第1話-2 動いた鎧


 起床というのもおかしいが、ともかく目を覚ました。

 

 目の前に15歳前後だろうか――俺の手入れを行っている少女の様子が映った。

 亜麻色のポニーテールに三角巾を巻いている。簡素なエプロンを掛け、布で拭いて磨いている。


 見覚えがある――もしかして……。

 

「――よし。最後の掃除終わりっと」

 

(最後?)

 

「うーんっ。明日お引越しだから他の荷物も準備しないと」

 

 見える範囲にあった彫刻には布のようなものが掛けられ、絵画も外され梱包されていた。

 どうやらここにある美術品はどこかへ移動になるのだろう。元々古そうな美術館だし、改築か取り壊しか――。

 

「アムル……おぉ綺麗になったな」


(やっぱりアムルか……爺さんもフケたなぁ)

 

「うん。この美術館も取り壊しになるんだね……」

「あぁ……お前も新しい王立美術館へ志望を出したんだってな。王から賜った鎧、頼んだぞ」


(しかしそんなに時間経ってるとは思わなかった)


 前に寝て起きた時は半年以上経っていた事もあったので、そこまで驚かない――いや、結構びっくりした。

 今回は3年くらい寝ていた事に……。

 

「任せてお爺ちゃん」

「しかし今日は一段と鎧が輝いて見えるな」

「うんっ。なんだか鎧さんも喜んでいる気がする」

 

(……まぁ汚いよりは良いけど)

 

 当然俺の声は聞こえない2人であったが、だが約7年の付き合いもある……寝ていた時間の方が多いけどね。

 娘はともかく爺さんとはもう会うこともないだろう。

 

「さぁ、明日も早いからもう帰りなさい」

「後片付けしたら帰るね」

 

 

 ――そして、事件は起こった。

 


  ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

『なんだ貴様らは!?』

 

 爺さんの大声と共にガラスのようなモノが割れる音が館内へ響き渡る。

 複数の大人と子供のような足音が聞こえ、それはどんどん近づいて――。

 

「ッ!」

 

 扉を開けて駆け込んできたのは、遅くまで掃除でもしてたのか薄汚れたエプロン姿のアムルと、複数の盗賊達だった。

 

「ここだな。お前ら、手早くブツを運び出せ! ゴブリン共は目撃者を消せ」

「兄貴、まだ若いんだしこのまま連れ帰っても……」

「スマートに盗み出す作戦はあのジジイのせいでおじゃんだ。さっきの声を聞きつけて住民か憲兵が寄って……おらっ、早く運び出せ」

「兄貴。梱包しててどれかよく分かりません!」

「だったらでかいの以外全部だ。余ったらどっかの闇市で売って金にすればいい」

「へい兄貴」

「後は、そのデカブツだな」

「ダメっ!!」

 

 アムルは俺を護るように両手を広げて立ち塞がる。

 

(バカッ! さっさと逃げろよ!)

 

「どの道、俺らは見られたんだ……ここで始末していく。さっきのジジイみたいにな」

 

 ニヤリと笑いながら、血がべったりと付いたナイフを見せつけてくる盗賊の親分。

 

「ダメ……これは勇者様の、お爺ちゃんが大切にしていた――」

「うるせぇッ!!」

 

 親分がその太い腕を振るい、こちらへ吹き飛ぶアムル。

 

「おめぇもジジイと同じ場所へ送ってやるよ」

「キィィッッ!!」

 

 4匹のゴブリン達がそれぞれの獲物を構えると、そのままアムルへ飛びかかってきた。

 

(止め、やめろぉッ!!)

 

 そんな俺の声は――当然、誰にも届かなかった。

 

 指先1つ曲げられず、目の前で少女が串刺しにされる所を――ただ見ているしかなかった。

 

「が、はっぁ……」

 

 それでも即死とはいかなかったのか、アムルは最後の力を振り絞り、俺の足元へ這いずってくる。

 

「ゆ、うしゃ様……」

「キシャァァ!」

 

 ゴブリンがさらなる追い打ちを掛け、アムルは背中から刺され、そのままの勢いで俺を巻き込んで倒れこむのであった。

 

「あっ鎧が」

 

「ゴブリン共! それは依頼主が絶対いるって言ってた奴だぞ! 薄汚ねぇ血なんかで汚すんじゃねぇぞ!」

「キィ……」

「下水通る時に洗うか――とにかく運びだぜ。おらっ、油の用意しろ」

 

 作業に没頭する余り、盗賊達は気付いていなかった。

 バラバラになった白い鎧の胴体から淡い光が漏れ、触手のようなものがアムルを包み込みそのまま飲み込んでいく様子を。

 

 そして鎧は、“動いた”のだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る