087 tr31, invisible horizons/不可視の地平線

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【AD:2121年, 革命新暦:199年、春】


…元の計画とは大幅に齟齬が発生したな。

正教会の要請や党幹部の思惑、魔石の都合もあり転生予定者は7組14名としたが、そんなに上手く美徳や大罪を背負わせられる筈もない。


罪を背負うために生まれた生き物なぞいない、善悪はすべて価値観を共有する社会を構成する要素の一つであり、功罪は善悪無しには生まれ無いからだ。

つまり、善い行い悪い行いは誰かが教えなければ成立せず、褒められたり罰せられることもない。

社会全体を維持するため、或いは個人を満足させるために教えると云っても良い。

生物としての我々は、予め備わった本能以外は教育が必要だ。

ならば善悪の判断や価値観の育成も教育による誘導が可能であり、彼ら14名には我々SSSRの思想に沿った教育を授けさせた。


彼らにはこれから異世界へ行ってもらう、SSSRを存続するために。

この社会を持続するために有用な資源を、異世界から調達するために。

結局のところ、社会存続とは資源の浪費でしかない。

人間の本能として、一度覚えた浪費はどんな形であれ忘れたり減らすことは非常に難しい。なぜならば、浪費によって得られる怠惰や傲慢と云った快楽は本能に基づくからだ。

当然ながら浪費するための資源は、最終的に我々の利益という形で手に入れなければならないし、この世界で奪い合うよりも効率が良いから、異世界へ転移して奪うという至極合理的な判断による計画を立案した。

なにしろここSSSRは世界征服に失敗したから、他国との戦争による奪取か外交による大きな負荷をければ、社会存続に必要なエネルギーを得られず、いづれ必ず破綻する。

どの案もリスクは大きく、得られるリターンは少ない。

その点この計画は、我々の世界、いや我々の国にとっては無から有を生み出すに等しい。

だから、計画自体は壮大だ。

特定個人・団体の私物化さえなければ、だがな。ははは。


長い時間をかけた計画も、あと1年で一旦の区切りになる。

外部の連中には適当な方向付けをして発表すれば良い。

最低限の体裁は整えたが、私個人の欲求を全ては満たしてくれなかったが。

…ジルベルト、君に会えなかったことだけが残念だ。



「突入ポッドの通信衛星化なんて、未だ云っとったわい。

全く、誰が調整・メンテナンスするんじゃ…

 持ち込みの機材だって馬鹿にならん、複数台使わねば意味がないからの。

 原子力発電立ち上げに至っては、我々の世界ならともかく、魔術が主流の世界でどんな影響が出るか検証もせず安易に飛びつきおって、寸法や質量の問題じゃないんじゃ。

 知識があっても建造・運用に必要な工数もまるで足りん。

 しかも誰もが自分の案ばかり声高に叫んで、内容が重複してもお構いなし。

本当に目先の珍奇さばかりじゃなあ奴らのアイデアは…」

「長期使用や協調性以前の問題よね。

 私たちが人類ベースにするのは単に現地で潜入・活動しやすいからだけじゃないのに。

 利用し続けるためのコストが圧倒的に違うわ、ましてや向こうで生産なんて始めたら、それこそ現地人にリソース奪われて本末転倒よ」

 「じゃから持ち込める機材は機能を絞ったシンプルな運用可能なものか、あるいは使い捨て前提。

コールドポッドや滑空装置、初期活動拠点に至るまで、基本は全て使い捨てじゃ。

初期段階でいきなり侵略しても相手を知らないのにうまく行くわけがない、そのための人員配置じゃからの」

「全員戦闘する必要はないものね、適材適所で長期戦前提、という建前を前面に出さないと」

「そうじゃそうじゃ、観測結果の予測魔石埋蔵量だって本当だったとしたら、いったいどれだけの年月をかけてこっちの世界に転送するつもりなのか」

「その辺の機材の巨大化は避けられなかったわね」

「それでも一回の最大転送量は往復数回分じゃし、最初の便はコールドポッドや突入ポッドを組み合わせて作成する必要があるからの」

「その辺を見込んでのシャスちゃんとシスくん再教育でしたの?」

「ああ、危ない処じゃった。

 矯正洗脳すると思考回路に融通が利かない、という意見が通ったから回避できたようなもの。

 身体能力メインの子達は残念ながら通せなかった言い訳じゃが、あの二人なら大丈夫じゃった」

「その点、よくマリアベルの人格転移出来たわね」

「あれは特別じゃ。

 ばあさんも覚えとるじゃろ、発生段階で無理やり脳構造を合わせるよう誘導したのを」

「ええ、性染色体の違いで育成に支障が出ると忠告したのに、それでもと言われて造ったものねぇ」

「アベルの性格のゆがみは案外そこが原因かもしれんし、あるいはまだ発見しとらん因子があるかもしれんの。

「まだまだ未完成ね」

「そりゃそうじゃ、プロトタイプ2号じゃからな。

 そう考えると、無作為に発生する転生・転移はどこかオカシイ。

 そう思わんか?」

「そうですねぇ」


「ところで通信機器の方はどうですの?」

「ああ、前にも出した月への電波反射を利用した遠距離通信は行けそうじゃの。

 但し近距離・中距離は省電力を狙って、遠距離と同じく文字通信のみにした。

 久しぶりじゃよ、0と1のモールスで文字通信のレクチャーなんぞ」

「知ってる方がすごいと思いますよ、おじいさん」

「幼い頃にこっそりモールスで友達とスパイごっこして、秘密暗号作って楽しかったのを思い出したぞ。

 おかげで今でも16進数の方が数えやすい程じゃ」

「ずるいですわ!こっそりそんなことしてたなんで!」

「こっそりやるから面白いんじゃろう。

 ばあさんだって、ATGCで暗号ごっこしてたの知っとるぞ」

「ああ、そういえばそんなこともありましたねぇ。

 あの子達には、そんな子供時代はプレゼントできませんでしたねぇ…」

「ええんじゃ、彼らはワシらより長生きする。その間にたくさん経験するといいんじゃ。

 向こうの世界でたくさん楽しめるよう下準備するのがワシらの生き甲斐だと思えば、なんてことないわい」

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