第三章 スパダリは皇帝に恩を売り、孤児院へ猫を届ける

第17話 皇帝陛下へ謁見

 ヒイラギ皇国に留学して初となる、皇宮へと足を踏み入れた。皇帝陛下直々のお呼び出しである。


 事前のファッションチェックは完璧。今回は箔をつけるため、キャッツランドの騎士団を引き連れてのご入宮だ。


 あー緊張する。国のトップなんて、キャッツランドの親戚国くらいしか会ったことがない。ヒイラギ皇国とは、直接の血縁関係はない。身内なら甘くみてもらえるレベルの、少しの粗相すら許されないのだ。


 謁見の間に通されて、騎士団とはここでお別れ。


 皇帝陛下が現れると、規定に沿った形で片膝をついて跪いた。


「アレク殿下! しばらく見ない間に大きくなったのね。早くその顔を見せてちょうだい」


 柔らかい、そしてよく通る美声だ。さすがはカリスマ性を誇る皇帝陛下。


 ヒイラギ皇国初代皇帝・モエカ・マーニャ・ヒイラギ――この国に革命を起こし、福祉国家の礎を築いた偉大なる指導者であり、英雄だ。



 そんな英雄の皇帝陛下とは、物心が付く前に何度か会っている。皇帝がキャッツランドに来た時に、俺や兄貴と遊んでくれたらしいのだ。全く覚えていないのだが。


 顔をあげると、皇帝陛下は美貌を嬉しそうに綻ばせる。


「昔もお人形のように可愛かったけど、今はすっかりスパダリね! ご両親もさぞかし誇らしいでしょうね、御子息がスパダリに成長して!」


 出た。スパダリ。皇帝でも使うのか、その言葉。皇帝陛下はうちの両親や叔父夫婦と仲が良い。特に叔父の妻とは革命期を共に戦い、親友を通り越した戦友だという。


 そんな皇帝には心を悩ませていることがある。そう、あの三男坊である。


「アレク殿下、本当にありがとう。私の愚息のために、あのような魔道具を開発してくださるなんて」


「いえ、お役に立てたのならなによりです」


 皇帝陛下の愚息――第三皇子のニコラスは、婚約者であるアリスンに冤罪を着せ、大衆の面前で婚約破棄を行った。


 その際、「母上に言ってギロチンにかけてやるからな!」と大声で叫び、「罪もない女性を辱めた罪」「大衆に対し嘘偽りを述べた罪」、さらに「他人を陥れようと画策した罪」により、100叩きの刑のうえ、地下牢に入れられている。


 地下牢にいると当然学校には通えない。ただでさえおバカなのに、試験に通らず留年してしまうではないか、というジレンマを当然陛下はお持ちだろう、と考えた。そこに商機がある。


 前回、孤児院のお手伝いバイトで稼いだ20,000フェリックを使い、一つの魔道具を作った。それは、風景を録画する魔道具だ。風景を写真として記録する魔道具は1前からあったが、録画をする魔道具はなかった。


 材料費をかなり安価に抑えたので、クオリティはそれなりだが、アイディアが画期的だと魔道具師協会でも話題になった。


 魔道具の設計図は、魔道具師協会に渡してある。


 魔道具を開発した場合、自分だけの秘密にするか、設計図を公に公開するのかは、開発した魔道具師によって変わる。今回については、公開するほうに決めた。


 魔道具が作られるたびに、定額の使用料が開発者である俺に支払われる。


 今回は地下牢で過ごすニコラスのためだが、今後病気療養など、長期で学校に通えなくなる人のため、また旅行などの思い出の記録のためにも役に立つだろう。ぜひ世界中の魔道具師に作ってほしいものだ。


「ニコラス殿下の試験は通りそうですか?」


 ついポロッと純粋な疑問を口にして、直後しまった! と震えが走る。皇帝陛下が悲しそうな表情を浮かべたからだ。


「も……申し訳ございません。出過ぎたことを」


 皇帝陛下は溜息を吐きながら苦々しく語る。


「アレク殿下は全く悪くありません。あの者が愚かすぎるのです。授業を聞いてもわからないなどほざ……いえ、申しているのです」


 今、ほざいてるって言おうとしたな。皇帝陛下ともあろうお方がお口が悪い。


「どうしてニコラスはアレク殿下のように優秀で優しいスパダリにならなかったのでしょうか……私が悪いのよね。殿下のご両親、特にお母様はとても素敵な方だもの。それに比べて私は……」


 皇帝陛下は自分が母親として劣っているからだ、と落ち込んでいる。


「い、いえいえそんな! 第一皇子殿下も、第二皇子殿下も素晴らしく優秀な方じゃないですか! ニコラス殿下がちょっと突然変異というか、なんというか」


 そう、第一皇子殿下も第二皇子殿下も、キャッツランドの王立アカデミーへと留学し、トップの成績で卒業している。


 剣や魔術の腕前も相当なもの。性格もいいので男女共に慕われる人気ものだという。上の二人にいいところをすべて吸い取られたのか、ニコラスはおバカから抜け出せていない。

 

 俺はなんとなくだが、ニコラスへ肩入れしたくなってきた。だって三兄弟で一人だけおバカって可哀想じゃないか。どうせニコラスは王位は継げない。それならば自活して自分の道を切り開かねばならないのだ。


「差出がましい提案ではあるのですが、もしよろしければ私が教えましょうか」


 俺は高等魔術科の一年、ニコラスは総合教養科の二年ではあるが、俺は人生二回目だ。


 前世、テロリストとしては才能皆無な俺ではあったが、勉強はよくできた。神童レベルである。そのくらいは楽勝なのだ。


「そんな……。あのようなバカ息子に、殿下の貴重な時間を使わせるなんて」


「いえいえそんなことはありません! ニコラス殿下はちょっと単純で短絡的で浮気癖はありますが、陛下のお子ですから。磨けば光る原石に違いありません! 私がなんとかします! 成績をトップクラスまで押し上げて、ついでに性格も改造します!」


 ついついでかい口を叩いてしまった。しかしこれでニコラスを優秀な男に仕上げることができれば、俺の国にも利があることなのだ。


「それならば、今回の魔道具のお礼に加え、家庭教師代もお付けしましょう。何やらまた素晴らしい魔道具の開発を予定されているようですね。その資金もこちらから出しましょうか?」


「いえ、お気持ちだけいただきます。今回の報酬と、家庭教師代だけで充分です」


 今回考えているのは、孤児院で使える古着を再生する洗濯機だ。この洗濯機を大量生産してしまうと、被服業界からの反発が予想される。


 だから、孤児院など限られたところだけで使用してもらいたいものだ。


 その計画を順を追って皇帝陛下へお話する。皇帝陛下は目を輝かせた。


「なんて素晴らしいの! 殿下の囮騒動で話題になった孤児院ですが、施設長のナタリーは孤児出身の優秀な官吏なのです。私はもっともっとナタリーのような官吏を誕生させたい。そのためには孤児院の充実は不可欠よね。あぁ、アレク殿下がヒイラギ皇国に来てくれてよかった! 神に感謝だわ……! それよりも貴方のお母様にお礼のお手紙を書かないと!」


 皇帝陛下は大げさなくらいテンションがあがり、謎の踊りを踊りながら喜びを露わにしていた。

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