第5話ー4-2 貧弱な冒険者・後



無辜むこの民に仇なす邪悪なるゴブリン達よ、聞けッ!」

「ぎゃぎゃッ!?」


 例によって斜面を登れないエリックは、俺が背負うことにした。

 俺の背中でエリックは、剣の柄を持ってゴブリン達に宣戦布告している。


「我が名はエリック=スーシャ。スーシャ家が嫡男。これより貴様らは、我が正義の刃の前に散ることになるだろう。しかし、貴様らが今までの罪を認め、神ディアトの前で贖罪をするのであれば――」

「ぎゃ?」

「ぎゃっぎゃっ」


 ゴブリン達はエリックの演説なんか全く聞いておらず、すぐに洞窟前に吊るされた銅鐸を、叩いた。


 ジャンジャンジャーンッ――!


 するとどうだろうか。

 洞窟の中からゴブリン達が武装して出てくるではないでしょうか。

 全部で10匹。徒党を組まれると銀級冒険者でも集団リンチにあって負けるような相手が、完全武装でお出迎えだ。


「ぎゃ、ぎゃははははッ!!」


 バカな獲物が向こうからやってきた――とでも言ってそうだ。

 満面の笑みを浮かべ、こちらへ襲い掛かってくるゴブリン達。


「――ならば仕方がない。我が一撃、その身に受けるがいい!」


 エリックが自身の魔力で刀身を生み出し、飛びかかって来たゴブリン2匹に全力で振るった。

 初めての魔物に物怖じもせず、剣を振るうタイミングもバッチシだ。エリックの言う通りの切れ味があるなら、これで2体は切断されているはずなのだが――。

 

 スカッ――と、ゴブリンの大分手前で剣が振るわれた。

 

「ぎゃはっ――はぶっ!?」

「ぎゃっす!?」


 しょうがないので俺が片手でゲートから剣を取り出し、片方を斬った。

 もう片方は隣に居たステラがやったようだ。


「ぜ、全力で振るったから……わ、わき腹が」


 刀身は確かに出ていた。

 長さにして――およそ3cm。

 伸縮自在という話だから、今が短い状態なのだろうか。


『エリックの魔力量を観測した結果、恐らくこれが最長サイズです』


「えぇ……」

「私が前に出る。ヨーイチはエリック殿を頼んだぞ」


 ステラが切り込んでいく。

 

 それを見て、ゴブリン達は布陣を組んできた。

 まず槍を持ったゴブリンが2匹、後ろには斧やこん棒を持ったゴブリンが3匹。

 さらに後ろには弓を構えたゴブリンが2匹。


 近接武器相手なら間合いの長い槍で牽制し、足が鈍った所を後ろの弓矢で攻撃を仕掛け、それで弱らせた相手を3匹で殴って殺すのだろう。

 エリックなんかよりも、よっぽど頭を使っている。


「はぁッ!」


 ステラはそれを見ると、魔力で強化した脚で、全力で砂利を蹴っ飛ばした。

 散弾とまではいかなくとも、それなりに威力のある蹴り石に、思わずゴブリン達は目を背けてしまった。


「紅炎」


 その隙を見逃さなかった。

 魔力を込めた剣を構え、姿勢を低くする。


「一閃ッ!」


 まずその一撃は槍を斬った。

 そのまま返す剣で、今度はゴブリン本体を斬る。


「ぎゃッ!!?」


 ここで何が起きたのか理解した近接のゴブリンが、剣を振り切り隙を見せているステラに襲い掛かる。

 即座にステラは後方へと跳び、叫ぶ。

 

