第4話 スパダリの借金が増えていく

 ホテルの前には馬車が用意されていた。


 今回の御者と護衛も、昨夜、俺がやっつけてしまった者たちと同一人物のようだ。気まずそうに視線を逸らしている。


「ケネト、お金貸して」


「またかよ。ホテル代もあわせて返せよ」


 有り金を使い果たしたばかりか、借金も増えていく。これは頑張って魔道具を作って稼がないと。


 昨日回し蹴りをした衛兵に近付くと、衛兵はビクッと震えた。


「キャッツランドのアレク殿下とは知らず、とんだご無礼を……ッ!」


 大国キャッツランドの手によって消されると怯えているのだろうか。国のイメージが悪くなるのは避けたい。


「いや、貴方達は御自分の仕事をされただけです。僕の方こそ申し訳なかったです」


 腰を低く真摯に謝った。


 やらなくていい大立ち回りをして、彼らに痛い思いをさせてしまったのだ。開幕から身分を明かせば、彼らも大人しく学園へ逆戻りをしたであろうに。


 俺がアリスンにカッコいいところを見せようとしたために、彼らはお腹を蹴られ、殴られたのだ。誠に申し訳ないことをした。


 これが国元に伝わると大変まずい。


 大国の王子を気取って傲慢な振る舞いをするのだけはぜーったいにしてはいけません、と国を出る時に父や叔父、宰相や外務長官からも耳に大タコができるほど言われている。


 キャッツランドの最も重要な外交戦略として、好感度アップがある。好感度を下げるような振る舞いをすれば、国に帰った時に鉄拳制裁だけでは済まないきつーいお仕置きが待っている。


 いらない大立ち回りがバレたりしたら、どんな罰を与えられるのか想像しただけで恐ろしい……。


 ケネトから借りた気持ちばかりのお金を渡しておく。渡された衛兵は一瞬呆けたような顔になり、その後、金を渡されたことに気付き、さらに震えた。


「いえいえいえいえそんな……ッ! ご無礼をしたのにお金まで……ッ」


「もらっておいてください。そしてこのことはどうかご内密に。御者の方含めて飲み代にでも使ってください」


 お金も渡して彼らも共犯にしておく。手を握ってニッコリと笑うと、衛兵は少し照れながらお金を仕舞ってくれた。



 馬車へ乗りこみ、学園へと戻る。アリスンの手が微かに震えている。皇子と会うのも、あの場に居合わせた級友と会うのも怖いのだろう。


 途中で魔道具の素材屋を発見し、馬車を止めてもらった。


「ケネト、お金貸して」


「またかよっ! お前いい加減にしろよ。利子付けて返せよな」


 また借金が膨らむけど仕方がない。


 おまもりに使えるブレスレッドを購入する。これに俺の魔術を吹きこむのだ。


 馬車に戻ると、アリスンが困惑した表情で俺を見ている。


「あ、あの……殿下。お金は大丈夫なんでしょうか? 先ほどからあの……」


 借金のことを聞かれてちょっとカッコ悪い。


「だ、大丈夫ですよ! 今、ちょっと手持ちのお金がないだけなんです。心配なさらないでください。俺は王子ですよ!」


 男はやせ我慢も大事! 金はなくてもある振りをする。


 ブレスレッドを左手に持ち、魔力を高める。強い魔術を使う時、左手の手の甲に蒼い刻印が生まれる。これが何なのかは謎だが、これを出すと強い魔術も思うがままに使えたりするのだ。


「キャッツランドの偉大なる我儘の女神よ、彼女に大いなる祝福と加護を。いついかなる時も彼女を守りますように――聖なる光の加護エクリプスディバイン


 馬車の中に魔術の波動が走り、アリスンも、ケネトまでもが驚愕している。


 この魔術は聖属性の魔力を使ったもので、使用者が限られる。俺の聖魔法の属性値は魔力が生まれた時から高い。


 このブレスレッドは売るとかなり高くなるが、タダでアリスンにあげることにする。


「持っていてください。これはちょっとしたおまもりになります」


 そっとアリスンの左手に嵌めた。


「すごい……ブレスレッドから優しい光が……」


 祝福と加護の淡い光がブレスレッドから放たれている。なぜ公爵令嬢でありながら、クソ皇子の浮気に耐え忍んでいるのかわからないが、何か事情があるに違いない。おまもりの魔力で幸せを掴めるように守護してあげようと思った。


