第17話 案山子

 私の家は、駅から住宅街を抜けて、田園地区に入る境にありました。

 田園地区は広大で、所々森や神社が点在しておりましたが、10数キロに渡って水田が続く所もあり、冬になると真南に富士山がクッキリと見えました。

 西から北西は日光連山の末端から日光の山々に連なり、北から北東部東は那須連山。東は八溝山地。南東にポツンと海に浮かんだ島の様に筑波山があります。

 それぞれの山まで相当の距離があるため、私の住む地域は平坦で、関東平野だなあ。と実感できる土地です。

 広大な田圃は、8月も終わりになると黄色く枯れてきて、稲穂が頭を垂れ始めます。9月に入ると、一斉に稲刈りが始まります。

 刈り入れ前の田圃には、大量に雀がやって来ます。キラキラと光るテープや、ガスで爆発音を定期的に立てて追い払っておりますが、昔からの雀避けと言えば案山子です。

 案山子作りも盛んで、秋には神社で案山子祭も行われます。昔ながらの日本昔話に出てくるオーソドックスな案山子もありますが、毎年、その年に流行った物を案山子にする方々もいて、オリンピックの年なら話題になった選手を真似たり、メジャーリーグの有名選手っぽいのを作ったり、アニメや映画のキャラを真似たりと、素人の手作り感満載の案山子は、微笑ましい物です。

 

 案山子には、忘れられない思い出があります。

 中学生の頃、自転車店を営む親戚から、ロードバイクをプレゼントして頂き、毎日乗っておりました。

 中学校も住宅地の外れにあり、ちょっと寄り道をすると、田園地帯の真ん中を流れる河川に沿ってサイクリングロードがあり、とても気持ちの良い通学が出来ます。

 

 夏休みも終わり、稲刈りが近くなって来た頃でした。

 サイクリングロードを自転車で通っておりますと、毎年恒例の案山子が点在しております。

 なるべくリアルな人に見せようと、マネキンを使った物は中々不気味です。中には、身体が無くて竹槍の様な棒の先にマネキンの首だけ刺さっているものもあり、

「戦国時代の戦場かよ。」と思ってしまう様な、雀より人間怖がらせてんだろう。という物もありました。

 そんな案山子の中に、ゴリラの案山子がありました。ゴリラ?と思ったのは、毛むくじゃらで、ゴリラぐらいの大きさがあったからです。でも近くに行ってみると、ゴリラではありません。昔の蓑と傘を被った人間より大きい藁人形。とでもいうのでしょうか。

 後ほど知ったのですが、秋田県に伝わる「鹿島様」に似た様な物でした。

 ただ、鹿島様と違うのは、全身が藁だけではなく、黒い獣毛の様な物が混じっている為、黒く見える事。顔が鹿島様の様にコミカルな感じではなく、青い塗料で塗られた仁王の様な、憤怒の表情であった事でした。


 元々、民俗学系の物が好きだった私は、大変興味を持ちました。

 当時は、携帯もないしカメラも家庭に一台位しかなく、撮った写真は現像しないと見られない時代です。直ぐに自宅に戻り、親のカメラを持ち出し、先程の案山子を撮影に行きました。

 何枚か写真を撮っておりますと、後ろから「おーい。あんた、誰だ!」と、声がしました。振り返ると、農家のおじさんが作業着でこちらに向かって来ます。

「あ、すみません。○○中学2年の**と申します。勝手に入ってすみません。この案山子が珍しくて、写真を撮らせて頂いてました。」と、言いましたら、

「え?これ、あんたが作ったんじゃないのか。」と、おじさんがキョトンとしております。

「はい。てか、私じゃ作れません。」と言うと、

 「そうだよなあ。これはどう見ても、慣れた職人じゃないと作れないよな。悪いけど、お兄ちゃんじゃ無理だな。」と言われました。「これ、こちらの田圃の地主さんが作ったんじゃないんですか?」

「俺が地主だけど、こんなの作ってないんだよ。誰が勝手に作ったのか、捕まえてやろうと思って見張ってたんだ。確かに珍しいよな。写真撮るなら撮っても構わんよ。今日でこれ、ぶっ壊すから。」というので、

「え、壊しちゃうんですか。」

「仕方ないだろ。明日から稲刈りだ。邪魔になるからな。」と言っておりました。

「では、明日、壊す所も写真撮って良いですか。」と聞いたら、

「じゃ今撮りな。今からぶっ壊すから。」というので、横に立っておりました。

地主のおじさんは、案山子を固定してある縄を裁ち鋏で切って、藁の身体をバラバラにしました。中から、木で組んだ骨組みが出て来ました。すると、

「うわ!何だこりゃ!」とおじさんが大声を出して一歩引きました。中を覗くと身体を作っていた骨組の真ん中に竹が地面から刺さり、その先端にキョンシーの映画の様に、額にお札を貼ったマネキンの生首が刺さっておりました。

「ウゲ!気持ち悪い事しやがるなあ。ちょっと、坊さんと警察に相談するわ。にいちゃんは、これ、いじらないでな。」と言って、田圃の外に出た地主のおじさんは、耕運機に乗って行ってしまいました。

 それから1時間っても誰も来ません。もう30分待ちましたが、誰も来ないし、どこの農家さんか聞いてもいなかったので、帰る事にしました。

 家に帰って、夕飯を食べていたら、外から戻った兄が、

「夕方、この先の農道で交通事故があってさ。ぶつかる所見ちゃったよ。」と言います。「農家のおじさんが、一時停止無視して耕運機で通りに出た所を軽トラとぶつかってさ。耕運機のおじさん。そのまま田圃に落っこちて、大変だったよ。警察と救急車が来て、『目撃しました。』と言ったら、さっきまでお巡りさんに、『どんな状況だったか。』とか色々聞かれてさ。説明して来た。」と言います。

「そのおじさんって、灰色の作業着で、麦わら帽子被って、地下足袋履いてた人?」と聞いたら、

「んー。そうだった。なんだ。お前も見ていたのか?」と、聞かれ、これまでの経緯を話すと、兄が、

「多分その人だな。俺、自転車でその人の耕運機を抜いたんだけど、なんか居眠り運転している様な、ボーっとした運転しててな。危ねぇなあ。と思って、一時停止の所で、車次々来てたから待ってたんだ。そうしたら耕運機のおじさん。全く止まらないでそのまま通りに出たから、『危ない!』って言ったんだけど、ぶつかったんだよな。」と言っておりました。

翌日、学校に行ったら、そのおじさんは下級生の父親で、怪我は大した事はなかった事が分かり安心しましたが、その下級生の話だと、事故前の記憶がはっきりしないらしく、何故そんな所を走っていたのか思い出せないと言っているとの事でした。

放課後に、その下級生に昨日の事を話して、一緒に、例の案山子がある所に行ってみました。

 ところが、私がいた時はまだ骨組みとかはそのままだったのに、何故か綺麗に片付けられていて、空間だけが残っておりました。

 カメラを現像に出して、後日取りに行ったら、光が入ったらしく、そのカメラのフィルムは全部感光して皆真っ黒になり、何も記録が残せませんでした。 了

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