらの男子生徒より何倍もかっこよく見えた。
そこからは時間との勝負だった。騎馬戦は人気の高い目玉競技。午後のプログラムの終盤と盛り上がりのピーク付近に予定されているが、どの生徒をどこに移動させるか。体格や出場順などの考慮すべき点を押さえ、不都合が生じないか。軍全体にきちんと周知させられるか。そしてきちんと教師陣を説得できるだけの時間と弁を用意できるか。それら全てを満たそうと思うと、決して時間に余裕があるとは言えなかったからだ。
幸いだったのは、この騎馬戦の資料データが非常に詳細で有益だったことである。過去の戦績はもちろん、構成員の体格や所属する部活動、騎馬によっては対戦相手に対して実際にぶつかった際に感じたことの生コメントまで用意されている始末だ。
「この資料凄いですね。正直、こいつがないと作戦どころじゃなかったまであります」
「役に立ったならよかった。結構念入りに調べてまとめた甲斐あったよ」
だいたいのことが纏まりつつあり、余裕が出てきた頃、僕はずっと引っかかっていた疑問を口にした。
「あの、副団長」
「なんか他人行儀すぎない?小田でいいよ」
「じゃあ、小田先輩。一つ伺ってもいいですか」
「何?」
「ここまでして勝ちたい理由って何かあるんですか?」
その質問をすると、小田先輩は資料に書き込む手を止めた。そう、ずっと疑問だったのだ。体育祭の競技や文化祭の出し物などに一所懸命になるのは美徳だと思う。しかし、それを考慮しても小田先輩の体育祭に対する思いは強すぎると思ったのだ。騎馬戦に対してもあれだけ丁寧に資料を作成し、こうして今も必死に作戦を練っている。自分が出場するわけでもないのに、だ。なんというか、ただ真面目に行事に取り組む生徒としては行きすぎている感じが否めなかったのである。僕の問いに対して、先輩が口を開いたと思ったその瞬間、机を大きな影が覆った。
「すまん麻友!任せっきりで」
こうして近くで見るとそのガタイの良さがよくわかる。我らが応援団長のご登場だ。
「いいわよ別に。あんた他にも忙しいだろうし……第一あんたにこんな頭脳労働任せられないでしょ。バカだし」
「うん!返す言葉もない!」
そういえば、さっきまで必死だったから気が付かなかったが、男子団体競技なのにこの人全然作戦立案に関わってなかったな。……ていうか声うるさっ。
「だが話は聞いてる。その様子だともういいのか?」
「ええ、一応確認する?」
「麻友がやってくれたんだろう?そんな必要ない!」
「あっそ……」
ぶっきらぼうな返事と共に騎馬の変更を記した紙を応援団長に渡す小田先輩。しかし、その返事とは裏腹に多少頬を染めているのが僕にも分かった。もしかして……
「で、これをどうすれば良いんだ!?」
「教員に届けるに決まってるでしょ!ハア……やっぱそれ貸して。私も一緒に行くわ」
うーん、なんかいい空気だし2人だけにしときたいけど、僕も説明に行っといたほうが無難だよなぁ。でもなぁ……僕絶対邪魔だよなあ……
「あ、麻友。世良町君も連れてったら良い。もともと彼の案だし、先生に説明するならその場にいた方が良いはずだ」
「……でも、ここまででも十分なのにこれ以上は」
早見先輩の提案はまさに渡りに船。対して、申し訳なさそうな顔をする小田先輩に僕は言う。
「気にしないでください。乗りかかった船ですし、最後までお供しますよ」
「……ありがとう。じゃあお願いするわ」
そうして教職員の席に向かう2人に追従する。その時にチラリと早水先輩に目を向けると、グッと親指を立ててこちらにウィンクしてきた。……ナイスフォロー、ありがとうございます。ここまでやって、最後の詰めの甘さで計画がご破産になるのは避けたかったところだ。早水先輩の一言がなければ先生のところに行くタイミングを逃していたかもしれない。
……さて、あとは。
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