「このおまもりが貴女を守ります。だから、学園に戻るのも怖くないですよ」


 そう告げると、アリスンは涙目で俯いた。


「アレク殿下は、どうしてそこまでお優しいのですか?」


「俺は誰にでも優しいわけじゃないです。貴女だから……えっと、その……か、可愛いし、それに、あの……えーと」


 本当は可愛いだけじゃない。俺は貴女の前世に負い目を感じている。俺は何もできなかった。だから今度こそ……。


 可愛いと言われて、アリスンが頬を真っ赤に染めていく。


「あの……私のどこが可愛いんでしょうか……。ニコラス殿下にも陰気だって言われてるのに」


 あのクソ男め。こんなに可愛いアリスンのどこが陰気なのだ。


「その桃色の髪も、藤色の瞳も、柔らかそうな頬もすべて可愛いです。ほら、髪色はブレスレッドの祝福の光に似てますよね?」


 心臓がバクバクと音を立てている。俺はチャラい遊び人ではなく、とても初心なのだ。ピュアなハートの持ち主なのだ。



「あの、一応俺もいるんですけど」


 ケネトが憮然とそう言った。



◇◆◇



 学園に着くと、俺達三人は理事長室へ通される。


 俺に揉み手でもしそうな勢いの女性理事長と、ものすごい殺気で俺を睨みつけるニコラス殿下と、豊満な胸を揺らすケイシーが待っている。


「猫島の王子だかスパダリだか知らないが、お前は一年、俺は二年だ。先輩に逆らうようなマネをしやがって!」


 いきなりニコラスが絡んでくる。


 俺の国はネコ、という可愛い生き物が多く生息する島国だ。ネコはキャッツランド人の信仰の対象でもあり、深く愛されている。


 そんな事情で、キャッツランド王国は外国から猫島と呼ばれている。


 猫島の王子は意味がわかるが、スパダリとはなんぞや。


「先輩、スパダリってなんですか?」


「お前はそんな言葉も知らねぇのか。バカめ」


 バカにバカと呼ばれてしまった。ちょっと不快だが、相手は先輩だ。一応下手に出てみることにする。


「バカで大変申し訳ございません。でも、アリスン先輩のことに関しては、お利口な先輩が間違っております。先輩の誤りを正すのも後輩の正しいあり方だと思っております」


「はぁ? スパダリも知らねぇバカな猫島のくせに、俺が間違ってるって言いたいのか!」


「はい、言いたいです」


 ニコラスが俺の胸倉を掴んで、殴りかかる勢いだ。この皇子様は好感度気にしなくていいよなぁ、と、ある意味羨ましくなってくる。


 俺が国元でこんな振る舞いをすれば、ぶん殴られるだけじゃ済まないのに。


「ニコラス殿下、お、落ち着いて……! アレク殿下様に怪我でもさせたら大変なことに!」


 理事長はアワアワしながら、ニコラスと俺を引き離しにかかる。殿下様、なんて二重敬語はいらないのに。


「はぁ? 俺は元々こいつが気に入らなかったんだよ! 天才魔術師だか小道具屋だか知らないけど、小生意気なツラしやがって!」


 なんと。さすが俺。上級生にまでツラが広まっているとは。有名人はつらいぜ。でも小道具屋じゃなくて、魔道具屋ね。間違えないように。


「ツラは生まれつきなので、申し訳ないですが直せないです。気に入らなくて結構ですから、アリスン先輩の無実だけは信じてほしいです」


「あぁ? お前アリスンに惚れてんのか?」


 皇帝陛下は偉大なお方ではあるが、息子の教育は明らかに失敗したようだ。これでは好感度が下がる一方だ。それとも、ヒイラギ皇国では、好感度はあまり重要ではないのだろうか。


「ニコラス殿下、そんな品のないことを言ってはいけません!」


 理事長が勢いあまって、ニコラスにビンタをかます。


「大体、皇帝陛下は今は外遊中ですよね!? 勝手に王宮の地下牢を使おうとしたことも含めて、報告しますよ! いいんですかッ!?」


 なんと。皇帝は不在か。だから勝手なことやってんのか、このバカ皇子は。


「うぅ……母上に言うのはやめてくれ」


 バカ皇子は理事長に懇願している。外遊だっていずれは終わり、皇帝は帰ってくる。その時にどうせバレるのに。なんておバカさんなんだ。


 とりあえず、理事長とバカ皇子、そしてケイシーに真実を見てもらおうと、魔道具を取りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る