砂糖元家のデブ執事

西園寺 真琴

第1話 砂糖元家のデブ執事

執事。身分の高い人の家や寺社で、家政や事務を執行する人。

昔は執事といえば白髪の老紳士をイメージする人も多いだろう。

しかし現在は若いイケメンの執事やジャニーズ系のかわいい執事も出てきているように、執事界も多様になってきている。

砂糖元季美の家にも、多様化する執事界を代表する若き執事が仕えている。

これはそんなお嬢様と執事の物語である。


「お嬢様、こちら食後のデザートになります。」

希美の前に、ひとくちサイズのケーキが配膳される。

「今日はケーキね、美味しそう♪」

お皿にはチーズケーキやチョコレートケーキ、フルーツケーキなどいろいろな種類のケーキがひとつづつあった。

「あれ?なんでこのケーキだけふたつあるのかな?」

季美はそう言うと、半分にされたミニトマトが乗っているケーキを見つめながら、考えを巡らす。


ミニトマトを半分にして乗せてあるからふたつなのかな?でもフルーツケーキには半分になっているいちごが乗っている。さらにお皿の大きさとケーキの配置に目をやってみる..... 、バランスがおかしい。この量のケーキならひと回り小さいお皿をシェフの塩見さんなら選ぶはず。ケーキの形もおかしい。この形は直角二等辺三角形、この前授業で習ったわ。さっきの半分になったイチゴやミニトマトから考えると正方形のケーキを対角線で切った形になっている。そうか、これはすべてのケーキがふたつずつあったはずなのに、ミニトマトが乗っているケーキ以外はひとつなくなっている。じゃあなんでケーキがなくなってるの?

.....そんなの決まってるじゃない。


「では失礼します。食器は後ほど。」

「待ちなさい!」

季美はそう言うと、こっちに来なさいと執事を手招く。

「どうしました?何か嫌いなものでもありました?だめですよ、好き嫌いしちゃ。シェフの塩見さんが栄養も考えて作ってくれたんですから。」

「何言ってるの、好き嫌いがあるのはあなたでしょ?」

季美はミニトマトのケーキを指さす。

「失礼ですよ、食べ物を指さしちゃ。」

「それは人に対して、でしょ!まぁ良いわ。あなた、トマト苦手でしょ?」

「そんなことはありません。トマトは大好きですよ。私はトマトでここまで大きくなったと言っても過言ではありません。」


そういう執事は確かに大きい。

『ここまで大きくなった』というのは『○○ちゃんおおきくなったねぇ』という心身共に成長した親戚の子供にかける言葉の『大きい』とは違う。ただ『大きい』。

しかもその『大きい』は身長や器に対するものではなく、その質量に対しての『大きい』である。

希美はそんなとぼけた態度の『大きな』執事にカマをかける。

「そんなに好きならひとつあげる。フォークはいつも持ってるでしょ?」


執事はいつも特注(特別な機能があるとか素材が特別とかではなく、単に規定のサイズがないだけの特注である)のスーツの内ポケットにスプーンとフォークを2セットずつ入れている。

理由は言わずとも分かるだろう。別に感染対策ではない。いつ、どこでも食べられるようにである。

ナイフがないのも分かるだろう。一口で食べられないものがないからである。

2セットあるのも分かるだろう。手が2つあるからである。


「そんな、お嬢様の大切なデザートを執事の私が頂くわけにはいきません。」

「他のケーキは食べたのに?」

「何を言ってるんですか?私がつまみ食いなんてするわけないじゃないですか。」

『大きな』執事は自分が疑われていることに立腹して少し声を荒げる。

この『大きな』執事が立腹するのはめずらしい。その見た目とは裏腹に立腹することはほとんどない。以前ホテルのバイキングに行った時に、あまりの空腹に「全種類食べるぞ~」と腹を固めたが最初にカレーを食べすぎて満腹になり、「食べたいのに食べられない!」と言った時以来の立腹だ。希美は執事のそんな態度に少し気圧されるが、ここで引き下がったら駄目だと腹をくくり


「じゃあほっぺについてるクリームはどういうことかしら?」

「そんな、さっき確かに拭き取ったはずなのに!」

「ほら食べてるじゃない!ひっかかったわね、クリームなんてついてないわよ!」

「くそっ、だましたな!」


『大きな』執事はすぐに我に返ったのか、罵声を浴びせたことをなかったかのように取り繕う。

「お嬢様、嘘はいけませんよ」

「嘘をついているのはあなたでしょう?明日はちゃんと持ってきてよね。」

なんでお父様はこんな人を雇っているのかしら。今度会った時いっぱい文句言ってやるんだから。希美は腹を決め、残されたケーキをほおばる。


「ん~ん、おいしい。やっぱり塩見さんの作るケーキは最高ね♪」

「そうでしょう?特にこのフルーツケーキは格別ですよね!」

『大きな』執事は自分が盗み食いしたことを、なかったかのように嬉しそうに語っている。希美は呆れてものも言えず、冷ややかな目で自分が盗み食いしたケーキの美味しかったところを身体で表現しているのを見ていると、それに気づいたのか気まずい雰囲気を身体で表現しながら部屋を出ていった。

今度盗み食いしたらただじゃおかない!