「ジェイド! ハナコ!」

「とおッ」


 洞窟の上からこちらの様子を伺っていた2人。

 ジェイドは魔力を込めた剣を、槍投げのように飛ばす。

 ハナコは両手に持ったクナイを投げる。

 それらは2匹のゴブリンの喉を、後頭部を貫いた。


「ぎゃふぃッ!?」


 残る1匹は、バックステップと共に剣をその場に捨て、両手の開いたステラの拳によって顔面を思いっきり殴られ、洞窟の奥へと吹っ飛んでいった。

 ここで弓矢の2匹が、まず乱入してきたジェイドとハナコに狙いを定めたようだ。


「あ、これ借りますね」

「ちょっ。それボクの!」


 エリックから魔道具を拝借し、俺は魔力を注ぎ込む。

 一瞬にして刀身は伸び、弓矢を持つゴブリンの腕を吹っ飛ばした。

 さらに一瞬で縮め、もう1回刀身を伸ばし、同じことをやった。


「ギャッ!?」

「ウギャッ!?」

 

 そして降りて来た2人に思いっきり蹴られ、2匹とも壁にぶつかり動かなくなった。


「ナイスヨーイチ」

「別にあのぐらいなんて事ないのじゃ」

「さて」


 3人は俺を――俺の背中に乗っているエリックに目線をやる。

 エリックは勝手に魔道具を使った事に怒っているかと思ったが、そうではないようだ。


「ふふっ、ふふふ――あっはっはっ。宣戦布告を無視するような野蛮な悪は滅びました!」


 もうそれでいいので、早く帰りたい――と思っていたら。


『グォォォォォアアアアアア!!』


 洞窟奥からの突然の叫び声に、思わずステラ達は顔をしかめた。

 そういえば倒したゴブリンは9匹。ハナコの話だと残り1匹はいるはずだ。

 敵が来たこの状況でも出て来ないとなれば――恐らくゴブリンの親玉だろう。


「な、なななんです!?」

「ゴブリンのボスだ。エリック殿は下がっていろ」

「い、いえ。このボクが下劣な魔物相手に下がる理由などは――」


 ズンッ、ズンッ――と、重い足音と共に洞窟から出てきたのは、一つ目でツノの生えた赤銅肌の大男のような魔物。


「グギャァァァアアアアアッ!!」

「ってサイクロプスじゃねーか!」


 叫び声と共に、大きく太い棒をジェイドへ振り下ろす。

 そのまま横薙ぎにハナコも狙うが、2人とも大きく後ろへと回避する。


「ハナコ! ゴブリン10匹じゃないのかよ!」

「アタシの里ではアレもゴブリンなのじゃ!」

「そのウソか本当か微妙に分からないウソ言いやがって――危なッ」


 下僕をやられて怒り心頭なのか、こん棒を滅茶苦茶に振り回してくる。


「こ、この魔物め! ボ、ボクがひゃあ!?」


 果敢というか、無謀にも極短の剣を向けるも、寸前の所をこん棒が通り過ぎ、風圧で吹き飛ばされるエリック。

 

「じゃあ、とりあえず」 

「終わったら酒場で一杯だな」


 俺とステラは、互いに自分の剣を、まるで鏡合わせのように構える。

 サイクロプスがこちらに向かってこん棒を振り下ろす――その瞬間。


「「一閃ッ」」


 互いの斬撃が、こん棒ごとサイクロプスの腕を切り裂いた。


「ウギャア!?」

 

 地面に倒れ込むサイクロプス。

 暴れる事の無いよう、ステラがその背中を踏みつけ、ついでにツノを切り飛ばした。

 

「え、なに!?」

 

 俺はすぐ後ろで倒れているエリックを担ぎ、その極短の刃を持たせたままサイクロプスの眼に突き刺した。


「えい」

「ウギャ……」


 弱点を突かれたサイクロプスは、その身体が黒く崩れ、塵へと変貌し散ってしまった。

 しかしその前に切断した腕とツノはそのままだ。

 魔素を多く含んだ魔物は死ぬとあのようになる為、素材は予め採取しておく必要があるのだ。

 呆然と座り込むエリックを尻目に、俺達は帰り支度をする。


「よし。エリックがゴブリンのボス、サイクロプスを倒したし、町へ帰りますか」

「はー。帰りの分も合わせて豪勢な飯を奢って貰うのじゃ」


「ま、待ってください!」


「エリック殿?」

「あ、あのような倒し方でボクが納得するとお思いですか!? 恐らく、父に何か頼まれたんでしょうけど、ボクはこんな勝ち方、承服しかねます!」

(だよなー。でもどうするかな……)


