マリッジ・チャレンジ・ダイヤモンド
雨地草太郎
〈1〉夏の甲子園
※ ※ ※
この作品はフィクションです。
現実のプロ野球、及び女子野球とは一切関係ありません。
☆ ☆ ☆
県大会の死闘を制してたどり着いた甲子園の舞台。
大歓声の中で、
エースの松崎が投げた。相手の右バッターがスイングすると、強烈な打球が三遊間を襲った。
だが蓮は守備に自信のあるショートだ。すかさず回り込んで捕球すると、ファーストに弾丸送球。ファーストミットが快音を立てた。
「アウト!」
塁審の手が上がると球場が歓声に包まれた。
「ナイスショート!」
内野からもベンチからも声が飛んでくる。
――そう、これだ。
夢にまで見た甲子園の舞台で活躍すること。蓮はこの大一番を最高に楽しんでいる。
☆
バックネット裏にはプロ野球のスカウトマンたちが集結していた。
甲子園1回戦。
長野県代表、
愛媛県代表、
現在、3対1で愛媛工業がリードしている。
「松城のショートは池原蓮……右投げ右打ち」
「守備範囲も肩もいいな」
「打撃がもう少しよければ最高なんだが」
「将来性は未知数……か」
複数球団のスカウトたちがやりとりしている。
ひそひそ話は、プレーしている当人には当然聞こえていない。
☆
3対1とリードを許したまま試合は最終回を迎えた。
松城打線は愛媛工業先発のサウスポー、
9回表、ツーアウトランナーなし。
蓮に打席が回ってくる。
……まだ、終われない……。
初球を見送る。ストライク。
2球目。ストレートを振ってファール。
……俺は、甲子園で勝ちたい……!
直井が足を上げた。蓮は全神経を集中して狙いにいく。
外角へ落ちていくチェンジアップ。
「うっ――」
手応えはなかった。
「ストライクスリー!」
空振り三振。
蓮は体勢を崩され、膝を突いていた。
――負けた。
そう思った瞬間、涙があふれてきた。
すぐ駆け寄ってきてくれたのは、一人でマウンドを守ったエースの松崎だった。
「泣くな。笑って終わろう」
「……ああ」
なんとか返事をしたが、涙は止まらなかった。
蓮は頬に涙の筋を作ったまま整列した。チームメイトたちも泣いている。やりきった顔をしているのは松崎と、キャプテンの
審判のコールで一礼する。
池原蓮の、高校最後の夏が終わった……。
☆
甲子園1回戦から数日後。
蓮は再び同じ場所を目指すバスに乗っていた。
「いやー、女子はすげーよな。俺たちなんか出場だけでやっとだってのに決勝まで行っちまうんだから」
隣の松崎が話しかけてくる。
「そうだな……」
21世紀に入って以降、女子野球人口は増加の一途をたどっている。
2028年の現在、かつては全国しかなかった大会が今では県大会を開催できるまでになっている。
それでも大会の規定はずっと同じだ。
女子高校野球の全国大会は姫路スタジアムで行われ、決勝戦のみが甲子園球場で行われる。
そのルールだけはこの数十年、ずっと守られている。
そして、蓮の通う私立松城高校女子野球部は、今回初めて決勝戦まで進出したのだった。
たどり着いた甲子園の1塁側アルプススタンド。観衆はかなりの数で、球場の熱気も高まっている。
蓮はグラウンドでウォーミングアップをしているメンバーを見つめた。
「やっぱ
松崎が見ているのは、女子野球部キャプテンの一本槍
珍しい名字だが、長野県の南の方が発祥らしい。
大会の公式パンフレットには身長166センチと書かれていた。女子高生の平均身長よりは高いが、スポーツ選手としてはそこまで大柄ではない。
「勝てるかどうかはあいつ次第だな」
「蓮くーん、やけに冷めてんじゃん。まだラストバッターになったの引きずってんの?」
「そんなことないけどさ。ただ、あ……一本槍が注目されるのはあんまり面白くなくて」
「ん?……あー、はいはい、あっちはセカンドだしな。二遊間で比較されるのが悔しいんだな。よしよし」
「やめい」
頭を撫でてくる松崎から、蓮は若干距離を置く。
……比較されるのはいいんだけどさ……。
蓮のモヤモヤを打ち消すように、試合開始のサイレンが鳴り響く。
決勝戦の相手は大阪代表、
どちらも全国経験は豊富だ。
松城は先攻。
トップバッターの一本槍藍から攻撃が始まる。
「1回の表、松城高校の攻撃は、1番、セカンド、一本槍さん」
「すげー名字」
「アニメのヒロインみたいな名前だな」
「槍使うキャラ?」
近くの席からそんな話し声が聞こえる。
……やめてやれ。本人もけっこう気にしてるんだ。
気になるが、さすがに見ず知らずの相手に注意はできない。
快音が響いた。
藍の打球はセンター前に飛んでいる。
……やっぱ上手いなあ。
2番が送りバント、3番がセカンドゴロで藍は3塁まで進む。
すると4番のライト前ヒットで早くも1点先制に成功する。
直後の攻撃ですかさず同点とされたものの、松城は3回表も藍が攻撃に絡んで1点を挙げる。
4回ウラ。相手の攻撃は1アウト1塁。
右打者が一二塁間に痛烈な打球を放った。
抜けたかに思われたが、藍が追いついてキャッチ。苦しい体勢ながらも1塁に送球する。
「アウト!」
ファインプレーに球場が沸き立った。
蓮は周りを見回す。味方のアルプススタンドは大盛り上がりだ。松崎も一緒になって拍手を送っている。
……もうちょっとおしとやかなプレーをしていただきたいな……。
蓮の思いは一瞬でかき消される。
2アウト2塁。
相手の左バッターがピッチャーの足元を抜ける強烈な打球を放った。
普通ならセンター前ヒットだ。
しかしこれも藍が追いついている。捕って、体をひねりながらジャンピングスロー。バッターランナーを再びアウトに仕留める。
球場は今日一番の歓声に包まれた。
「セカンドやばすぎだろ!」
「守備範囲広すぎ!」
「肩もエグい!」
周りが大騒ぎする中、蓮は内心で頭を抱えていた。
……ダメだ、無理だ……。
両チームピッチャーの好投が続き、2対1のまま女子野球では最終回となる7回ウラに入る。
松城は背番号1の右投手、
蓮は風花と同じクラスなので、彼女がさっぱりかつおおざっぱな性格だと知っている。とはいえここは全国決勝。重圧に押し潰されないよう祈るしかない。
風花は外野フライ二つで2アウトを取った。
いよいよ優勝の雰囲気が高まってくる。
そこで、藍がマウンドへ駆け寄った。風花に何か声をかける。
……ああいう気配り、さすがだな。
2ストライク。
風花の勝負球は高校に入ってから磨いたという縦のスライダー。
空振り三振。
主審の右手が挙がると、松城のメンバーがマウンドに集まって歓喜の輪を作った。その中心には藍がいた。
「一本槍が全国に見つかっちまった……」
「なんか困るの?」
松崎の問いに、
「い、いや、別に」
と蓮は慌ててごまかす。
……困るわ!
内心では反対のことを思っていた。
……外野がやかましくなるのは耐えられない! だって、だって――
蓮は拳を思いっきり握りしめた。
――藍は俺の彼女なんだから!
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