翌日、塩見さん特性きのこハンバーグを食べ終わり、希美は今日のデザートは何かしら?昨日はケーキだったからプリンかな?と『大きな』執事が来るのを心待ちにしていた。

しかし、1時間経っても執事が来ない。何か問題でも起きたのかしら?と確認しようと部屋を出ようと立ち上がると、「コン、コン」と元気のないノックの音が聞こえてきた。

返事をすると静かにドアが空き、トボトボと『大きな』執事が入ってきた。

「おまたせしました。デザートです。」

そう言いながらデザートを配膳すると、「では失礼します。」とトボトボと部屋から出ていった。

いつもなら希美が残すことを期待して鼻息荒く待っているのに。

昨日の事を気にしてるのかしら?まぁいいかと希美はデザートに目をやる。


今日はゼリーね、美味しそう。いくつか種類があるけど、どれも1種類ずつしかない。まさか、あの執事また盗み食いしたのかしら?でもお皿の大きさはちょうど良いし、昨日の今日だから大丈夫よね。気にしてたら美味しいものも美味しくなくなっちゃうよね。早速頂きましょう♪

ゼリーの中にフルーツが入ってるのね。オクラとか夏野菜のゼリーもある。冷えてて美味しい♪明日はどんなデザートかしら。


先程の『大きな』執事の様子はもう忘れ、希美は明日のデザートのことで頭がいっぱいになっていた。

それにしても『大きな』執事はどうして元気がなかったのだろうか。

希美は次の日、その事実を知ることになる。

そして顔を真っ赤にして、『大きな』執事を呼び立てるのであった。


次の日、希美は朝6時に起床する。

モーニングルーティーンであるストレッチとウォーキングにでかけ、7時半に朝食をとっていた。

この時間の配膳は『大きな』執事ではなく、調理スタッフの酒田さんが担当している。

『大きな』執事は10時まで何をしても起きないからである。

執事が主より遅く起きるってどういうこと?なんて、希美はもうそんな疑問も持たなくなっていた。

もうあいつに期待しちゃ駄目だ、変わらないんだから。

希美はこの歳で既に相手を変えるよりも自分の受け取り方を変えることを選択できるようになっている。

これも『大きな』執事が雇われている理由なのである。そうであるはずだ。


酒田さんは、その名前の通りお酒と噂話が大好きな近所のおばさん的な人だ。

なので朝食の配膳に来たときは調理スタッフの話や芸能ゴシップのネタ、執事たちの噂話などおしゃべりが止まらない。新しいスタッフが来たときは、そのスタッフの話で1週間は止まらないのに、『大きな』執事の時は全く話題に上がらなかった。興味が無いのか、同時期に始まった韓国のドラマのほうが気になったのか分からないが、『大きな』執事の話は酒田さんも知らないみたいだ。


いつものように聞いていると「そういえば、」と昨日のデザートの話を持ちかけてきた。

「希美ちゃん、昨日は塩見さんがすごく喜んでたわよ。デザートを2回もおかわりして、そんなに美味しかったのかって。食べ過ぎを少し心配してたけど、いつも通りで安心したわ。」

酒田さんは話し終わるとすぐにところでね、と韓流ドラマの話をし始めた。

韓国の話になると、どこで息継ぎしてるんだろうと思うくらいの相槌さえ打たせないほどのマシンガントークを繰り広げる酒田さんである。

先程のデザートの件を詳しく聞く間もないほどである。


わたしが2回もおかわりした?誰がそんな嘘を?でもそんな嘘は調理スタッフの人は分かるはず。じゃあ誰が?

.....そんなの決まってるじゃない。


「あらやだもうこんな時間。ごめんなさいね、朝食の邪魔しちゃって。後で食器片付けに来るわね。」

邪魔をしなかった時がないじゃないかという顔を笑顔で消して、希美は坂田さんをいつものように見送る。


そして希美は朝食を食べ終わるとすぐに『大きな』執事を呼び出そうとしたが、まだ9時前だ。

希美は夏休みの宿題をしながら『大きな』執事が起きるのを待ち、10時になるとすぐに彼を呼び出した。

『大きな』執事は尋常じゃない腹の音を鳴らしながら希美の部屋へとやってきた。

「ふぁ~、お呼びでしょうか?」大きいあくびをしながら執事はお腹を押さえながらそう言う。

「あなた、昨日お腹を下したそうね。大丈夫かしら?今も相当苦しそうだけど?」

「お気遣いありがとうございます。もう回復しました。これはお腹が空いて鳴ってる音です。朝はいつもこうなってるので、お気になさらずに。」

希美は少しでも心配したのを激しく後悔した。


「じゃあ遠慮なく言わせてもらうけど、あなた昨日私がおかわりしたと言って2回もデザートを盗み食いしたでしょ?証拠は上がってるんだからね!」

希美が確信を持った口調でそう言うと、『大きな』執事は少し考えた上で観念したことを身体で表現している。

「酒田さんか、絶対言わないでって言ったのに。」

『大きな』執事は悪びれもなく、まるで酒田さんが悪いとでも言うような態度に希美はまたも呆れる。

「まず謝るのが普通じゃないの?」

「ごめんなさい。もう二度としません。」

こんなにも信用ができない『二度としません』があるだろうか。そもそも『二度としません』自体が信用できる言葉でない。希美も彼が盗み食いをしないことに対しては全く期待していない。


「あのね、私は盗み食いしたことに対して怒ってるんじゃないの。食べたことを隠そうとしてることに怒ってるの。」

『大きな』執事はキョトンとしている。希美の言葉を自分の中で反芻して理解しているように見える。そして納得したのか

「お嬢様の言う通り、私が間違っていました。今後嘘をついたり隠すようなことはしません!」

希美はこの『大きな』執事に対してやっと自分の言葉が伝わった、と今までに感じたことのない達成感を感じた。


次の日、『大きな』執事は空のお皿を持って希美の部屋にやってきた。

「お嬢様、デザートなんですが全て食べてしまいました。」

そうじゃない。希美はすぐに塩見さんに、デザートを『大きな』執事の分も用意するように伝えた。

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