 そう悩んでいると、ステラが颯爽とエリックの隣へしゃがむと、


「失礼します」

 

 パチンッ――。


 頬に平手による一撃を与えたのだ。


「ぐぇッ」

「エリック殿。貴方は本当は分かっていると思います。スーシャ家の跡継ぎとして、強く真っすぐであるべきだという志は立派ですが――」

「……」

「ステラ。そいつ、気絶してるのじゃ」

「……ハッ」


 ステラが魔力で活を入れると、エリックは意識を取り戻した。

 

「はぅッ――あれ、ボク今、殴られ……」

「エリック殿の志は立派です。しかし貴方のそれは、冒険譚に魅せられたまやかしに過ぎません」

「そんな事は無い! きっかけは確かにそうだったかもしれないが、ボクは――」

「では何故、自ら愚鈍だと称した魔物に対し、正々堂々と口ばっかりの建前を並べて相対したのですか。――戦いにおいての強者とはどうお考えですか」

「もちろん正義と勇気の心を持ち、その強さを皆に魅せつけることさ」

「……勇気とは無闇に敵の前に立つ事ではありません。戦いにおいては、戦いに恐怖する者こそが強者となり得えます」

「戦いが怖い?」

「えぇ。いつだって私は、仲間が傷付く事を恐れています……自分が死ぬ事も怖いです。だから、決して引かない覚悟があります。卑怯と罵られようと、安全な方法を模索します」

「……」

「ですから、どうか――強者になって下さい」


 ステラの説得に、さすがのエリックも押し黙るかと思ったが。


「嫌だ! ボクには時間が無いんだ!」

「なにか事情があるんです?」

「そうだよ……20歳になるまでに英雄譚に出てくる冒険者みたいになると、婚約者のプラウスさんに誓ったんだ。だからボクは急がなくちゃいけないんだ」


「ん?」


「ボクはプラウスさんの事を思うだけで、常に胸が張り裂けそうで――主治回復術師に相談したら、プラウスさんと結婚すれば治ると。つまりボクが魔物を倒せるくらいの冒険者になる必要が――あれ、どうしたんだ?」

「よーし。撤収だ撤収」

「ハナコ、ゴブリンの牙も取るの忘れるなよ。冒険者協会で討伐報酬が貰えるぞ」

「小遣いなのじゃー」

「さぁエリック殿。立てないようなので馬車まで運びましょう」

「え? だから魔物を――」


 ステラがエリックを丸太のように担ぎ、俺達も町へ戻るのであった。


  ◇◆◇◆◇◆◇



 これは後日談であるが。

 エリックが虚弱なのは、ただ年中引きこもって英雄譚の本を読み漁り、昔から食が細いのに病(プラウス嬢と出会った頃)になってからは、さらに細くなり身体もあんな感じになったらしい。

 

「いやぁ助かりましたよステラ殿。ウチの息子も、アレから夜中に木剣持って振り回す発作も収まり、たまに外に出ては兵の前で強者の心得を説いているとか――」

「はぁ……お役に立てて光栄です。ソデック殿」

「なんでも貴女に頬を叩かれ目覚めたとか。いや、すまない。面倒な事を押し付けてしまいましたなハッハッハッ」


 ギルドまで来たソデックも、どうやら息子に対する暴力行為は見逃してくれるようだ。

 これで一件落着といった所だろうか――と思っていたのだが。

 

 

「ステラさん! ボクはまだ貴女に教わらなければならない事がたくさんあります! さぁボクに痛みという恐怖をまた教えて下さい!」

「ヨーイチ、ジェイド。ちょっと数日くらい町の外へ冒険に出掛けようかじゃないか」

「あっ、待って下さいステラさん!」


 エリックがステラを追い掛け回す姿が、しばらく続くのであった――。


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