手にひらの上で踊ろう!〜異世界現実逃避行をあなたへ〜【クライ編】

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第1話 独白をあなたへ

 巨大な捕食者の牙が、俺のすぐ目の前まで迫っていた。


 その直後、密林に光の本流が荒れ狂った。


 その閃光は、轟音を伴いながら、象よりも巨大なジャガーに迫り、その頭部を飲み込んだまま、空の彼方へと消えていった。


 纏わりつくような湿気。

 鬱蒼とした密林。

 頭部が消し飛んだ巨大なジャガー。

 そして、遠くから駆け寄ってくる青髪の男。


 頭を抱えてうずくまり、目から涙、鼻から鼻水、股間から何らかの液体を少しばかり垂らしながら、俺は自らの不幸を呪った。


 人生最悪の一日。

 それはてっきり昨日のことだと思っていた。

 しかし、どうやらそれは甘かったらしい。

 俺の『厳しい現実』とやらは、まだ始まったばかりだったようだ。


 確かに俺は現実から逃げ出したいとは思っていたさ。

 でも、考えてもみてほしい。現実逃避行の行先が、まさか『異世界』だとは思わないじゃないか。


 え? 最近じゃそんなことは普通だって?

 朝起きて家から出たら転移。学校に行けば学校ごと転移。帰り道では通り魔的に勇者召喚され、一度家を出れば、無事に再び帰り着くことの方が難しい。

 なんとも世知辛い世の中である。

 まあ、死んで転生よりはマシか。場合によっては、人じゃないものに転生する場合もあるらしいから。


 などという無駄な思考こそが現実逃避。

 昨日の一連の出来事のせいで、どうやら現実逃避癖が性根に叩き込まれてしまったようだ。


 でも、それだけ苦しかったのだ。

 ここ以外ならどこでもいい。そう思えるほど逃げ出したかったのだ。

 そうして逃げ出した結果、たどり着いたのがここ異世界。


 俺の人生をラノベとして語るなら、そのタイトルは『暗井明くらい あきらの異世界現実逃避行』

 さしずめ今の俺の状態は、第一章の第一話といったところだろう。

 しかし、物語にはプロローグが付き物だ。


 だからまずは聞いてほしい。

 俺が逃げ出した現実の話を。

 たぶんそれが、この物語のプロローグだ。

 

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