第18話 探求者

私の名前は鰆目求実。

真実を求めると書いてもとみ。

貂彩学園の新聞部の一年生だ。


この貂彩学園には中学校からの入学組だ。

入試の際には一般的な算数とか国語の試験はなく、今まで取り組んできたことを発表する面接のようなものだけだったが、なんとか入学できた。


私は昔から身の回りで起きている出来事について、自分で確認しないと気が済まない性質だった。

学校の七不思議から両親の喧嘩の原因など、色んなことを自分の頭と手と足で追求していった。

それをノートにまとめていたのを発表したら、ぜひこの学園でもいろいろ調べていって欲しいとその場で合格となった。


成果物を提出してくれれば、取材にかかった費用は全額学園で負担してくれると言ってくれた。

手始めに学園の歴史や学園駅前の人気店の調査、職員室の冷蔵庫のプリン事件など、1学期も夏休みもたくさん取材できたが、内容は少し物足りなかった。


実を言うと、歴史や事件の調査よりもゴシップ的なものが一番興味があるの。

でもなかなかこの学園ではそういったものがおきない。

そんな中、同じクラスの砂糖元希美にゴシップの匂いが漂ってたので、私は密かに探りを入れていた。


そして今、学年主任である雲龍先生と砂糖元家の執事と思われる男との密談を取材中だ。

もちろん許可など取っていない。ただ後ろの席で聞いているだけだ。


盗み聞き?

人聞きの悪い言い方はしないでもらいたい。

私はたまたま後ろの席になり、たまたま会話が聞こえてきただけ。

聴いてるのではなく聞こえてるのだ。

密談とは名ばかりで、配慮のない会話である。


しかし、まさか砂糖元希美の執事長が貂彩学園の学園長、醤油屋権蔵だとは。

夏休みの取材の成果ね。

学園長の子供ではないが、砂糖元希美の動向に教師の緊張感が爆走している。

朝鳥先生を除いてね。

あの人はおそらく理解していない様子だ。


担任から有力な情報が得られなさそうだから、学年主任である雲龍先生をマークしてて大正解。

河原で一人でバーベキューなんて寂しい休日だなと思ってたら、まさかこんな有力な情報が得られるとは。

しかし、あの砂糖元家の執事と思われる『おおきな』男はさっきからドリアを何個食べるのよ。


なんで執事と『思われる』なんて表現するのって?

それは見れば分かるじゃない。

100kgは超えてそうなだらしない体系で、食べ方もだらしない。

おそらく出身は埼玉の方ね。


それにしてもいったい何時になったら本題に入るのよ。

もう10個は食べてるんじゃない?

