カラスの恩返し

久石あまね

第1話 変なおじさん

 黒い梅雨空が重く心にのしかかる。


 何をしていてもあの子のことが気になり、何も手がつかない。  


 中学3年生の嶺川智章は恋煩いという大病にかかっていた。恋の相手は同い年の山川天音。黒髪のショートカットでいつも頭には天使の輪ができている、健康そうな女の子だ。いつも元気がよくて、天音の笑顔はクラスの男子の憧れになっていた。


 今日は6月初旬の土曜日。


 智章は家族と共にショッピングモールに買い物に来ていた。


 今は両親と別行動をしている。


 智章は本屋に来ていた。


 智章には本屋に来る目的があった。


 エロ本を見ることだ。


 周囲を見回しながらエロ本コーナーの前まで来た。智章の心臓はドクドクと脈打つ。このスリルがたまらない。


 エロ本を一冊、手に取りペラペラとめくった。刺激的な内容に頭が眩む。


 下半身が激しく脈打ってきた。テントを張るように大きくなったあそこはもう誰にも止められない。


 そのときだった。


 隣に気配を感じた。


 「もしも〜し」


 薄く小悪魔みたいに笑う同学年の女が立っていた。


 黒川真由だ。


 腰まで伸ばした黒髪を頭の後ろで一つに束ねた真由は、僕をつま先から頭のてっぺんまでじろりと眺めた。


 僕のあそこはいつの間にか縮んでいた。  


 「なにやってんの?」


 真由が訊ねる。


 僕は上手く答えられない。


 仕方なく、「社会勉強してる」と答えておいた。


 「しょうもない社会勉強やな」


 「……」


 「これやから男子はあかんねん。男子って何でエロいん?」


 「わからん…」


 「キモっ」  

  

 真由は口に手を当てて言った。表情にはあまり出ていないが、結構な衝撃を受けているようだった。 


 「キモイとか言わんといてや、しゃあないやん」


 「わたし、お父さんに身体触られたことあるけどそれもようわからんかったな〜。なんで娘の身体触るんやろって思った。男ってようわからんわ」


 初耳だった。真由は自分の父親に身体を触られたのか。それは結構なショックだろうなと思った。僕が母親に身体を触られるようなものだと思ったら軽く鳥肌がたった。

  

 「そんなことがあってんな」


 「じゃあね。続き、読んだら。読みたいんやろ?」


 真由はそのままどこかへ行った。


 それから、僕は単行本コーナーに行き、東野圭吾の新刊をパラパラと読んでいたら、肩をトントンとされた。


 「兄ちゃんちょっとええか?」


 20代後半と思われるその男はやけに肌が白くて、いかにも清潔そうなサラリーマンといった具合だが、どこか影があり、怪しげな印象を智章に抱かせる人物だった。


 「ワシな影山いいまんねん。兄ちゃんにちょっと言わなあかんことがあって声かけてん」


 「兄ちゃん、同じクラスの山川天音好きなんやろ?悪いことは言わへん、山川天音はやめといたほうがええで。忠告しといたるは、山川天音から手を引いた方がええで。これは兄ちゃんのため思っていうてんねん」


 影山はそういうとくるっと反転して、どこかへ行った。


 智章は影山の背中に、「天音ちゃんは何か悪いことでもしてるんですか?」と訊ねた。


 影山はそれには答えずにそのまま姿を消した。


 不思議な出来事だなと思った。


 なぜ影山は智章が天音のことを好きだとわかるのか。


 智章は自分が天音のことを好きだと誰にも言っていない。

 

 影山はいったい何者なのだろうか?


 智章は変な顔をしながら首をひねった。

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