第2章 母、カレワランの過去
ジュノアが口を開く前にカレナードが答えていた。
「私は女王に恋焦がれていましたが、男の体を失い途方に暮れていました。女王は私を受入れて下さいました」
クラカーナは虜囚の女に少年の輝きと恥じらいが浮かぶのを見た。
「なるほど。グウィネス殿から聞いたとおり、お前は価値ある人質だ」
「残念ながら、クラカーナさま、マリラは私よりアナザーアメリカの秩序を優先します。女王本人から言い渡されております」
「いいや、女王はいざという時、怖いものだ。豹変するだろうよ」
カレナードは本題に切り込んだ。
「ミナス・サレを焼きたくありません。私はシーラ家の人々を知ってしまいました。今、アガン家を前にしております。あなた方を敵にしたくない」
「では、玄街に加わるのか?」
「私はガーランドとミナス・サレ領国の調停を望みます」
「こやつ、気狂いではないが、頭のネジが外れているようだな」
父親の言葉にジュノアは微笑んだ。
「この方の心は自由なのです」
領国主は政治家の顔になった。
「玄街の存在意義とガーランドの役目は永遠に相容れぬというに、本気なのか」
「ふざけてはおりませんし、不可能でもありません。私はクラカーナさまの領国全てが等しく玄街であると考えていません」
彼は持っていた茶器を置いた。カチカチと音が震えた。
「儂らを侮るな。お前1人で何が出来る?」
「私は虜囚であると同時に調停の使者として、あなた方と……」
「対等であるというのか、口を慎め!」
クラカーナは吠えたが、その裏の複雑な何かをカレナードは察知した。
「私が置かれた立場は重々承知しております、クラカーナさま。ご一考の余地は十分にあると存じます。
ところで、グウィネス殿は私がカレワランの息子ゆえに、娘に変えるコードをかけました。母がどのような裏切り者だったか、知りたい。カレワランへの制裁は続いているのですか」
クラカーナは面倒くさそうにグウィネスを促した。
「黙ってないで話していただけないか」
玄街首領は半眼のまま誰も見ずに言った。
「領国主殿の方が適役かと。私は冷静でいたいのだ」
領国主は扉の外に呼びかけた。
「タジ・マレンゴはいるか。彼は当事者の1人だ」
ジュノアが「お止め下さい。彼も冷静でいられませんわ。父上が最も適任です」と言った。
カレナードは大きな地雷を踏んだと悟った。
クラカーナはため息をつき、顔を上げた。
「では、紋章人よ。母の罪を話してやろう。儂とてはらわたが煮えるゆえ、起ったことだけを伝えてやろう。
25年前、お前の母は玄街組織の上位にいた。ミナス・サレで生まれた最初のヴィザーツの1人で、いわゆる先見の明を持つ女だった。グウィネス殿と共に大山嶺を越えてアナザーアメリカを知ると、たちまち種々の戦略が自然に見えるような女だ。
彼女はアナザーアメリカの富を玄街に流すシステムを考えた。その財で玄街がガーランドを超える武装組織となるよう発案した。
彼女は緩衝地帯にいくつか拠点を設けた。そこでアナザーアメリカン向けにタキア回路エンジンを売り、性能を試させた。その上で、ミナス・サレに工廠を作った。
10年間、彼女はグウィネス殿の片腕だった。若き日のタジやシーラ医師ら、多くの者が彼女に絶大な信頼を寄せた。寄せたのは信頼だけではない。特にタジ・マレンゴは心底惚れ抜いていたのだ。
だが、彼女は裏切りった。きっかけは誘拐したミセンキッタの男だ。ディディ・エルミヤ、テネ城市の骨のある男、そして大胆な男だった。
あやつが知恵者だったのか、カレワランの賢さが仇になったか。ある時を境に彼女は玄街の哲学を疑い始めた。坂道を転げ落ちるとはこのことだ」
クラカーナは起ったこと以外も語り始めた。
「あの2人は周囲の誰をも欺いた。取調べと称して、互いの胸の内を遣り取りしたのだ。玄街ヴィザーツではない、ただの女になっていた。
エルミヤの身内が莫大な身の代金を用意するまでに、カレワランは男と共にここを去るために周到な準備をした。我々はまんまと騙された。
タジを始め、何人かの男は恋心を利用された。彼らはそれぞれにカレワラン脱出の手助けをしてしまった。飛行艇の手配、偽の身分証、逃亡経路の確保、各領国の詳細情報。抜け目なく、彼女は身の代金の一部まで持って行った。
裏切りが発覚するまで20日はかかった。誰も疑わなかった。彼女は身の代金を分割してミセンキッタとブルネスカの拠点に届け、ミナス・サレ連絡部隊にも託したのち姿を消した。彼女はとうの昔に黒衣を脱ぎ捨てていた。
我々は解放したディディと各地のヴィザーツ屋敷を10年見張った。ミナス・サレの情報を売られては敵わんからな。が、彼女は潜伏のプロだった。ついに我々の追跡を振り切ったのだ。
ミナス・サレの上層部は報復を誓った。発見しだい問答無用で殺して構わないと。それほどに、彼女の存在は大きかった。現在も彼女の縁者はミナス・サレでは日陰者だ。
何か訊くことはあるか、カレワランの子よ」
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