余命五日の賢者〜思い残すことは何も無いと言いたい〜

だし巻き卵

余命五日


「あと五日で貴方様は死んでしまうでしょう」

「……は?」


 突然宣告された余命宣言に俺はぽかんとした表情を浮べた。


 俺は【賢者】と名高いエッケハルト。歳は20歳。なかなか若いだろう?

 この歳で賢者の称号を与えられたことから俺は巷では神童なんて呼ばれたり……はっはっは。


「後天性の魔力生命吸収症候群ですね」

「なんだそれは?」 

「魔力が生命力を吸い取る病気です。一般的には微量に吸い取られていくのですが、エッケハルト様の場合膨大な魔力量を保持しているので通常の百倍の速さで生命力が吸われます」


 ……え、それってやばいよな?異常だよな?


「と、言うことで余命宣告をしました。私も前例にないことで至極驚いています」


 確かに医者は淡々と喋ってはいるものの終始手元が震えているようであった。それは当然だろう。しかし、一番のショックを受けたのはこの俺だ。


「あぁーー……俺死ぬのかぁ」


 診療所をでて行きつけの喫茶店で珈琲とケーキを頬張りながらそう呟いた。

 実感が沸かない。というか普通に元気だけど俺?


 昨日は弟子と魔法の実戦バリバリにやっていたし。何なら一月前は騎士団と魔物の討伐にも出てたぞ??


「マスタァー……」

「何ですか賢者様」

「俺、余命宣告されたんだけどどうすれば良い?」

「はい……?」


 喫茶店のマスターは目を丸くして「何を言い出したんだこいつは」見たいな表情を浮べていた。

 いやいや俺も信じられないんだよ。


「そう、ですか……余命宣告を。取り敢えず、やりたい事など生きている内にするべきではないですかね?」


 それはそうだな。死んでしまってからでは何も出来ない。俺はマスターの言葉にうんうんと頷いて「したかった事」というものについて考え込む。生まれてから一緒にいたのは魔術。魔術の世界が俺の全てであった。

 そのためか、魔術に生涯を捧げてしまった魔術馬鹿と呼ばれている。別に悔いはない。魔術は俺の誇りであり俺の生き甲斐であり人生そのものなのだから。

 でも、残り五日間……今まで通り過ごすのも味気ない。


「ちょっと散歩に出てくる。マスター次いつ会えるか分からないから言っとくけどマスターの珈琲、俺は好きだからな。」

「ほほっ……ならまた飲みに来てください。今度はもっと美味く淹れますから」

「あぁ、そうだな」


 互いに照れ臭い空気となってしまい俺は逃げるようにして足早にその場をあとにした。

 何というか……普段言わないことを口にすると照れるものだな。だが、悪くないものだ。


「お!エッケハルト様ではありませんかぁ!」

「あんたは食堂のおじさんか久しぶり」


 街の雑路を歩いていたところ知り合いに呼び止められて足を止める。

 そこには料理人らしいコック服を身に着けた男がこちらに手を降っていた。エプロンを身に着けてもなお形状の分かるふくよかな腹はこれでもかと浮き出ている。叩けばポンッと音が鳴りそうだ。


「いやぁこんなところで会えるなんて運命ですよね〜実は今天下一を決める料理大会を行っているんですよ〜」

「あ、何か頼み事をしようと思ってますよね?」

「流石はエッケハルト様!私と料理大会に参加しましょう〜!」


 コックのおじさんは俺の腕を引っ張ると「じゃ〜行きますか〜」と有無を言わせる前に会場へと連れて行った。というか力強……っ流石料理人……。


「ではエッケハルト様は私のお手伝いを頼みます〜」


 コックのおじさんは腕まくりをしながら食材を机上へと置いた。

 ドンッと鈍い音を鳴らしながら目の前に置かれたのは、俺の顔を余裕で齧れそうな魚のような生き物であった。巨悪な顔面からは鋭く尖った牙が見え隠れしている。


「立派な魚ですよね〜この魚の血抜きをお願いしてもいいですか〜?」

「あ、あぁ」


 余りにも平然なコックのおじさんに気取られつつも俺は魚の血抜きに取り掛かった。

 血抜きの魔法は勿論ないが魔法を応用すればできないことは無い。


 水の玉を作り出しその魚を閉じ込めると透視の魔法を使って魚の身体を観察する。そしてエラの辺りにある太い血管を風魔法で作り出した刃で断ち切った。

 水が赤色に濁っていき血抜きができた事を確認すると水の玉から魚を取り出す。


「いやぁ便利ですねぇ〜次はこちらの肉を炙って下さい〜」

「魔法はそれが真髄ですからねー」


 コックのおじさんが運んできた肉の塊を浮遊魔法で浮かせると風魔法と炎魔法で豪快に焼き上げた。

 火力の弱い炎でも風魔法を組み合わせることで威力が増すのだ。

 料理大会を見物していた観客からは「おぉ〜!」という歓声が上がる。

 ふふふ……気分がいいなぁ。


「これで最後ですよ〜玉ねぎをみじん切りにして下さい〜」

「はぁーい」


 大ザルに入っている大きな玉ねぎを纏めて浮遊魔法で浮かせると風魔法で幾つもの不可視の刃を作り出して微塵切りにさせた。……そこまでは演出も凝っていて好評であった。


「うわあぁぁ!目が……ッ゙目があァァァァ」


 微塵切りの勢いが強すぎたのか玉ねぎの汁がすぐ近くにいた俺の目の中へと飛び散ったのだ。

 目が染みて、余りの痛さに思わず大絶叫の悲鳴が上がる。


 そしてそんな俺の失態に一部始終を見ていた観客たちからは笑いが飛び交った。


「あっはっはっ!」

「賢者様もやるなぁ」

「途中まではかっこよかったけどなぁ」


 うわぁ……やらかしたぁ。調子乗りすぎた……。というか玉ねぎの汁って馬鹿痛いんだな。痛てぇ。



 ◆◇◆


「料理大会優勝おめでとうございま〜す!」

「嬉しいですね〜」


 結局、優勝者はコックのおじさんだった。ただの手伝いではあったが俺も会場の中央に立たせて貰っている。


「じゃあ俺からもささやかなお祝いですが」


 懐からステッキを取り出すと先端を空へと掲げ、呪文を唱えた。

 暫くすると夕暮れ色の空が徐々に闇に包まれていき星屑が線を描く。

 その数はまた一つ、一つと増えていき最終的には空を覆い隠すほどの流星群となった。


 人々は感嘆の声を漏らし、目の前の奇跡に目を離せなくなっていた。


「こういうのも悪くないな」


 自分の魔法によって誰かを幸せな気持ちにさせることができた。

 賢者として喜ばしい事この上ない。


 人々から称賛の言葉をこれでもかと浴びた俺はげっそりとした様子で帰路に付いた。

 そのまま魔道具に埋もれているベッドへとダイブし眠りにつく。

 こんなに充実した一日を送ったのは何年ぶりだろうか……。


 余命四日……明日は何をしよう。




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読んでくださりありがとうございます。

次回も読んで貰えると嬉しいです(^^)




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