第16話 不遇の富豪

「さて、私のメロスはどこに行ったのかした。」

希美は図書館を出ると、もう姿の見えないメロスを探す。

アゲハ蝶を追っかけていった?

どんどん目的が変わっちゃうんだから。

希美はメロスの行動を予測する。


追っかけたってどこに?

アゲハ蝶がどこに行くかなんて予想できない。

おそらく途中でメロスの行けないとこに行って追跡を断念するだろう。

となると残暑でまだまだ暑いから休憩するはず。

貂彩学園で休憩するといったら食堂か売店か。

ここから近いのは3号棟の売店か。


「よし、とりあえず3号棟の売店に行こう。」

希美はメロスの当たりをつけると、気分屋のメロスが次の目的を見つけてしまう前にと走って売店へと向かう。

現代のセリヌンティウスは忙しい。


「はぁ、あっつい、。」

目的の3号棟に到着したセリヌンティウスは、立ち止まった瞬間に吹き出てくる汗を拭い、涼しい棟内へと入る。

売店の方へと向かうと、何やらパンを大量に買い込んでいる男がいる。

見るからにブランドもので揃えた身なりはあの男に違いない。


「それとメロンパンを12個、うじまっ茶デニッシュを10個、それとほうじ茶ラテを24つお願いできるかい?」

大量にパンを購入していること男は、1組の堂前紫苑である。

貂彩学園は、生まれながらの一貫組と中学校からの編入組に大きく分けられる。

編入組の多くは学費が減額あるいは免除されている場合が大半である。

逆に一貫組は学費に加え、貂彩学園に資金援助している家庭が多い。

希美の砂糖元家も貂彩学園を最も資金援助している家庭の一つであるが、紫苑の堂前家はその比ではない。

そんな堂前家の息子である紫苑も、何やら援助をしているのだろうか。

大量のパンが入った袋を抱えている紫苑に、希美は尋ねる。


「堂前君、そのパンたちはどういうこと?」

「やあ砂糖元さん。実は今1組は文化祭の出し物についてみんなで話しててね。長くなったから休けいしようってなって買いに来たんだよ。」

貂彩学園も他の学校のように文化祭がある。

他の学校と違うのは、クラス単位での出し物対決があるのと、個人での出し物もあることだ。

文化祭は10月だが、今から準備をするとは1組の担任は本気ね。

希美は自分のクラスの担任を思い浮かべて、準備は10月からかなと考える。


そんなことを考えながら、ふと紫苑を見ると明らかに一人では持ちきれない量のパンと飲み物がある。

「それにしてもすごい量だね。一人で持ってけるの?」

希美は心配しているのはしているが、単純にどうやってこの量を教室に持っていくのかが気になってそう尋ねる。

すると紫苑はスマートホンを取り出して、何やら操作をしている。

質問に答えず画面を覗いてる紫苑の手元を希美も覗く。

何してるの?ともう一度声をかけると、ようやく気付いた紫苑はスマホの画面を希美の目の前に突き出した。


「いまいんとく先生のけん究室の作品で、荷物を運んでくれるロボットの試作品があるんだよ。それを今呼んだんだ。すぐ来ると思うよ。」

得意げにそう話す紫苑は、3号棟の入口の方を見やると希美を一瞥し、視線を入口へと誘導する。


入り口には、器用にドアを開けるコンベアのようなタイヤをつけたロボットが入ってきた。

人間でいう腹部の箇所には箱らしきものが備え付けられている。

そしてそのロボットは紫苑を見つけると、その轟音を響かしそうな足に似合わずとても静かにこちらへとやってきた。


「あんたが堂前紫苑でっか?荷物はどれや?えぇ?」

紫苑と希美は、突然のできごとに互いを見やることしかできない。


意外に静かな走行だったこと。

すぐに依頼した紫苑を判別したこと。

普通に話しかけてきたこと。

関西人が怒りそうな関西弁で話しかけてきたこと。


思考が追いつかずに黙っていると、返答がない時のパターンが設定されていないのか、ロボットも黙ったままこちらを見つめている。

耐えかねた希美が紫苑を肘でつつくと、我に帰った紫苑は抱えていた袋をロボットへと渡す。

「この袋とケースに入ってる飲み物を1年1組の教室まで運んで欲しいんだ。」


大きな袋と机に置かれたケースを確認したロボットは、腹部の箱に袋を詰め込もうとしたが全く入らずに、紫苑に詰め寄った。

「あほかいな、こんなん運べへんわ。その机のケースだけなら運んでええで。」


そう言うとさっさとケースだけを腹部の箱に入れて静かに外に出て行ってしまった。

大きな袋だけ取り残されてしまった紫苑を見て、希美は涙が出そうになった。

変な関西弁で捲し立てられ、結局荷物は残ってしまった。

なんて可哀そうなんだw。

「運ぶの手伝おうか?」


希美は笑いを堪えて、助力を提案した。

しかし、紫苑はプライドなのか恥ずかしかったのかその提案を断りロボットを読んだスマホで電話をかけた。

「もしもし、じいやか。ちょっと荷物を運んで欲しいんだ。うん、二人くらいで大丈夫だと思う。うん、よろしく。」


静かに電話を切った紫苑は、ふと上を見上げると一息ついた。

「ちょっと、お代まだもらってないんだけど?」

振り返ると、売店のおばちゃんが紫苑に向かって手を出して代金を要求している。

追い打ちをかけるような一言に一瞬戸惑った紫苑だったが、失礼と言いながら財布から一万円を出して「おつりはいらないよ」とおばちゃんに渡した。


しかし希美はふと思った。

パンが50個くらいに飲み物が24個。ひとつ100円だとしてもぎりぎりではないか?

案の定、一万円を受け取ったおばちゃんはそれを紫苑につき返すとさらに追い打ちをかける。

「1万じゃたりないよ。全部で14880円だからもう一枚頂戴な。」

静かにおばちゃんの手に1万円を差し出した紫苑は、おつりをもらえることもなく大量のパンだけが残った。


「あれ、希美ちゃん。なんでここにいるの?」

振り返ると、そこには行方不明だったメロスがいた。

そして紫苑に気づいたメロスは、元気がないのを見るとどうしたの?と声をかける。

しかし当の紫苑はそれに答える元気もないようだ。


「今日はそっとしておいてあげましょう。それより図書館に戻るわよ。」

セリヌンティウスはそう言うと、メロスを連れて図書館に戻るのであった。

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