ドリンクバーもコーラとメロンソーダをトレーでいっぱい持ってきてるし。

あ、でもそろそろ本題に入りそうね。


「いやぁ、ここのドリアは格別だよね!これで300円なんてどれだけ僕に優しいんだ。」

ここは安さが売りの某ファミリーレストラン。

『大きな』執事はそこの名物のドリアを水のように飲んでいる。

これはもちろん比喩表現ではあるが、飲んでいるのは間違いなく事実である。

1人前をひと口、ひと啜りで平らげている。

雲龍はいつもの風景を見ているかのように問いかける。


「おい、そろそろ情報を教えてくれないか?」

しびれを切らした雲龍は成果を求める。

『大きな』執事は既に10杯目のドリアを平らげている。


報質食量協定を結んでいるため、ドリア10杯分の情報を得られないと割に合わない。

『大きな』執事が持ってきた情報はドリア10杯以上の価値はないとの判断だ。

もちろん甘く見積もってだが。


『大きな』執事は手に持ったメニュー表を不満げに置いて、ポケットからメモを取り出す。

意外とこういうところは真面目である。

「さて、何が知りたいんだい?」


お腹が少し満たされて満足しているのか、『大きな』執事はメモを広げながら偉そうにそう問いかける。

確かに情報提供をお願いしているのはこちらだが、立場は対等なはずだ。

雲龍はその思いを押し殺し、まずは情報を得ることを最優先に考える。


「まずは希美くんの交友関係を知りたいなぁ。親友の鰈埼琴音と仲が良いのは知ってるが、それ以外で仲が良い友達はいるかい?」

「ふんふん、なるほどねぇ。」

いちいち態度が鼻につく。雲龍はあまり期待せずに返答を待つ。

『大きな』執事はパラパラとメモをめくりながら、人差し指と親指で顎を撫でる。


「確かに琴音という名前は良く出て来るねぇ。最近はゆうかわときょうたにの名前が出てるけど、そこまで仲が良いって感じではないなぁ。」

まるで文面でやり取りしているかのような発言に、雲龍は確認せざるを得なかった。

「名前が出てるって、それはなんの情報だ?確かな情報なんだろうな?」


『大きな』執事はその問いかけに、にやりと気持ち悪い笑みを浮かべながら人差し指を横に振る。

「チッチッチ、分かってないなぁ。僕はお嬢と一緒に住んでいるんだよ?」

ここは我慢だ、我慢。

雲龍はそう自分に言い聞かせ、心を落ち着ける。


「そうか、そうだよな。で、これは直接希美くんに確認した内容かい?」

「お嬢は僕には自分のことはあまり話さないんだ。だから直接聞いた内容じゃないよ。」

「じゃあ他の人から聞いた情報か?」

「残念ながら、他の人からは琴音との話はしてるみたいだけど、他の人の話はしてないみたいだ。」

「じゃあさっきの情報はどこから出たやつなんだよ!!」


こちらの質問に対して情報を小出しに出してくる『大きな』執事に、雲龍はついに堪忍袋の緒が切れた。

雲龍の大きな声と机を叩く音に驚いたのか、後ろの席の人がびくっとしたの察すると、『大きな』執事はいじわるしたのを反省したのか情報の出所を伝える。

「そんな怒るなよぅ。お嬢は日記を毎日つけてるんだけど、これはそこに書いてある情報だよ。だから確かな情報だよ。」


「日記?よくお前に見せてくれたなぁ。」

「僕に見せてくれるわけないだろう?雲龍は女心が分かってないなぁ。」

『大きな』執事はそう言った後、雲龍の目を見ると静かに話を続ける。


「お嬢は夜に日記を付けた後に机の引き出しに入れてるって調理スタッフに聞いたんだ。でもそこには電子ロックがかかってて開けられなかったんだ。そしたらお嬢は戦国武将が好きだからもしかしたら戦国武将の誕生日とかじゃないかって。そしたら案の定開いて日記をゲットしたんだ。」

『大きな』執事は先程とは打って変わって流暢に事の成り行きを話す。


それを聞いて満足そうに雲龍は続ける。

「そうか、仲良いのは鰈埼琴音だけか。それじゃあ逆に仲が悪い人は書いてあったか?」

『大きな』執事は再度日記を映したであろうメモをパラパラとめくる。

彼にとってメモは小さ過ぎるのか、なかなかめくれてない。

雲龍は初めて、メモに書いてあることを探すのに汗をかいてる人を見た。


「あったあった。6月の日記にとらしたさんとこうこうさんと揉めたって書いてあるね。」

とらした?こうこう?

先ほどのゆうかわときょうたに、から推測するに、漢字のつくりの部分だけを読んでるのだろう。とらとこう。なるほど、おそらくあいつらか。

自分の推察から心当たりがあるのか、雲龍は右手で頭を抱える。

「なるほど、やはりその二人とは上手くいってないか。それで、揉めたって具体的にはどんなことがあったんだ?」


そう問いかけられると、『大きな』執事はまたも人差し指を横に振る。

「雲龍、協定を忘れたわけじゃあるまい。既にドリア10杯分の情報は提供させてい頂きました。こちら側としてはペペロンチーノを要求します。」


「おいおいおい、まだ鯱下と鮫口と何かあったことしか聞いてないぞ?」

「しゃちもと?さめぐち?」


確かにこの報質食量の協定には明確な定義が存在しない。

しかし情報の価値というのも明確な定義が存在しない。

通常は交渉にて決定する価値と価格であるが、相手が悪い。

普通ドリア10杯も食べれば量的に満足するが、この男は違う。


やはり食べ放題にするべきだったか?

しかし、食べ放題の利用は慎重にしなければ。

利用した店舗はすぐに出禁になってしまう。

チェーン店なら2店舗行けば3店舗目は行けない。


どうする?

こちらが主導にならないと破産してしまう。

先に情報の指定をするべきだったか?

いや、相手が何の情報を持ってるのかを把握してない状態での指定は危険だ。

具体的な何があったか?とペペロンチーノで取引するか?


いや、それだと具体的といいつつ抽象的に返されてしまうかもしれない。

揉めた原因と内容、結果。

これが聞きたい内容だ。

求めすぎか?ペペロンチーノと見合ってるか?

いや、そもそもさっきの情報とドリアが見合ってない。

しかしそれは俺の価値観だ。

あいつの価値観は大幅に食に傾いている。


「ねぇ、もう頼んで良い?」

『大きな』執事は待ちきれずに既にタブレットでペペロンチーノを10個カートに入れている。

こいつの注文の単位は10個が最小なのか?

雲龍は決断する。


10個でも3000円だ。

まぁギリギリありか。

「しかたない。ただ揉めた原因と内容、結果を話してくれよ?」

『大きな』執事はうんうんと聞き流し、注文ボタンを押す。

そして数分後、ペペロンチーノ10皿が運ばれてきた。


『大きな』執事は食べてる間は感想以外何も話さない。

手持無沙汰になった雲龍はタブレットの画面を眺める。

注文履歴にはドリア10個とペペロンチーノ10個が並んでいる。

金額にふと目をやると7500円と書かれていた。


おかしい、ドリアとペペロンチーノ両方300円だから6000円のはず。

もう一度履歴に目を戻すと、ペペロンチーノの後ろに(大盛り)と書かれている。

しまった。契約書をしっかり確認していなかった。

雲龍は『大きな』執事を侮っていたと猛省する。

今回は1500円で済んだが、次はどうなるか分からない。


「それにしても、大盛りでこの値段は素晴らしいね!」

その後この店は何度か報質食量協定の場として使われたが、翌年になると大盛りの提供が終了となった。

詳しい因果関係は発表されてないが。

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