〈2-蓮〉春期キャンプ
新人合同自主トレが過ぎていくと、春期キャンプの時期がやってきた。
1軍は沖縄、2軍は宮崎県でそれぞれキャンプに入る。
キャンプ序盤は、1軍首脳陣が若手選手を見るために2軍メンバーをたくさん呼ぶ。
だから今は、2軍キャンプなのに1軍のベテラン勢がマイペースに調整している状況だ。
ドラ3黒河内さんとドラ6津崎さんはさっそく1軍キャンプに帯同していた。俺はもちろん2軍。
基本的なトレーニングで状態を上げてから、メインのライブBPが行われる。
これはキャッチャーを座らせ、試合同様の配球でピッチャーに投げさせるもの。マスコミはこれを見て、投手にせよ野手にせよ「安打性○本」と記事にするわけだ。
2月の宮崎県は関東よりだいぶ暖かい。練習日和だ。
「新人の池原です! よろしくお願いします!」
「おう」
俺は挨拶をしてバッティングケージに入った。
対戦相手は、ここ3年間チームのクローザーを務めている右腕、
江守さんはしばらく、勝っている試合では8回を抑えてきた。しかし3年前、守護神だった助っ人外国人マクガイア選手の退団で9回を任されることになったのだ。
……さすがにまだ本気は出してこないだろうけど……。
俺は構えた。
江守さんは無駄のないシャープなフォームから速球を繰り出してきた。外角。スイングしたが空振り。
――速い!
俺がプロの速球に慣れていないとはいえ、明らかにこれまで見たどのボールより速かった。
「144キロ」
うしろからそんな声が聞こえた。
江守さんは最速154キロまで出たはずだ。まだちっとも本気じゃないのに、俺は圧倒的な差を感じていた。
それでも懸命に食らいつき、ストレートは前に飛ばすことができた。といっても内野ゴロだ。
変化球はスライダー、フォークを使ってきた。スライダーはバットに当たるが、フォークは絶望的に無理だった。そもそもボールゾーンへ落ちていくんだから手を出しちゃいけないのだが、途中まではストレートに見えるのだ。で、振りに行って空振り。これがプロの守護神のボールか。
「落ちるボールをもう少し意識しろ。今はバットを出してもいいが、途中で止める努力もしてみるんだ。フォークを見切られるとピッチャーは苦しくなるからな」
「は、はいっ」
今日もうしろには仁田コーチがいる。この人は安易に否定的なことを言わないから俺としてはすごくやりやすい。
「ラスト!」
俺はストレートにヤマを張って構えた。
当たり。
快速球を、俺は振り抜く。捉えた!
打球は低いライナーでレフトに飛んでいった。
「ん、今のは誰が守っててもレフト前だろうな。ナイバッチ!」
仁田コーチが認めてくれた。
俺への投球で江守さんの出番は終わりのようだ。
すぐ投手コーチとの打ち合わせに向かうと思いきや、江守さんは俺の方にやってくる。
「最後の、いいヒットだったよ」
「あ、ありがとうございます」
「140メートル飛ばしたって記事を見た。ショートなんだっけ」
「そうです」
「うち、ショートだけ固定できてないから期待してる。早く1軍で会おうな」
「は、はい!」
江守さんはベンチに引き上げていった。今の言葉からは、2軍に落ちる心配なんてしていないという実力者の余裕を感じる。
午後はノックを受けた。
新人合同自主トレの時より難しい打球を打ってもらい、正確に送球することを心がける。
江守さんの言う通り、シースターズはショートのレギュラーが空白状態だ。去年も三人の選手を入れ替えながら起用したが、誰も定着できなかった。
加えて、その三人はみんな左打ちだ。
左打ちのショートは球界全体を見ても明らかに多い。俺のような右打ちのショートが指名されたのも、そのあたりが関係しているのかも。
まあ、打てなきゃ右も左も意味がないんだけど。
「池原、ラストいくぞ!」
「お願いします!」
速い打球がセンター方向に飛ぶ。俺は正面に入って捕球し、すばやく1塁に送る。冬場のトレーニングのおかげか、俺の球速は145キロまで上がっていた。この肩があればショートとして充分やっていけるはずだ。
「あの打球で正面に回り込めるのすごいね」
同じショートを守る高卒4年目、
「なるべく正面入れって教わってきたので」
「言われてできることじゃない。俺も負けられないな」
早田さんは今のところ1軍出場が5試合あるのみ。基本的には2軍のショートを守っている。つまり今の俺にとって最大のライバルは早田さんということになる。
まずこの競争に勝って2軍のレギュラーを勝ち取り、1軍への足がかりにする。
藍に宣言したものの、さすがに高卒選手がいきなりタイトルを獲るのはかなり厳しい。今はピッチャーのレベルも恐ろしく高いし、俺は野球史に名前の載るような超大型新人でもなんでもない。
今年はとにかく実戦経験をどんどん積んでいく。そのあいだに、もしあいつにタイトルを獲られてしまったら諦めるしかない。
でも、やっぱり俺の方からプロポーズしたいぞ。
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