第1章 宣誓

「私が……何か?」

「そなたにテッサ嬢の特別後見人を命ずる。彼女は玄街の影響下にあり、ガーランド女王の導きを必要とする。そなたは女王代理としてテネ城に居住し、領国主を後見せよ」

「この未熟者が、ですか」

「情報部員と外れ屋敷選りすぐりのヴィザーツを付けてやる。もちろん警備隊もだ」

「テッサの玄街マインドコントロールを解けるでしょうか」

「先ほど彼女はこの前の非礼を口にした。領国主の立場を自覚している。が、恐れている」

「何を恐れていると」

「ローザは幻でグウィネスが現実。現実を認め、受け入れるのを恐れている。プライドの薄皮を捨てるのを恐れている。新参訓練生の頃のそなたのように」


カレナードは苦笑した。

「意地悪を言うのはお止め下さい。顔から火が出ます」

「ふふ、それは私も同じだよ。あの頃の私は石で出来た女も同然だった。私人の部分は死んでいたものを、そなたが生き返らせた。春分の儀式で失う記憶も減った。さあ、トペンプーラに外れ屋敷の件を押し付けたら、我々は全てを忘れ、閨に埋もれようではないか」

カレナードは艶やかに笑んだ。

「お気の毒に、副長殿」


 テッサはマイヨールにアナザーアメリカ総合史を学び始めた。

「マイヨール先生、なぜヴィザーツはアナザーアメリカを臨界空間と呼ぶのですか」

教師は柔らかく返した。

「あなたはテネのヴィザーツ屋敷代表に秘守の宣誓をして、それを知ったの?」

テッサは言いよどんだ。

「じ、実は……ローザに教わった。ただし、秘密だと」

「他にどのような秘密を?」

「誕生呪は重要なコードなのに、ガーランド・ヴィザーツが占有しているため、年に数千人の赤ん坊が死ぬと。いくら助産所と外れヴィザーツ屋敷が誕生呪を授けても、数が足りないと」


 マイヨールの声に厳しさが現れた。

「テッサ嬢、ヴィザーツのコード占有は理由があります。

 いい機会ですから、あなたは臨界空間について正確に知っていただきましょう。

 各地の領国主および領国府代表は極秘事項として、それを知る必要があります。領国民の生死にかかわる事ですから、領国主は地元のヴィザーツ屋敷代表に宣誓し、一生守り抜きます。

 これはヴィザーツ律法で一般のアナザーアメリカンに公開不可の情報です。知るなら、とてつもなく危険な内容と覚悟して下さい。不用意に話さない覚悟がありますか。ヴィザーツはこの覚悟と共に生きているのです」


 凛とした彼女の態度に、テッサはただならぬものを感じた。

「守秘義務があるなら、私はあなたに宣誓します。ガ、ガーランド女王がお許しになるなら」

「では、あなたは女王に宣誓しましょう」


 宣誓を終えたテッサの表情は変わっていた。その姿に、カレナードは自分の激変した人生を振り返った。オルシニバレ領国の山中で父を亡くした時、ガーランドを出奔中のマリラに助けられた。6歳の彼が抱いた淡い想いは10年消えなかった。オルシニバレ市のシェナンディ家が育ててくれた幸運、1年半に及んだ調停を経験した誇り、調停完了祭でグウィネス・ロゥに男の体を奪われた奈落の底、禁忌を犯しガーランド・ヴィザーツにならざるを得なくなった運命、そしてマリラとの激しい衝突。

「テッサ、あなたも心を決めたのですか」


 領国主は世界の秘密に初めて触れた。マイヨールは言った。

「約2500年前、女王は現在のテネ城市付近、サージ発生の現場にいました。奇妙な音が鳴り響き、冷たい暴風が起きた。それは四方に広がり、やがてエネルギー臨界地点で嵐の壁となって留まった。それが高さ3000メートル、直径6000キロメートルの円環障壁サージ・ウォール、その内側が臨界空間、我々のアナザーアメリカです。臨界空間は目に見えない種々のナノマシンで満ちています」


「先生、アナザーアメリカの創生伝説ではそこまで詳しく伝わっていません。女王が暴風の中にいたことは同じですが、臨界空間やナノマシンは初めて聞く言葉です」


 教師はうなずいた。

「そうでしょう。特にナノマシンは眼に見えませんから。これらはヴィザーツが唱える音声コードに応じて動き、様々な作用をもたらします。音声制御と言います。誕生呪も音声制御の一つですね」


 テッサはマイヨールが描いた臨界空間図を見渡し、主なコード名を注意深く読んだ。

「起動、再起動、固定、停止、清拭、範囲指定、効力期間指定、強化……。先生、誕生呪は何のコードですか」

「誕生呪は起動コードと言います。最も大切で初歩のコードです。

 人の新生児は臨界空間のナノマシンをうまく取り込めず、呼吸不全に陥ります。ですから、起動コードを唱えて肺にナノマシンをなじませるのです。

 かつて創生の最初の数十年、赤ん坊は死に続けました。自分が最後の人になることを誰もが恐れました。絶望と闘い続けた歳月、悲惨な記憶です。しかし、女王は諦めなかった。彼女はナノマシンの音声入力制御方法をつきとめ、最初のヴィザーツ集団を生んだのです」


 テッサの声が震え始めた。

「音声制御をアナザーアメリカンに禁止する理由は?」

「実はいまだにナノマシンの種類および性質を全部解明していません。現在使用可能なコードは、多くのヴィザーツの犠牲で見出されたものです。一音の間違い、また、数種類のコード同時使用で、暴発事故や未知の化学反応が命を奪ってきました。気軽に使えないものをアナザーアメリカンに広めるのは無責任で危険と考えませんか?」

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