カサンドラ獄中記
加藤よしき
【映画】『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』
■総合評価:★★★★★
■あらすじ
1980年代の香港に実在した巨大スラム街「九龍城砦」を舞台に、
異常な戦闘力を持つ男たちの壮絶なこと極まりない死闘と、
非情な運命に抗う真っすぐ過ぎる熱い絆を描く。
■レビュー
見終わったあとに、私は十何年ぶりに自宅の蛍光灯の紐を戦った。これが本作『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』のすべてだ。38歳、肩凝りと腰痛に悩む不摂生人間すらも、悪と戦う功夫の達人になれた気になる……そういう認知を歪ませる力が本作にはある。
もうね、これぞ! これぞ! ……と、上映中に何度ガッツポーズをしそうになったことか。それくらい「これぞ!」ポイントが満載なのである。功夫・香港映画を好きな人、つまりは人が凄い動きで戦いながら、体温計がブッ壊れるくらいの熱い「友情」と「義」の心を炸裂させ、感情が最高に高ぶったときに、最高のアクションが観れる! そういう映画を愛する人にとって、本作『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』は間違いなく傑作だ。もちろんディープな香港映画マニアでなくとも、たとえばテレビでブルース・リーやジャッキー映画を観たあとに、教室や野原でアクロバットをしたり、それこそ自室の蛍光灯の紐を相手に、自分にしか見えない敵と戦った経験がある人なら、これは絶対に見た方がいい。あの頃の自分に戻れる。そして家で見えない敵と戦いたくなるだろう、見えない悪を倒せるだろう。見えないものが見えるという点では、Bump of Chickenの『天体観測』を超えたと言っていい。
そして、たとえアクションに興味がなくても、人間同士のド直球の熱血物語や、劇中の舞台となる九龍城砦の美術だけでも見る価値がある。本作の舞台は、かつて香港に実在した巨大スラム街「九龍城砦」だ。迷路のように入り組んで、光の届かない場所もあり、決して綺麗とは言えない。見上げれば飛行機が建物の頭上スレスレを飛んでいく。完全に見捨てられた場所だ。しかし、そこには多く人たちが住んでいて、数々の店があり、コミュニティがあり、人々の生活がある。荒廃と活気。陰気と陽気。相反する要素を見事に形にした美術は、子どもの頃に作った秘密基地のようなワクワク感に満ちている。
そんな九龍城砦を舞台に繰り広げられるのが、一人の男の成長と友情の物語だ。家族も持たない主人公が、流れ流れてやってきた九龍城砦。そこで彼は、生まれて初めて人間の優しさに触れる。それは決して慣れ合いではない。九龍城砦はスラム街であり、生きる人々は誰しも自分の暮らしだけで精いっぱいだ。悪人だって住んでいる。けれど、それでも住人たちには優しさがあるのだ。自分よりも苦しい立場にある人間に対して、手を差し伸べるのである。それは一つの饅頭であり、一杯の水であり、「あの人に相談してみたら?」という、たった一つの助言だ。できる範囲で他人を助ける。この「義」の心が胸を打つ。やがて主人公は九龍城砦で働き始める。地味で面倒なわり、稼ぎは少ない。しかし、それは金以上に大事なものを彼にもたらす。マトモな職について、周りとの壁を壊して、九龍城砦の住人として認めてもらえることだ。そして彼は、生まれて初めて親友を得る。この人間模様が非常に丁寧であり、見ていてついつい笑顔になってしまう。だからこそ九龍城砦に理不尽な危機が訪れるとき、我々観客もまた、彼のように怒ることができるのだ。
そしてもう一つ。本作には世代交代というテーマがある。それはキャスト陣を見ても一目瞭然だ。いくつかの組織が九龍城砦を巡って抗争を繰り広げるのだが、そのリーダーたちはいずれも往年のスターたちである。ルイス・クー、サモ・ハン、リッチー・レン……いずれも80~ゼロ年代に香港映画が世界中の度肝を抜いていた時代に登場・活躍したベテラン俳優たちだ(と言うかサモに至ってはブルース・リーとも戦っている。伝説の領域にいる人物だ)。しかし、本作の主役は今が旬の若手たちである。彼らもまたそれぞれの組織に属し、リーダーたちの下で自分の生き方を貫こうとしているのだが……。やがて抗争が激化するにつれ、リーダーたちの世代が残していたツケを払うことになる。そして上の世代の男たちはそれぞれの決断を下す。各組織は半ば強制的に世代交代をすることに……と、詳細は書かないが、この世代交代の描き方も非常に上手い。そして、これは香港映画魂を下の世代へ繋げようという作り手たちの姿勢にも見えた。
こんな調子で、いいところを語り出すとキリがない。ともかく、凄い動きをする人間を見たい人、男たちの熱い友情を見たい人、さりげなくも暖かい人情に触れたい人、巨大スラム街である九龍城砦の雰囲気に浸りたい人、そして……若者たちの成長を描く青春映画的な側面もあり、なおかつノスタルジーにも満ちているせいか、本作は非常に日本が誇る青春バトルアクション『HiGH&LOW』っぽい(最後は冗談抜きで「FOREVER YOUNG AT HEART」が流れ出すかと思った。もう俺にはハーモニカのパパパパ~♪ というイントロが聴こえた気がしている)。そんなわけなので『HiGH&LOW』が好きな人にもオススメである。ともかく多くの人に見てほしい。この冬、最高のエンターテインメントだと断言しよう。
■作品データ
・原題:九龍城寨之圍城
・制作年/国:2024年(香港)
・監督:ソイ・チェン
・キャスト:レイモンド・ラム/テレンス・ラウ/フィリップ・ン/トニー・ウー/ジャーマン・チョン/ルイス・クー/リッチーレン/ケニー・ウォン/サモ・ハン
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます